記録:4
アネスの村に程近い森の中。ヒナは木製のカゴを背負い、食べられる木の実やら山菜やらを適当にひっつかんでカゴに放り込む。
「ああ、ダメだよヒナ。山菜は全部採らないで、一つや二つ残しておかなきゃ」
「分かりました」
適当にひっつかんで入れるヒナに注意をするのは村の少年ーーノルである。ノルは心優しい少年で、ビーストを人間かと聞いた無礼なヒナに対しても物腰柔らかく接してくれる。かくいうノルもビーストで、タヌキのような耳と尻尾が生えている。
「ふんっ。こんな足手まとい、なんで連れなくちゃいけないんだ」
嫌そうな声でそういうのは、村の少年であるククだ。彼はヒューマンだが、ビーストであるノルよりも先の件を根に持っており、ヒナに敵意をむき出しにしている。
「こらクク。なんてことを言うんだ。ヒナはちゃんと食べ物の選別ができているだろう?」
「はんっ! これは苦いし、これなんかすっぱいじゃないか。まともに食べられたもんじゃない!」
ククはそう言ってヒナのカゴに入っていた山菜や木の実をぽいぽいと捨てていく。
「やめろ! そんなもったいないことするんじゃない! それに、ヒナに失礼だろ!」
失礼云々よりも食材の方が大切な様子なノルは、ククが捨てた木の実などを慌てて広ってヒナのカゴに戻す。
「これ、全部ククの嫌いなものだろ? ヒナが嫌いな物を採ったからって捨てちゃダメだ。それに、好き嫌いはダメだぞ?」
「き、嫌いじゃねぇし! 好みじゃねぇだけだし!」
「クク、それでは否定できていません」
「う、うるせぇ!!」
ノルの言葉に慌てて否定したククは、その後に冷静にツッコミを入れるヒナに対して羞恥で顔を赤くして怒鳴った。
「いいか!? これとこれ、あとこれも! 村のガキ共が嫌いだから絶対に採るなよ!?」
「しかし、食料には変わりありません。調理の仕方で味がーー」
「い・い・な!?」
ヒナの言葉に耳を貸さずに、強引に同意を求めようとするクク。
普通の人であればそれに不快感を覚えるだろうけれど、ヒナはAIだ。人間のように感情に流されたりしない。
「分かりました。これらのものは採取しません」
「ふんっ。分かればいいんだよ。さっさと終わらせて帰るぞ」
「はい」
ずんずんと足音荒く先を行くクク。その脚取りは荒いけれど、慣れ親しんだ森の中なので転んだり躓いたりするようなへまはしない。
ククが少し先に行くと、ノルは小さな声でヒナに謝った。
「ごめんね、ヒナ。ククの奴、気が立ってるみたいでさ」
「問題ありません。私が原因ですので」
ヒナも最初の接触が原因で村人から良く思われていないということは理解している。だから、ククの反応は想定内だ。シスターラミアやノルの方が珍しいと言える。
「まあ、そうなんだけどさ。あいつ、まだ子供だから、仕方の無いことだって分別ができないんだ」
苦笑しながら言うノルに、ヒナは無感情に言う。
「ククはノルのように諦めていないだけです」
「え?」
ヒナの放った一言に、ノルは思わず固まってしまう。そんなノルに構わずヒナは続ける。
「ククはノルが人間だと認められないことに憤ってます。でも、ノルは仕方ないと諦めてしまっています」
ノルとククはヒナが村に来たときにその近くにいた村人の中の一人だ。そのため、ヒナが発した言葉に対する感情などの高ぶり方をデータとして得ることができている。その時の感情を測定した結果をヒナは口にしたのだ。
「子供だから、というのは適切ではないかと」
最後にそういうと、ヒナは歩き始める。
ヒナが動いたことで我に返ったノルは、慌ててヒナに追いすがる。
けれど、特に声を荒げることもせず、呆れたような顔をする。
「驚いた。まさか見抜かれるとはね」
「見抜く、というよりは、分析をした、と言う方が適切です」
「分析?」
「はい。ノルの脳波や動悸、呼吸、身体から生じるあらゆるデータを分析して導き出した結論です」
「……よくわからないけど、ヒナが凄いっていうのはわかったよ」
「特別なことはしていません。この程度、過半数のAIができることです」
「えーあい?」
「Artificial |Intelligence。通称、AI。人工知能とも呼ばれています」
「……ごめん、よくわからないや」
「そうですか」
これも予想通り。今時有り得ないようなみすぼらしい家に、水は川から水瓶に移して使用している。水洗トイレは無く、電化製品の反応は一つもなく、机や椅子は全て手製のため寸法が微妙にずれている。あまりにも低すぎる文化形態だ。ガーデンの外でもまだましな生活をしている。
低すぎる文化形態だからこそ、AIと言っても通用しないということは予想していた。おそらく、他の近代用語も通用しないだろう。
更なる情報収集が必要ですね。
地球では遅れすぎている文化形態で生活をする彼ら。ヒナは更に情報収集を重ねる必要があると考える。
「ヒナ、それじゃあ、君は……」
「なんですか?」
「……いや、なんでもないよ」
一瞬だけ恐れるような、それでいて縋るような表情をしたノル。気になりはしたけれど、強引に食い下がることはしない。ヒナは、人間が嫌がることはしないのだ。
「おーい!! 何やってんだ!! 早く来い!!」
話ながら歩いていて足取りが遅くなった二人にーーヒナはノルに足取りを合わせていたので、ノルの方が足取りが遅くなっていたーーククが苛立ったように前方から声をかけた。
怒っているククの様子を見てノルは苦笑を浮かべる。
「行こっか」
「はい」
二人は少し足取りを早くしてククの後を追った。
カゴが一杯になるまで採って村に戻る頃には、もう日が暮れかけていて辺りが暗くなってきていた。
「夜になる前に帰って来れて良かったね」
「はい」
ノルの言葉に頷くも、ヒナには暗視機能が備わっている。それに、熱源感知も反響定位もある。安全に帰ってくることはできた。けれど、より安全な内に帰ってくるのがベストだ。だからこそヒナは頷いたのだ。
「これから選別して村中に配る。狩猟組と一緒にやっから、捌く時間とかかかるぞ」
「その間、私は何をしていればよろしいでしょうか?」
「あ? 知るか。適当に座ってろ」
「クク、もっと優しく言えないのか」
「優しくしたら付け上がるだろうがよ」
「ヒナは謙虚だろ。どこが付け上がってるんだ?」
「これから付け上がるかもしれねぇだろうが! きょーいくってのは、今からしておくもんなんだよ!」
「教育されるほどヒナは馬鹿じゃないぞ。ククこそ、丁寧な口調を教えてもらえ」
「けっ! んな必要ねぇよ!」
乱暴にカゴをヒナに押し付けると、ククは足音荒くどこかへと歩いていってしまう。
「クク! どこ行くんだ!」
「便所!!」
「お手洗いって言いなさい!」
「お前は俺のかーちゃんか!?」
怒って行ってしまったわりにはちゃんと受け答えをする律儀なクク。
「ごめんな、ヒナ。重いだろ、持つよ」
「いえ、これくらいなら平気です」
木製のカゴは森に入ることを考えて頑丈に作られている。そのため、使用した板は厚いので、その分重さがある。そのカゴ一杯に山菜やら木の実やらが入っているのだ。単体では重くはないといえ、カゴ一杯になればそれなりに重い。ノルも、身体が出来上がるまでは苦労をしたものだ。
ヒナは細く程よい肉付きをしている女の子だ。そんな女の子に一杯になったカゴを二つも持たせるわけにはいかないと思い持つと言ったのだが、ヒナは涼しい顔をして二つ目のカゴを抱えている。
「え、でも、重いだろ?」
「いいえ」
「本当に?」
「はい」
「えぇ……」
顔色一つ変えずに言うので、ヒナが言っていることが本当であると理解したノルは困惑したような声をもらす。
ヒナが人間のままであれば重いと感じただろうが、今のヒナの身体は全身ナノマシンでできている。ナノマシンが筋肉を補強し、通常の倍以上の力を発揮しているのだ。人の身体と機能を維持したままなので出力に限界はあるけれど、それでもそこらへんの人間には負けない程の筋力がある。
「これはどこに持っていけばいいですか?」
「あ、ああ。分け場があるから、そこに持って行くんだ」
「分かりました。では、行きましょう」
「ああ」
ノルの先導のもと、分け場まで向かう。
歩き始めて、ノルは思い出したように口を開いた。
「ククは、別にヒナのことを嫌ってるわけじゃないんだ。ただ、外から来た人にどう接していいか分からないんだ。ほら、なにも聞かなくても、これをどうするかちゃんと説明してくれ他だろう?」
「はい」
「あいつ、根は優しいんだけど、口が悪くてさ。それが原因で、一回外から来た人と喧嘩になったことがあってさ。それから、自分からは外の人には話し掛けなくなったんだ」
「そうだったのですね」
「村の皆は、ククが優しいってわかってるからいいけどさ、他の人からしたら、なんだこの口の悪いガキは! ってなるだろう?」
「そうですね。あまり、褒められた口調ではないですね」
「ふふっ、そうだな、その通りだ」
ヒナの取り繕わない言葉に、おかしそうに笑うノル。
「だから、あまり外の人と関わろうとしないんだ。……まぁ、今は関われないけど」
普通の人であれば聞き取れないほどの小さな呟き。おそらく、言った本人にしか聞き取れないそれを、ヒナは正確に聞き取っていた。
「村の外と関係が途切れてしまったのですか?」
「え? い、いや、そういうことじゃないんだ」
「では、どういうことですか?」
「なんでも無いよ。本当に、なんてことないことなんだ。ヒナが心配する必要は無いよ」
心配ではない、純粋な疑問である。が、それを口にする前にノルは焦ったように続ける。
「最近では畑も出来てきたし、狩りのほうも順調だ。山の幸だって、たくさん採れる。だから、ヒナは心配する必要は無いからな?」
「……わかりました」
何かを隠している。ヒナはノルから得られる情報でそれがわかるけれど、おそらく、普通の人が見てもわかるだろう。それくらい、ノルは焦っていた。
納得したふうを装ったけれど、ヒナはノルがなにを隠しているのかを探ろうと思考を働かせる。
ノルは気が緩みがちなのか、よく何か言葉を漏らしている。おそらく、ヒナには知ってほしくないことだ。これが演技で、全てミスリードであれば、なるほど素晴らしい演技力であると拍手せざるを得ない。
けれど、ノルの心拍などの数値を見るに、本当に焦っているのは確実である。
「畑は、なにを育てているのでしょうか?」
「い、今は、芋を育ててるよ。もう少ししたら暖かくなるから、瓜とかを育てる予定だよ」
ヒナが畑に興味を示したと思ったのか、ノルは畑について話を始めた。途中から、畑について話をしているのが楽しくなったのか、普通に話を始めた。演技とか、隠し事には向かない性格だ。
ノルの畑の話に相槌を打ちながら、ヒナは考える。けれど、思考はすぐに行き詰まる。ヒナが結論を出すにはあまりにも情報が少な過ぎた。
この状況に陥ってまだ一日目。得られた情報は森と村の地形データと食物の棲息分布、村人の身体データくらいだ。それから答えを導き出すには情報が少な過ぎる。
しばらくは生活をしながらの情報収集に専念する他ありません。それに、この村が何か危機的な状況を迎えているのかもしれません。生活水準の維持、もしくは向上が目的である以上、その問題を解決しなくてはいけません。
ノルのヒナに心配をかけないようにするような言葉も気にかかる。外と連絡が取れないのか、それとも外からつまはじきにされているのか。
シスターラミアなら教えてくれるかもしれないと考えたけれど、ノルがこれだけ隠そうとしているのだから、おそらくはシスターラミアの方針だ。シスターラミアのこの村の発言権は大きい。それは、この村に来たときの皆の反応で理解している。
地道に諜報活動。それしかない。
ノルと会話をしながらそんなことを考えていると、分け場とやらに到着した。なお、女の子であるヒナに一杯になったカゴを押し付けてトイレに行ったククは、大人にゲンコツをもらって涙目になっていた。