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カランカラン


店の扉の開く音がする。


私は少し小走りで店内に入った。

「いらっしゃいませ。」

ニコリと笑いながら今日も喫茶店を開く。
























********




あずまよう 19歳

それが私だ。高校卒業する前に母と父が事故で他界した。大学には入りたくなかったので、両親が経営していた店を継いだ。店を継いだ翌日に営業を開始したのは良かったのだが、外に出ると何故か中世ヨーロッパの様な街並みが広がっていた。店の外にでて暫くしてわかったのが、ここは異世界だという事。ショックもあったが、不便はなかった。何故か使用できる電気と水道とガスが通っていたので(しかも請求なし!)これ幸いと順応した。お金は両親が貯金してくれていたのを使用している。これまた何故か使えるネットで購入すると翌日の朝に家の裏口に段ボールが置かれている。最初は吃驚したがこれまた順応する。世の中受け入れないといけないこともあるのだ。店の内装は少し昔の純喫茶店。どこか落ち着く雰囲気の内装で私は気に入っている。店内には母がお気に入りだったこれまた謎のジャズ。だが、これも私は好きだった。お客さんが止めてと言えば止めるのだが、そんな人は見たことない。みんな気に入ってしまうのだ。


「んー!さて、今日も頑張りますか。」

私は店の前で伸びをして、今日も数少ない貴重なお客さんのために喫茶店『やなぎ』を開く。


********


カランカラン


「いらっしゃいませ。」

店に入ってきたのは物騒な格好をした18歳くらいの男の子。

きょろきょろと店内を見渡す薄茶の目と見渡すたびに揺れる栗色の毛。身長は175くらいあって145くらいしかない私は見上げるしかない。服装はここいらの冒険者のような恰好をしている。そう、この世界には冒険者ギルドなるものがあった。多分この男の子も冒険者なのだろう。

「お好きな席にどうぞ。」

「あ、はい。」

私の声にビクッとしておずおずとカウンター席に座った。

「メニュー読めます?」

私は一向にメニューをとらない男の子に声をかけた。

「え!……メニュー、ですか。」

「はい。あ、読めなかったらすみません。それと、お酒はないので、その、すみません。」

「あ、いえいえ、大丈夫です。」

実はちょっと前にお酒はあるのかとよく聞かれたのだ。と言っても数人だけど。

「メニューはこれだよ。決まったら呼んでね。」

「あ、はい。」

何処か微笑ましい男の子に好感をもった。ニコリと笑いかけてから今日のランチメニューを作っていく。

今日のランチはナポリタンだ。

なんら特別でもない普通のナポリタンだ。

ピーマンと人参と玉ねぎとウインナーを切って適当にオリーブオイルで炒める。茹でておいたパスタをザルであげ、そのままフライパンにぶち込む。ケチャップを適量(というか適当)にいれ、トングを片手に炒めていく。全体にケチャップが行きわたるともう完璧なナポリタンだ。それを皿に盛り付けて、真ん中を少しくぼますとそこに半熟卵を乗せる。そして、パルメザンを振りかければ完成だ。

ふと、視線を感じて顔を上げればさっきの男の子がカウンターに手をついてこちらを覗き込んでいた。じっと見ているその目は真剣だ。そして、視線があった。男の子は気恥し気に視線を逸らして明後日の方向を向く。それが可愛くてにんまりと笑ってしまった。ナポリタンの皿を持って男の子の前に置く。

「どうぞ。」

「えっ!」

ブン!と音がなりそうなくらいの勢いで首を正面にやると男の子の視線が湯気立つナポリタンに釘付けになった。

「ナポリタン。召し上がれ。」

「えっ、でも。」

「どうぞ。」

ちょっと押し売りの様な気がするけど。まぁ、いいか。

男の子はゆっくりとした動作でフォークをとり半熟卵を傷つけないようにすくう。上手くフォークに絡んだナポリタンを一口食べるとあとはもう止まらなかった。ガツガツと勢いよく食べる姿は高校生の時に見た腹が減った部活組の様だった。

「あ。」

気付けばなくなっていたナポリタンをとろうとしていたフォークが皿にあたりカチャンと音が鳴る。少し、シュンとしている様子だ。

「美味しかった?」

洗い終わった皿を布巾で拭きながら尋ねる。

「え、あ、…はい。凄く美味しかったです。ありがとうございます。」

「ありがとう。」

嬉しくなってにっこりと笑う。

「コーヒー飲める?」

「え、こーひー?ですか?」

「うん。カフェオレにしとくね。」

私はこの世界の人がコーヒーを知らないのを知っている。が、一応聞いてみた。コーヒーを初めて飲んだ人は苦いとしか感想がなかったので、ミルク入りだと大丈夫だと思った。

豆を挽いたあとコーヒーを淹れる。牛乳を入れるとクリーミーな色になる。

「はい。どうぞ。苦かったら砂糖を入れたらいいから。ゆっくり混ぜてね。」

前に砂糖を入れた人が勢いよく混ぜて零していたのを見ていたからだ。異世界ならでは、ではなくもしかしたらその人が勢いよかっただけなのかもしれないけど。

「え、ありがとうございます。」

「ごゆっくりどうぞ。」

少しあわあわしながらお礼を言うその姿はマダムが見るとキュンとなるところだろう。私はマダムではないので何とも思わないが。

恐る恐る未知の飲み物を飲もうと口にカップを近づける。コクリと飲んだ後にソーサーにカチャリとおく。反応が気になってちらちらと私は見ているのみだ。男の子の目は驚きで見開かれていた。

「……美味しい。」

ぽつりと思わず言ってしまったかのような感じで言う男の子に私は嬉しくてニマニマしてしまう。それにどうやら砂糖を入れなくても大丈夫な人の様だ。それから何度か口にすると砂糖を一回入れて飲み干した。

「ふぅ~。」

肩の力を一気に抜いた風に息を吐く男の子。

「あの。」

「なんですか?」

にっこりと微笑みながらそうこたえる。

「俺の名前、ラエルと言います。その、貴方の名前は?」

ようと言います。」

「ヨウ……ヨウさん。その、美味しかったです。また来てもいいですか?」

「はい。いつでもお待ちしています。」

男の子、ラエルって名前なんだ。

「あの、代金は…」

「500ベルトでいいですよ。」

「え!」

ラエルはかなり驚いている。

私は首を傾げたまま

「なにか?」

と聞いた。

「え、じゃあ、次は妹と弟と来ます。その、ありがとうございました。」

そう言って感極まった風に頭を深く下げるので私は慌てた。

「ええっ!あ、頭を上げてください。それと、ちょっと待っててください。」

「え、あ、はい。」

頭を上げてきょとんとした顔になるラエル。私は冷蔵庫にしまってある卵サンドイッチを取り出してそれを紙に包んで手渡した。

「えっとこれは?」

「サンドイッチです。ご兄妹にどうぞ。今日中に食べてくださいね。」

渡したものを見て更にきょとんとするラエル。が、それを聞くと慌て始めた。

「ええ!受け取れないです!お金も払っていないのに!」

「500ベルト貰いました。それと、それは今後ともご贔屓にという気持ちをこめたサービスです。持って行ってください。」

「えぇ、でも……」

「いいですから。こう見えて黒字ですから。」

「……わかりました。近いうちに絶対に来ます。絶対に。」

「はい。」

「では。」

店の扉を開けて出ていくラエルを見送る。



「ふぅ~。今日も頑張った。片づけよ。」

今日も私はお客さんを癒す。



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