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記録:5

 アネスの村に滞在してから九日が経過した。九日も経過するとヒナの仕事も決まってきて、村人の態度も初日と比べてずいぶんと軟化したものになってきた。


「あらヒナちゃん、おはよう」


「おはようございます」


「今日もいい天気だねぇ」


「はい。本日は晴天。おそらく、一日中晴れになるはずです」


「そうかい。それじゃあ、今日は慌てて洗濯物を取り入れる必要はなさそうだねぇ」


 シスターラミアの隣の家に住んでいるおばあちゃんがにこにこと優しい笑顔で声をかけてきたので、ヒナも世間話をする。村人との仲良く世間話をする程には関係は良好である。


「その服も似合ってるねぇ」


「ありがとうございます」


「急いで縫ったけど、破れてるところは無いかい?」


「問題ありません。耐久値も問題ありません」


「そうかい。それは良かったよ」


 ヒナは、もともと着ていた服ではなく、古くなった服を貰ってきてその服を着ている。あの服はこの村では綺麗過ぎて目立つし、なにより森に行くのには向かない。汚したり、破いてしまっても、ヒナの体内にあるナノマシンを流用して直せるけれど、それをしてしまうと説明が厄介だ。ナノマシンを位置から説明をしても理解してもらえないだろう。だから、修復という手段ではなく、代用という手段を取ったのだ。


 とは言え、こんな富んでいるとは言えない村での古着などたかが知れている。穴は盛大に空いており、縫合部分もよれていた。そのため、このおばあちゃんに縫い直してもらったのだ。本当ならヒナでも出来たのだが、おばあちゃんが任せてくれと嬉しそうに言うものだから、任せたのだ。


「そういえば、ヒナちゃんにマッサージしてもらったら、腰が良くなったよ。ありがとうねぇ」


「それなら良かったです。また痛みだしたら言ってください」


「ありがとうねぇ。その時はお願いするよ」


「はい。では、私は仕事がありますので」


「ああ、そうだね。行ってらっしゃい。気をつけてね」


「はい」


 そこそこのところで話を切り上げてヒナは仕事に向かう。


 この九日間でヒナの能力が多伎にわたって有能であることを村人には示してきた。


 家事炊事は元より、戦闘能力を活かした狩りでもその実力を示し、食べられる食材の選別もなんのその。畑仕事のデータも少しばかり入っていたので、少しだけ口を出してみたりした。建築は出来ないけれど、正確なサイズで木材を加工することもできるので、机や椅子を作り直したり、包丁や狩猟道具を研ぎ直したりもした。


 その結果、ヒナは村人におおむね好意的に接してもらえるようになった。AI様様である。


 今日の仕事は川辺に行って洗濯である。


 集合場所まで行くと、どうやらヒナが最後だったようであり、皆が笑顔でヒナの方を見た。


「ヒナちゃん、おはよう」


「ヒナ遅いわよ。先に行くところだった」


「ヒナちゃんおはよう!」


 前の二人はこの村では年長組に入る少女で、ほんわかと優しそうな顔にそばかすがあるのがサラ。ちょっと冷たい言い方だけれど、その口元には微笑をたたえているこの村一番の美少女である猫のビーストであるアリッサ。


 最後に元気良く挨拶をしてヒナに抱き着いてきたのは、この村では年少組に入る少女、ナーシャである。


「すみません。少しおばあちゃんと話をしていました」


 ナーシャの頭を優しく撫でながら二人に謝る。


「いいんだよ。別に時間に遅れたわけじゃないから」


「一番遅かったけどね」


「もうっ、アリッサちゃん!」


「冗談よ。さ、行きましょう」


 頬を膨らませて注意するサラに軽く返して洗濯物の入ったカゴを持って先を歩くアリッサ。


「大丈夫ですよ、サラ。アリッサが意地悪で言っていないことは分かっています」


「ごめんね。アリッサちゃん、友達をからかうのが大好きなの」


「ええ、分かっています」


 ヒナは自分とナーシャの分の洗濯かごを持って歩きはじめる。ナーシャの分を持つのは、まだ幼いナーシャには持てないからである。ナーシャは服を洗う要員であり、持ち運びはヒナがするのだ。


 ナーシャはヒナの服を掴んで笑顔で歩き、サラは自分の分の洗濯かごを抱えて歩く。


「それにしても、本当に力持ちだねぇヒナちゃんは」


「はい。まだまだ持てます」


「凄いねぇ。洗濯した後なんて、水を含んで重いから、かごを持つのはしんどいよ」


「帰りは私が持ちましょうか?」


「大丈夫だよ。これも私の仕事だからね」


 そういって優しく笑うサラ。


 サラは真面目で、頼りがいのあるお姉さんといった印象を受ける。


「あら、それじゃあわたしのを持ってもらおうかしら?」


「ダメだよアリッサちゃん! 自分の分は自分で持つの!」


「じゃあ、ナーシャは?」


「ナーシャちゃんはいいの! こんなに重いの持てないでしょう?」


「案外持てるかもよ? ナーシャ、力こぶ」


 アリッサがそういうと、ナーシャは両腕に力こぶを作ってぷくぅっと頬を膨らませてアピールをする。


「あらやだ、とってもムキムキ」


「どこが!?」


「むきむきー!」


 言いながら、そのポーズのままヒナの前に行き、くるりと後ろに向き直る。


「むきむき?」


「いえ、どちらかというとむちむちです」


「「ぶふっ」」


 ヒナの言葉に、サラとアリッサは同時に吹き出す。


 確かに、ナーシャはまだ五歳なので幼子まではいかなくとも、まだ腕や足のラインはぷにっと柔らかそうだ。なので、むちむちという表現は合っているのだが、ヒナが真顔で言うものだから笑ってしまったのだ。


「むち、むち……」


 むちむちと言われても、意味がよくわからないナーシャは自分の力こぶをむにっとつまむ。その姿を見て、サラとアリッサは更に吹き出す。ちなみに、力こぶやムキムキといった余計な言葉はアリッサが教えた。


「ちょっ、ヒナが、余計なことを言うから……!」


 アリッサがお腹を抱えて目に涙を浮かべながら笑う。


 サラも、声には出さないけれど、口元を抑えて笑っている。


「むちむち」


 そういって、今度は脚をつまむナーシャ。


「ぶふっ!」


「んぐっ!」


 アリッサは更に吹き出し、サラは苦しそうに口元を抑えた。


 二人がなにをそんなに笑っているのか分からないヒナとナーシャは揃って小首を傾げた。





 二人の笑いがおさまると四人は川に向かい、今度は何事もなく到着することができた。


「あー……まさか、ヒナに笑わされるとは思わなかった」


「本当よ。もう、ヒナちゃん、真面目な顔して冗談言うんだから」


「冗談では無いのですが……」


 川に着くと、四人はじゃぶじゃぶと洗濯物を洗いながら先程のことについて話す。川に着けばナーシャも仕事ができるので、四人で仲良く並びながら洗濯だ。


「あら、そうなの?」


「はい」


「いや、それはそれで……ぶふっ!」


 アリッサは思い出し笑いをしたのか、吹き出す。


「ヒナ、いっつも無表情だから、どっちか分からないのよね」


「うん。ヒナちゃん、笑顔になったらすっごい可愛いと思うんだけどなぁ」


「笑顔、ですか……」


 ヒナのプログラムには笑顔など表情を作るプログラムは組み込まれていない。もともとが戦闘用なので、そのようなプログラムは組み込まれていないのだ。擬似人格の方も必要最低限なので、介護用など人と関わるAIよりも格段にそのスペックは落ちる。


「すみません。それはプログラムが組み込まれていません」


 ヒナが謝ると、二人は小首を傾げる。


「「ぷろぐらむ?」」


「笑顔が出来ない、と憶えていただければ」


 小首を傾げる二人に、ヒナはそう言う。


「そう、なのね……ごめんなさい。無神経だったかしら?」


「いえ。問題ありません」


 申し訳なさそうな顔をするアリッサに、ヒナは首を振って否定する。


「私は、そういうモノ(・・)ですから」


 介護用に作られた他のAIよりも人間味が薄いのは理解している。必要最低限の人間味をそぎ落とされ、見た目が少女な戦闘用AI。それがヒナだ。同じ対人でも用途が違えば重きを置く性能も変わってくる。


 そう言いたいけれど、二人にはそれが通じない。理解してもらえない。だからヒナは簡単な言葉で済ませた。


 しかし二人には劇的な効果があったようで、サラが優しげな表情をしてヒナを抱きしめる。


「大丈夫だよ。この村(・・・)の皆はヒナちゃんの味方だからね」


「……ありがとうございます」


 アリッサは無言でヒナの頭を撫でる。


 ヒナは、二人が何かを誤解していることに気付いていた。おそらく、自分たちの経験した境遇とつなぎ合わせて考えて、勝手に答えを出してしまったのだろう。


 考えられるのはビーストが迫害されていることだ。当事者であるアリッサと、その友人であるサラ。二人の、この村の境遇を考えると、ガーデンに居た子供達よりも辛い日々を送っていたことは間違いない。


 自分たちとヒナを重ね合わせて考えてしまったのだろう。


 なるほど。確かに世間一般で言えば表情が乏しい、それも喜びを表せない人は不憫に見える。それに加えて迷子であるし、謎多き背景があるような風体をしている。二人が同情的になるのも頷ける。


 実際はよくわからない間に、こちらに飛ばされたのだが……。


 ヒナは考える。この設定のままいった方が、後々楽なのではないか、と。


 余分な説明をしなくてもいいし、なにより相手が勝手にいろいろと察して聞かないでいてくれる。説明の出来ない、しても理解してもらえない単語もある。


「ありがとう、ございます……」


 ヒナは、多くを語らないことに決めた。擬似人格が高機能でなくとも、多くを語らないことで相手に勝手に連想してもらうことにしたのだ。


 どれほど効果があるのか分からないけれど、一から全てを話すよりはマシであろう。


 そして、その効果は早速表れており、ただお礼だけ言ったヒナに対して、二人はヒナには語りたくない過去があると勝手に思い込んだ。自分たちと境遇は違えど、何か不幸なことにあってしまっているのだと。


 サラはヒナを無言で抱きしめ、アリッサは撫でる手により一層優しさを込めた。


 そんな中、一生懸命ひたすらに洗濯をしていたナーシャは、三人の様子に一切気付いておらず、そんな三人の様子に気付くのは自分の分の洗濯が終わった時であった。





 三人が洗濯物を洗うその後ろで、ナーシャが腕を組んで三人を見張っていた。


「もうっ! 三人とも遊んでるんだから! ちゃんとお仕事するの!」


「遊んでたんじゃないんだけどなぁ……」


「遊んでたの!」


 アリッサが否定をするも、遊んでいたと言ってきかない。


 自分が洗濯をしている間に三人が遊んでいたことも許せないけれど、一番は、自分がのけ者にされていたことが許せないのだ。


 だから腕を組んで怒っているのだ。


 まだ幼いナーシャはなにを言っても聞かず、三人は黙って洗濯をすることになったわけである。


 じゃぶじゃぶと水の音だけが聞こえる。


 ナーシャによって私語一切禁止なのだが、そんな空間でも居心地悪くなく、むしろ焼餅を焼いているナーシャが微笑ましくもあった。


 ヒナはもともと無駄話をしないので、無言の空間にもなれているし、居心地の悪い空気を認識しても、居心地が悪いとは感じない。


 ただひたすらに仕事をこなすヒナ。


 その背中に、急に重みがのしかかる。


 ヒナの顔の横に顔をにゅっと出して、ヒナの手元を見るのは、三人の後ろに立っていたナーシャである。


 ナーシャの接近には気付いていたので慌てることも驚くこともない。


「どうしたのですか?」


「……つまんない」


 常の声音でたずねれば、返ってきたのは不満げな声。


 腕を組んで三人を監視しているのはよかったのだけれど、三人とも話さないからつまらなくなってしまったのだ。


 ヒナの背中におぶさるナーシャはヒナの首元に顔をうずめる。


「つまんない……」


 つまんない、と言われても、ヒナにはどうすることも出来ない。


 ヒナは少し思考した末、身体を横に一定感覚で揺らして子守唄を唄った。


 家事炊事機能の中に子供を寝かしつけるための一定の揺れのデータと、子守唄が三曲入っていた。


 眠いのかと考え寝かしつけることを選んだのだが、どうやら正解だったらしく、ナーシャは数分もしないうちに眠りについた。


 そんなナーシャの姿を見たアリッサは苦笑を浮かべる。


「やっぱり寝ぐずだったのね」


「今日はいっぱい歩いたものね」


 実を言えば、ナーシャにとって今日が初めてのお仕事日であった。始めて村を出て川まで歩き、頑張って洗濯もしたのだ。まだ幼いナーシャが眠くなっても当然と言えた。


 ナーシャが眠ったことで子守唄を止めたヒナ。


 健やかな寝息を立てるナーシャを見て思う。


 思えば、一度だってこんなに近くで誰かの寝姿を見たことが無い。それに、誰かに抱きしめられたことだって無い。頭を撫でられたことも、お礼を言われたことも無い。


 なぜ? やってることは同じなのに……。


 それどころか、ガーデンの方がやっていることは多い。全てAIが行い、人間は何もしなくていいのだから。


 この村の方が貧しいはずなのに……。


 なぜ、ガーデンでは睨まれるのか。なぜ、ガーデンでは罵倒されるのか。なぜ、ガーデンでは誰もが幸せそうでないのか。


 分からない。


 ヒナは洗濯物をしながらこの村とガーデンの差異を考える。けれど、差異はわかるのに、原因が全くもって分からなかった。


 ガーデンの方が、優れているのに……。


 ヒナは帰りの道中もそのことを考えていた。けれど、結局答えは分からずじまいだった。


 

 


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