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記録:6

 村に戻り、シスターラミアの家でいつも通り就寝したヒナ。といっても、ヒナは眠る必要が無いので、目をつむったまま村の周囲を警戒している。それと同時に、情報収集のため村人の話に聞き耳を立てているのだが、残念ながらめぼしい情報は無かった。


 それに村人は夜になれば全員寝てしまう。無駄話もしないので情報を収集しようとしても出来なかったのだ。


 そのため、早々に夜の情報収集に見切りをつけ、ヒナは警戒の方に注力した。

 

 ヒナのセンサーがざっ、ざっ、と土を踏む音を捉える。


 ヒナの警戒範囲内に誰かが入り込んだのだ。しかし、これはいつものことだ(・・・・・・・)


 また、ですか……。


 ヒナの警戒範囲内に入ってくる人数は五名。男が四人に女が一人だ。


 ヒナがこの村に滞在した九日間、毎日欠かさず誰かがこの村を監視している。人数はまちまちだが、単独での監視は無く、常に複数人で行動、及び、監視をしている。


 なんの目的があるのかは知らないけれど、毎日欠かさず監視をするなんて相当のことだ。その労力も人件費ーーあるかどうかはわからないけれどーーもバカにならない。


 それに、しているのは監視だけだ。ある一定の距離からは近づいて来ないし、何か仕掛けをしているようにも思えない。


 いったい何が目的でこんなことをしているのか。


 願わくば問い質したいところだけれど、シスターラミアが隣で寝ているので移動ができない。それに、いつもヒナに抱き着いて寝ているうえに、シスターラミアの拘束を解くと、シスターラミアたはすぐに目を覚ましてしまう。


 お手洗いといって外に出ても良いのだが、問いただすのに時間がかかってしまえばシスターラミアが心配する。そのため、ヒナは眠りながら警戒をするだけに留まっているのだ。


 今宵も、眠ったままの監視になりそうだと思っていると、五人組がゆっくりとではあるが着実に村に近付いてきた。


 これは……。


 ヒナは常と違う行動を確認すると、すぐさま行動に移す。


 ヒナはおもむろに左手の小指を外すと、壁に空いた穴に向けて小指を指で弾いた。


 小指は寸分違わず穴を通っていく。通常であれば後は地面に落ちるだけ。しかし、ヒナのこの行動は通常の範囲内に収まることではなかった。


 落下しながらもヒナの小指はぐにゃりとか形を変える。普通の者が見れば悲鳴をあげそうな光景だが、幸いなことに目撃者は誰もいない。


 ぐにゃりと形を変えたヒナの小指は、最終的にプロペラが一つ着いた極小のドローンに形を変えた。


 ヒナの身体はナノマシンでできており、そのナノマシンには増殖機能が備わっている。


 そのため身体の一部を分離させて別の形に変形させて運用しても、増殖したナノマシンが分離した箇所を補ってくれるから問題ないのだ。現に、もうすでにヒナの左手の小指は再生されている。


 ともあれ、小指から生まれた超小型ドローンを五人組のところまで飛ばす。超小型ドローンには暗視カメラが搭載されているので暗い夜道もへっちゃらである。ドローンが撮影した映像はリアルタイムでヒナに送られてくるので、映像の記録もバッチリだ。


 超小型ゆえに多彩な機能は搭載できないけれど、それでも超小型なので見つかりづらい。ましてや夜の森となればなおさらだ。


 ただ、バッテリーが小さいので短時間の飛行しかできない。あまり時間をかけて撮影はしていられない。


 ヒナ自身が感知をしつつ、ドローンを飛ばす。


 と、そこでようやくドローンが五人組の姿を捉えた。


 武装を確認。剣、大剣、弓、杖、剣。五人の主武装と副武装を確認する。その中で、ヒナは女性が持った装飾の施されている杖に注目する。


 剣や弓はわかりますが、杖? いったい何に使用するというのでしょうか?


 見るからに細く、軽く相手をぶっただけでも折れてしまいそうな杖。山登りには使えるかもしれないけれど、戦闘には向かないそれに、ヒナは内心で小首を傾げる。


 とは言え、武器は武器。未知の攻撃の可能性有りと判断し、後ろの女性を要注意人物に指定する。


 ヒナに見られているとは知らず、五人組は徐々に村の方までやってくる。全員、極度の緊張状態にあり、とても遊びに来たという雰囲気ではなかった。


 野生動物にでも警戒しているのか、それとも別の何かを警戒しているのか。彼らの目的を知らないヒナは、憶測を並べることしか出来ない。


 ともあれ、物々しい雰囲気の彼らをこれ以上村に近付けるわけにはいかない。村か距離がある今のうちに無力化しておくべきだろう。


 そう判断し、シスターラミアを起こしてから向かおうと身を起こそうとしたその時、ヒナよりも早くシスターラミアが起き上がる。


 シスターラミアは起き上がると、ヒナの身体を優しく揺らした。


「ヒナちゃん、起きて」


「なんでしょうか?」


 自分が起きていたと思われないような間を開けて起き上がる。


 起き上がったヒナを見て、シスターラミアはその優しげな顔に微笑をたたえた。


「ちょっと教会に行きましょう」


「どうしてですか?」


「村にお客さんが来ちゃったからよ。私たちは邪魔になっちゃうから、その間教会でお祈りでもしてましょうか」


「……分かりました」


 シスターラミアの意図が読めないが、今は頷いておく。


 素直に頷くヒナを見て満足げに頷くと、シスターラミアはヒナの手をとって歩き始めた。


 寝巻のまま着替えることはせず、靴だけ履いて明かりも持たずに夜の村を歩く。幸にして今日は満月だ。月明かりが夜道を照らしてくれるので、足元が見えないということは無い。けれど、いつ月に雲がかかるとも知れない夜に明かりも持たずに外出するなど少し無用心だ。


「シスターラミア、明かりはいらないのですか?」


「大丈夫よ。月の女神様が照らしてくれるわ」


「シスターラミア、なぜ私たちはお客様をお出迎えするのに邪魔なのでしょうか?」


「彼らにとって私が異教の徒だからよ。私が居るだけで話がこじれることがあるの。ヒナちゃんを呼んだのは、有らぬ疑いをかけられないようにと、私が一人じゃ寂しいからよ」


「シスターラミア、お客様はなぜ夜中に訪問など?」


「あまり時間の取れない人達だからよ。こういうこともあるの」


 ヒナの質問に、シスターラミアは笑顔を崩さずに答える。


「それにしても、無作法が過ぎます。夜中に訪問するだなんて」


「大丈夫よ、いつものことだから」


「いつものこと、ですか?」


「そう。いつものこと」


 笑顔のままのシスターラミアに連れられ、ヒナが始めて見た場所である古びた教会に到着した。


 ぎぃっと錆び付いた金具が音を立てて扉が開く。屋根に空いた穴から月光が室内を照らし、ある種幻想的な風景になっていた。


「さあヒナちゃん。神様にお祈りしましょう」


「分かりました」


 祭壇の前に(ひざまづ)くと、シスターラミアは(こうべ)をたれて両手を組み、祈りを捧げる。


 ヒナは、シスターラミアにならって同じように跪いて頭をたれ、両手を組んで祈りを捧げる。といっても、ヒナに捧げる祈りなど無く、見てくれを真似ているにすぎない。


 ヒナはポーズを取りながら、ドローンの映像をチェックしつつ熱源感知と反響定位で村の様子を記録し続けた。





 それから数時間が経過して夜が明けた。


「それじゃあ、帰りましょうか」


 行きと同じで、帰りもシスターラミアに手を引かれて村に戻った。


 村はシーンと静まり返っており、特に何があったとは思えない。


「ごめんなさいね、祈りに夢中になってこんな時間になって」


 シスターラミアは少し申し訳なさそうな顔をして謝ってきた。


「いえ、大丈夫です」


 ふるふると首を振って言えば、シスターラミアは優しく微笑んでヒナの頭を撫でた。


「ヒナちゃんは優しいわね。ありがとう」


「いえ」


 ヒナはされるがままに頭を撫でられる。


「さあ、少しだけ眠ったら、その後は仕事をしましょうか」


「ノルが畑の野菜を今日収穫するといっていました」


「そうなの? それじゃあ、見に行ってみようかしら」


 ヒナの報告に、シスターラミアは嬉しそうに顔を綻ばせた。





 シスターラミアの言葉通り、少し寝てーーヒナは眠らなかったがーー起きてから仕事になった。


 今日のヒナは狩猟班と一緒に山に猪などの動物を狩りに行くことになった。ククは自分も行ったことが無いのにヒナが狩猟に行くことに対して文句を言っていたけれど、遠くの的を正確に矢で射抜けば悔しそうにしながら、口も聞かずに自分の仕事に向かった。大人たちはククのそんな様子に苦笑していた。


「いやあ、ヒナちゃん箱入りだって思ってたけど、案外やるねぇ」


「元々、戦闘用ですので」


「ははっ、そうかそうか!」


 ヒナの返答に、少しだけ不憫そうな顔をした男性は、優しいけれど少しがさつな手つきでヒナの頭を撫でた。


 そんなヒナの背景を都合よく作り上げる一幕があったものの、ヒナは狩りをしに森の中に入っていった。


 森の中をひたすら歩いて獲物を捜す。


 今回の獲物は大きい。が、相手の技量を考えれば難無く無力化(・・・)できる。


 ヒナは獲物に感づかれないように大回りをして歩いた。狩りの常套句。死角から忍び寄って奇襲をするのだ。


 ヒナはアンドロイドなので疲労を感じない。それに、ここ数日でエネルギーをたくさん貯えることが出来た。低燃費状態は継続しているけれど、昨晩のように超小型ドローンの作製もできる。いざという時の戦闘行動も問題なく行える。


 万全を期してはいないけれど、十分戦闘は可能だ。


 ちなみに、昨日のドローンは充電が尽きる前にヒナの元へ帰還させて体内に取り込んだ。


 ヒナは戦闘スキルを駆使し、足音を立てずに獲物の背後に移動。そして、ある程度距離が縮んだところで一気に駆け出す。


 弓を持ってはいるけれど、そんなものを使うよりも自分の身体を使った方が早い。


 獲物がヒナの接近に気付くが、気付いたときにはもう遅い。


 獲物が持っていた剣を(・・・・・・・)弾き、もう片方の獲物が持っていた杖も(・・・・・・・)はじき飛ばす。


 そして捉えた獲物を吊すためのロープで二人の(・・・)両手を器用に片手で縛り上げて地面に俯せにして押し付ける。 


「な、なんだてめぇ!」


「わたしたちをどうするつもり!?」


 獲物二人が怒ったように言う。


 もう言い繕う必要も無いだろう。そう、ヒナが獲物として認識していたのは森に住む動物などでは無く、村を見張る人間達だった。


 ヒナは淡々とした声音を崩さぬまま言う。


「貴方達の持っている情報を全て教えてください」





 狩りを無事に終えたヒナは、大きな鹿を二頭背負って村に戻った。


 村の大人たちは子供のヒナが大きな鹿を二頭も狩ってきたことと、それを顔色一つ変えずに背負っているという事実に、思わずぽかーんと口を開けっぱなしにしてしまった。


 しかし、それは村に残っていた大人たちだけで、ヒナと一緒に狩猟にでかけた大人や青年達は皆上機嫌に笑っていた。


「いやあ、大猟大猟! 鹿は捕れるは、猪はとれるは! もううはうはだ!」


 ヒナの二頭の大きな鹿に圧倒されて気付かなかったけれど、青年達も大きめの猪を狩っており、まさに大猟だと言えた。彼らが上機嫌に笑うのも無理は無かった。


 鹿や猪は分配され、半分は村の保存食に。半分は村人達に振る舞われた。


 家に戻り、シスターラミアに新鮮な鹿の肉を渡せば、嬉しそうな顔をして鼻歌を歌いながら料理を始めた。手伝うと言ったのだが、嬉しそうに断るので、ヒナは黙って椅子に座ってシスターラミアの後ろ姿を見ていた。


「それにしても、ヒナちゃんすごいわ。こんな大きな鹿のお肉は久しぶりに見たわ」


「喜んでいただけて良かったです」


「村の皆も大喜びだったでしょう?」


「はい。皆さん、笑顔でした」


 村の皆は笑顔でありがとうとヒナに言った。けれど、やはりわからない。ヒナは、ガーデンの時と変わったことはしていない。人のためになるようなことを今も昔もしてきている。なのに、なぜこうも違うのか。


 この村にいると、そんなことを時たま考えてしまう。


「はい、かーんせい! 今日は鹿肉のステーキ! 胡椒とお塩奮発しちゃった!」


 そういって、サラダとステーキ、申し訳程度の黒パンをテーブルに置いた。


 シスターラミアは両手を組んで祈りを捧げる。ヒナも、シスターラミアにならって両手を組む。


 シスターラミアは祈りの言葉を口にしない。ただ数秒、何かに祈っているのだ。何に祈っているのかはわからない。


「それじゃあ、いただきましょうか」


「はい」


 祈りを終えて夕飯を食べる。


 シスターラミアが鹿肉のステーキを一切れ食べると、頬に手を添えてほうっと顔を緩める。


「美味しい~」


「はい、とても美味しいです」


 シスターラミアは料理が上手らしく、料理がとても美味しい。


 黙々と料理を平らげていくヒナに、シスターラミアは嬉しそうに笑む。


「どうかしましたか?」


「いーえ。なんでも。ただ、ヒナちゃんが来てくれて、嬉しいなって思っただけよ」


「そうですか」


 まただ。一緒に食事をしているだけなのに。それはガーデンにいたときと変わらないのに。


 向けてくる顔は無表情でも怒りでもなく、笑顔。いったい、何が違うのか……。


 やはりわからない。違いがいっこうにわからない。


 そんなシスターラミアにとっては幸せな、ヒナにとっては苦悩な食事も終わりを告げた。


 食べ終わったお皿を片付けているときに、ヒナは言った。


「シスターラミア」


「ん? なに?」


「町に行ってみたいのですが、よろしいですか?」


 ヒナの、何気ないその言葉に、シスターラミアの手がぴたりと止まった。


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