記録:7
「それでは皆さん、行ってまいります」
意気揚々とは程遠い表情で見送りに来た村人達に言う。
「おう、気いつけてな」
「ヒナちゃんなら大丈夫だとは思うけどよ」
「ヒナ、お土産よろしく!」
「ヒナちゃん、気をつけてね」
村人達は口々に明るい声で送り出してくれるけれど、シスターラミアはううっと涙を流しながらヒナを見る。
そんなシスターラミアを見たノルが苦笑しながら言う。
「シスター大袈裟だよ。今生の別れってわけじゃないんだから」
「そうだよ。たった二、三日町で調べ物するだけでしょう?」
「でも、でもぉ……」
シスターラミアは子供のように泣くと、ヒナを抱きしめた。
大の大人がこんなにも号泣する姿をヒナほどの年齢の子供が見れば引いてしまうだろうけれど、ヒナはAIだ。冷静にシスターラミアの背中を優しく叩きながら、優しく諭すように言う。
「シスターラミア、安心してください。二、三日で戻ります。頂いたお金でお土産も買ってきます。用事が済み次第、早々に帰ってきます」
「う、うぅ……早く帰ってきてね? 約束よ?」
「はい。約束です」
ヒナが約束をすれば、シスターラミアは渋々とヒナを解放した。
「それでは、行ってまいります」
それだけ言うと、ヒナはきびすを返して歩き始めた。
ヒナが町に行きたいと言ったのは一昨日のこと。夕飯を食べ終わり、お皿を下げているときにシスターラミアに言った。
シスターラミアは一瞬の硬直の後ひどく取り乱したが、ヒナが二、三日調べ物をしたいと言った後、ようやく落ち着きを取り戻した。けれど、泣きながら寂しいや町は危険やら言って引き止めようとした。
翌日まで大騒ぎしーーシスターラミアのみであるがーー村人達も何事かと駆けつけててんやわんやの大騒ぎ。シスターラミアが一人で大騒ぎするものだから、場の収拾が付かず、ヒナが一から説明をすれば、村人達は呆れた様子でシスターラミアを見た。
そこから村人の何人かが残ってヒナと一緒にシスターラミアを説得した。その説得は夕方まで続き、村人達も疲れはじめて来たところでようやくシスターラミアが折れた。
こうして、ヒナは町に行くことを許され、シスターラミアから路銀を握らされて町へと旅だったのであった。
歩きながら地形データを記録し、シスターラミアからもらったお粗末なマップと自身の探査機能を頼りに町を目指す。
古くおんぼろな地図はあまり触っているとすぐに破れてしまいそうなので、画像としてデータを登録して、その画像を参照している。
シスターラミアに聞いた話だと、徒歩で半日程度だそうだ。ヒナが本気で走れば小一時間くらいだろうと計算をしながらも、走ることはしない。日が昇っている内に着ければ良いのだ。わざわざ貴重な燃料を無駄遣いする必要もあるまい。
ヒナは地形データを記録するのに最適な速度で歩く。のんびりと移動ができるのだ、地形の凹凸の子細まで記録しようではないか。
そんな思惑を持ちながら、ヒナは道を歩く。
行儀悪いが途中でシスターラミアから手渡された黒パンを食べ歩く。
特に何かあるわけでも無く、ヒナは無事に町に到着することができた。途中、地図には無い村落がいくつかあったけれど、見るからに古めかしい地図だ。そんな差分があっても当然だろう。
町には関所があり、どうやら、そこでお金を払って町に入るらしい。
関所には列ができており、持ち物検査があるらしく一人通るのにそれなりに時間がかかるようだ。見た感じ手持ちの荷物が少ない人は簡単に確認して通れているけれど、馬車などで来ている人は中まで隅々と確認されている。そのため、人によって関所を通過する時間はまちまちだ。
ヒナは待ち時間の間、町の方情報を取得する。人の数、町の地図、お店の場所等々。
しかして、データの取得が終わっても順番は来ない。
それに、なぜだか知らないが、ちらちらと視線を感じる。身なりはシスターラミアがしつこいほど整えてくれたはずだ。変なところは無い。シスターラミアが少し上等な服を着せてくれたぐらいだ。周囲の人と比べても変わり無い服装だ。
いったい何がそんなに珍しいのか。ヒナは自身の身体データと周囲の身体データを比較する。そこで理解する。
なるほど、この白髪ですか……。
ヒナの見た目は白い肌に赤い目、そして、綿毛のような白い髪の毛。いわゆるアルビノというやつである。えてして病弱や虚弱というイメージのあるアルビノであるが、ヒナの身体はナノマシンが補強しているので病弱や虚弱とは程遠い。
しかし、ヒナの見た目が他者より異質であることは変わらない。周囲の者は皆、麻栗色や麦色、枯れ葉色の髪の毛だ。真っ白はヒナ一人。目について当然である。
まあ、だからなんだという話だが。
視線が集まるのはいつものこと。ガーデンでの食事の時はいつも視線があった。それに、気弱な女の子なら臆するだろうが、ヒナは気弱な女の子ではない。かといって肝が据わっているとも違う。ヒナは視線を気にしない。現時点において注目を集めるのは別段厄介なことでは無いのでまったくもって気にしていない。気にしないのだから、臆するも何もない。
視線を浴びながらようやくヒナの番が来た。
「住民証は持っているか?」
「いいえ、持っていません」
住民証とは、その名の通り住民であることを示す証。情報収集をしている時に、門番が住民証を確認していることを把握した。その名と門番と通過する人の会話を分析すれば、それがどんなものであるかを理解するのは容易い。
「そうか。その場合、銀貨一枚預かることになる」
「分かりました」
ヒナはあらかじめ手に持っていた銀貨を一枚渡す。
銀貨を渡すと、門番から小さな木の板を受け取る。
「滞在許可証だ。町にいるときはそれを持っているように。無くしたら罰金で銅貨五枚だ。大した金じゃないが、払うのも再発行するのも面倒だから、無くさないように」
「分かりました」
「うむ。それでは、通ってよし」
通行の許可が出たのでヒナは町の中に入る。
門番は最初はヒナの頭を見て驚いたようだけれど、いろんな人を見てきたのか、それ以上の反応をすることは無かった。プロ意識の高い門番だ。ああいう人は素直に好感が持てるものだ。ヒナも、人物リストーー出会った人物をリストにまとめている。後でマザーやフットマンに提出するためだーーに『仕事が丁寧』と追記する。
さて、無事に入れたわけだが、まずは目的を果たさなくてはいけない。
「すみません、よろしいでしょうか?」
「ん? どうしたのかな?」
門番と同じ服装をしている人がいたので、地球で言う警察と同じような者だと考え声をかけてみた。
声をかけられた人物は、腰をかがめてヒナと同じ目線に自分の目線を合わせる。
「本を売っている、もしくは貸し出している、閲覧ができるお店を探しています。教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、それなら」
そういって腰のポーチからくたびれた紙を取り出す。広げるとそれには町の子細な見取り図が記載されていた。ヒナは即座にそれを記録する。
ヒナが見取り図を記録しているとは知らず、ヒナの言ったことに該当する施設を指差していく。
「こことここ、あとここがそうかな。他は、この雑貨屋にも、何冊か本があったはずだよ」
男が指差したところと同じところにピンを刺しておく。全部で四箇所。今日中にまわれるかもしれない。
「ありがとうございました」
「いいえ。それでは、良い一日を」
ヒナがぺこりとお辞儀をすると、にこりと微笑んで左胸に手を当てる。おそらく、これが敬礼なのだろう。
男に背を向けて、ヒナは歩きはじめる。
まずは、一番大きな施設へと歩を進める。
最初の目的地は建物の大きさから図書館だと推測される。推測される、というのも、見取り図には地図記号しか書かれておらず、肝心の名称が書かれていなかったのだ。こちらの地図記号データなど持っているはずも無いので、推測しか出来ないのだ。
そこまで考えると、ヒナは違和感を覚えた。
データを持っていない……? なら、なぜ私は会話をできるのでしょうか?
そう、今まで考えもしなかったことだが、なぜヒナはシスターラミア達と問題なく会話が出来ているのだろうか?
文字だってそうだ。文字も、なぜだか読むことができる。
予定変更につき、目的地を変更します。
疑問が浮かび上がると、ヒナは目的地を変更する。一番大きな場所を目指していたけれど、可及的速やかに確認することが出来たから、まずは一番近い場所を目指すことにしたのだ。
幸にして、一番近い場所は徒歩数十メートルの位置にある。ヒナは歩く速度を早めて向かう。
雑貨屋と書かれた看板の店に入れば、お婆さんの『らっしゃい』という無愛想な挨拶をいただく。
ヒナはそれに小さく会釈だけすると、すぐさま本のある棚に向かい手に取る。
古い本なので丁寧に表紙をめくる。
題名も、目次も、数字も読める。
読めるということはそれを知っているという事に他ならない。知っているということは、記憶しているということ。つまり、ヒナの記録領域にデータにあるということだ。
ヒナは自身のデータ領域にある言語系統のストレージを確認する。すると、そのストレージにはヒナの知らないプログラムが組み込まれていた。
【????語(言語)】
【????語(文字)】
そう表記されたデータが、確かにあった。
知らない。ヒナはこんなデータは知らない。インストールした憶えも無ければ、文字や言語を解析した憶えも無い。ヒナが全く知らない内にインストールされていたのだ。
ヒナは自分が知らないデータに困惑する。
過去のログをたどってみても、そんなものをインストールした記録は無かった。
完全にヒナの預かり知らぬデータだ。
混乱するヒナ。完全に自身の知らないデータの存在に取り乱す。
しかし、すぐに落ち着きを取り戻す。訳の分からない現状で訳の分からないことが起きてもなんら不思議ではない。そして、この自分の知らないデータは現状を説明するための手がかりになるのかもしれないと考える。
しかし、気味が悪いのも確かなので、ヒナはこの言語データを使用しつつ、自身でも言語の解析を進めることにした。
言語については結論が出たので、ヒナは当初の目的である本を探ることにした。
ヒナは手に取った本をパラパラとめくり、ページを記録する。本来であれば買って読むなりしなくてはいけないのだが、手持ちも無い上に時間も無いときている。そのため、申し訳なく思いながらも、ヒナは次々と本を手に取り、その内容を記録していった。
数冊しかない雑貨屋ではものの数分で記録が終わった。
ヒナは本の記録が終わると、形の整っていないガラス瓶を三本購入した。本を買えないのでせめて他のものを買おうと思ったのだ。
「銅貨六枚だよ」
どうやらたたき売り商品のようで、安くすんだ。
ヒナは銅貨六枚を出すと、お婆さんに手渡す。
お婆さんは無愛想にそれを受けとると、手に持っていた紙に視線を移す。
ヒナは、瓶を鞄にしまいながらお婆さんに聞く。
「それは、何を見ているのですか?」
「あん? 新聞だよ。五日にいっぺん町の衛兵が販売してんのさ。王都のことや、この町のことが書かれてるんだよ」
「具体的には、何が書かれているのですか?」
「そうさね……ここ最近のめぼしい情報じゃ、勇者が現れたとか、どっかの迷宮が攻略されたとか、平和なもんばかりさ。まあ、悪い知らせが無いに越したことは無いけどね」
「悪い知らせも書かれるのですか?」
「書かれるさ。良いことも悪いことも書かれる。それが新聞だよ。まあ、真偽のほどは実際に見て無いからわからないけどね。知ってるくらいに留めておくのがいいさね。鵜呑みにするとろくなことにならない」
ガーデンに新聞というものは無いが、ガーデンができる前にはあった。
確かに、人によって所感が変わる情報などは、特に鵜呑みにしないほうが良いだろう。それが本当かどうかを、読み手は知らないのだから。真実の情報を載せておいて、解釈の仕方を誘導するような文を書く人もいる。
新聞にせよ何にせよ、情報を売るというのは、相手を誘導することもできる商売だ。お婆さんの言う通り、そういうことがあったと知っているくらいがちょうど良いのかもしれない。
「そうですか。ありがとうございます」
お婆さんにぺこりとお礼をして店を後にする。
「まいど」
ヒナの背中に、やっぱり無愛想な言葉が投げ掛けられるけれど、別に不機嫌と言うわけではないのだろう。ヒナの質問にちゃんと答えてくれたのだから。
何か入り用になったらまた来ようと決めながら、次の目的地へ向かった。