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記録:3

 ヒナが微動だにせず座っていると、シスターラミアの祈りがようやく終わったようで、埃の着いた服をぱたぱたと軽く叩きながら立ち上がった。


「終わりましたか?」


「ええ。それじゃあ、早速行きましょうか」


「はい」


 長時間同じ大勢を維持するのは難しい。それに、ずっと跪いていたので脚が痺れているはずだし、固い床に押し付けられた膝は痛みが生じているはずだ。


 長年の習慣の賜物なのか、シスターラミアは姿勢一つ崩さずに歩いて来る。


「シスターラミア、脚は大丈夫ですか?」


「ええ、いつものことだから、もう慣れっこよ」


「そうですか」


 平気と言っているが、脚の痛みが無いわけではあるまい。村に着いたらシスターラミアの脚のマッサージをすることを決めたヒナ。プロ並みとはいかないけれど、家事炊事機能の中に簡単なマッサージデータが入っているのだ。


「じゃあ、着いてきて。といっても、村までそんなにかからないけれど」


 先を歩くシスターラミアの後を、ヒナは数歩離れた位置で追う。


 教会の外は森となっており、ヒナは調度良いと目に付いた木の実などが食用かどうかを判別することにした。


 周囲の警戒と並行して食料になりそうなものを探す。既存のデータにある食物と照合しつつ、その物の成分を分析して毒が無いかを調べる。


 既存データと成分が一致する食物を発見。色素成分のみ別。既存データと不一致。摂取可能。既存データと不一致。摂取不可。既存データと不一致。摂取可能。


 あっちへふらふらこっちへふらふら。


 突いたりかじってみたりしてデータを収集する。完全に食べられる物を発見すると一つ手に取ってパクリと食べて燃料補給。食べながらも他の未確認の物を調べていく。


 ヒナとしては真面目な行為で、自身の存続に関わることなのだが、前でそれを見ていたシスターラミアにはヒナが食い意地をはって色んな物を食べているようにしか見えない。


 一度、毒のある物を食べたときはギョッとしたが、すぐさまぺっと吐き出したので密かに安堵した。しかし、毒が少しでも体内に入ってしまったのは事実なので、ヒナに症状が出始めたら治療を施そうと考えた。幸にして少し腹痛を起こす程度の毒素の物だったので、シスターラミアも余り焦りはしなかった。


 そんなハラハラと落ち着かない心持ちでヒナの行動を見ているシスターラミアの気など知る由もなく、ヒナは次々にデータを採取していく。


 存外、エネルギー源は多く、地球で言うあけびやぐみの木、野いちごのようにそこら辺になっている果物も多くあった。この森がある限り、しばらくは燃料切れの心配をしないですみそうだ。


 今のうちにエネルギーをたくさん補給しておこうと、ヒナが一番好みの味の果実を両手に抱えて食べる。非常に珍しいけれど、ヒナには味覚ーーというより、旨味成分を数値として認識する機能ーーが備わっている。それにより、ヒナは食べ物の味を知ることができる。


 両手一杯に果実を抱えて食べ歩く様は、誰がどう見ても食い意地の張った少女そのものだ。しかして、ヒナの表情は無表情だ。美味しいと感じているのか、それとも腹の足しになれば良いと考えているのか、ヒナ以外には分からない。


 そんなヒナがずっと食べ物を食べている物だから、食事中にお喋りをしないシスターラミアは話しかけることができず、村に着くまでの道中は終始無言であった。


 そんな若干気まずい道中を何とか乗り切り、二人は物理的には短い道中を、体感的には長い動中をーーしかし、そう思っていたのはシスターラミアだけだーー終えてようやく村に到着した。


 反響定位と熱源感知でずいぶんと前から確認は出来ていたけれど、ヒナの目の前にあるのはまごうことなく村であった。


 シスターラミアは村の入口に立つと中へ促すように手を添えた。


「ようこそ、アネスの村へ。何もないところだけど、ゆっくりしていってね」


「はい。お邪魔します」


 ヒナはぺこりとお辞儀をして村に一歩踏み込む。


 とりあえず、人間のいる集落にたどり着くことは出来た。しかし、ヒナは到着と同時に疑問を覚えていた。


「シスターラミア、一ついいですか?」


「? なにかしら?」


「彼らは、人間ですか(・・・・・)?」


「ーーっ!!」


 ヒナの言葉に、シスターラミアは慌ててヒナの口を手で塞いだ。


 しかし、シスターラミアの行動は遅かったようで、ヒナの言葉を聞いた村人は眉を寄せて目尻を吊り上げ、殺気立った様子でヒナを睨みつけていた。


「皆、落ち着いて。いい、ヒナちゃん。彼らはあなた達常人(ヒューマン)とは違い、獣の特徴(・・・・)が現れていますが、皆人間です。そこに、あなたとの違いはありません」


 シスターラミアが言う通り、ヒナの目の前にいる者たちの中には獣の耳や尻尾が生え者や、獣のような見た目をした者がいた。もちろん、普通の人間もいるけれど、その数は半々と言ったところだ。


 ヒナはシスターラミアの手をやんわりと下げて、口を開く。


「では、彼らは人間なのですね(・・・・・・・)?」


「ええ、そうよ」


 ヒナの言葉に、シスターラミアは確たる意思を持って頷いた。


 対して、ヒナは常の無表情で言った。


「そうですか。わかりました。データをそのように記入します」


「でーたを記入? ……憶えたってことで良いのかしら?」


「はい、その認識でかまいません。すでに追記も完了しています」


 ヒナが素直にこくりと頷くと、シスターラミアはよくわからないといった顔をしたけれど、ヒナが彼らを人間だと認識したことだけは分かったので、ほっと顔を綻ばせた。


「ヒナちゃんが物分かりの良い子で助かったわ。それにしても、ヒナちゃん獣人(ビースト)は始めて見るの?」


 ヒナの言動はシスターラミアの知るヒューマンのそれとは違った。他の村のヒューマン、特に差別思考の強いヒューマンはヒューマン以外の他の種族を毛嫌いしている。ヒナのように疑問として人間かと口にはせず、人間ではないと断定するか、嫌味たらしく人でないという。


 だからこそ、シスターラミアはヒナがビーストを見たことが無いのだと思ったのだ。


「ビースト、とは?」


「獣の力を持つ種族のことよ。ヒューマンより身体能力が高くて五感が鋭いの」


 獣の力を持つ種族。ヒナはまったくもって見たことが無い。


 人と獣のDNAを無理矢理くっつけ、ナノマシンで強引に融和させた生物兵器ならいたけれど、アレらに自我などなかった。それに、目の前にいるビーストのように融和させたのは一つの種族だけではなかった。そのため、人の姿に似ていたけれど、神話に出てくる合成獣(キメラ)のようであった。


 ビーストのように人と分かる要素など持ち合わせてはいなかった。


「はい、一度も見たことがありません。少なくとも、私の故郷には居ませんでした」


「そうなのね」


 ヒナの答えに、シスターラミアはほっと胸を撫で下ろす。


 ヒナが彼ら(ビースト)を見たことがあったうえでの反応だったのなら、彼らを宥めるのが難しくなりそうだったからだ。知らなかったから仕方がない、というわけではないけれど、知っているのと知らないのとでは彼らも妥協のしやすさが違うだろう。


「いい、ヒナちゃん。今後、彼らのような人をたくさん見ると思うわ。けど、人は見た目で判断しちゃダメ。見た目だけが全てではないわ」


 ヒナとしては内部構造や身体の状況を見て判断したのだが、シスターラミアが精神的なことを言っていると理解したのでこくりと頷いた。


「わかりました」


「ふふっ、良い子ね」


 頷くヒナの頭をシスターラミアは優しく撫でる。そこで、ふと気づく。


「あら? ヒナちゃん、ずいぶん髪の毛さらさらね」


「ナノマシンによる修復です」


「なのましん?」


「はい」


 聞き慣れない言葉に小首を傾げるが、シスターラミアはそういうものなのだろうととりあえずの納得をした。


 この村は、お世辞にも裕福とは言えない。いつも冬を超えるにはぎりぎりの食料しか貯蔵できないし、髪や身体を綺麗に洗う石鹸のような嗜好品はまず手に入らない。シスターも自身の身には気を使っているけれど、ヒナのようにさらさらな髪の毛にはならない。


 それに、畑仕事もしているので手はまめだらけだし、水場仕事でかさかさと荒れてしまっている。


 よくよく見ればヒナの肌はすべすべで潤っており、服も仕立てが良い。


 どこぞの貴族に捨てられたのだろうかと考え、その思考を頭から弾く。貴族に捨てられようが前科者であろうが見捨てない。それがシスターラミアの心情である。


「ヒナちゃん、どこか、行く宛てはあるの? 迷子だって言ってたけれど……」


 精一杯気を遣った言い回しで、帰る場所はあるのかとたずねる。


「行く宛て……」


 行く宛てならある。けれど、現状ではガーデンとの通信はできていない。ガーデンに帰る手立てが無い以上、今はガーデンの情報と、この場所の情報を収集するしかない。


「特にはありません。今は、情報収集に専念します」


「なら、しばらくの間、この村にいない?」


「シスター! それは……!」


 シスターラミアの言葉に、周囲がざわめく。聞く限り、それと、その場の雰囲気的にはシスターラミアの提案に反対のようだ。


「大丈夫よ。この子はただの迷子みたいだから」


「ベルミッドの手の者の可能性も……!」


「こんな子供一人が手の者? なにができるとも思わないけど?」


 戦闘系AIであるヒナには戦闘能力がある。けれど、それを言ってしまえば火に油を注ぐ結果になるのは目に見えているので、口を噤む。


「それに、この子がベルミッド子爵の手の者であれば、明らかに不自然過るわ。こんな貧しい村に、こんな身綺麗な子を送る? 私なら、もっと貧相な子を送るわ」


「それは、そうですが……」


「ベルミッドが我々の裏をかくために着せたりしたのでは……」


「あからさまに警戒されるのを分かっていて裏もなにも無いわ」


「褒美の前払いという可能性も……」


「同じことよ。前払いにしろ、子爵が用意したにしろ、無意味な行動だわ」


 周囲も言っていてその可能性は限りなく低いと思っているのか、発する言葉は弱々しい。


 ヒナとしては活動拠点が早々に見つかるのは良いことだ。是が非でもこの村が良いというわけではないけれど、シスターラミアはヒナに好意的な態度だ。ガーデンでは人間は皆ヒナに対してなぜだか冷たかった。


 讃えられるようなことをヒナはしていないけれど、冷たくされるようなこともヒナはしていないつもりだ。なにか気付かない内に不快な思いをさせたのかと思い、人間に直接たずねたけれど、返ってきたのは怒り狂った言葉のみだった。


 できれば円滑な対人関係を望んでいるヒナは、今のシスターラミアの態度はたいへん好ましいことだ。できれば、シスターラミアにこのまま押しきってもらいたいと思っている。


「これ以上反論が無いようなら、この子はしばらく私の家に泊めるわ。それに、ただ泊めるわけじゃない。村の仕事も手伝ってもらうわ」


 大した反論も思い付かないのか、皆は不承不承(ふしょうぶしょう)といった様子で頷いた。


 話がまとまると、シスターラミアは常の人好きのする笑みを浮かべる。


「それじゃあ皆、仕事に戻って。私はヒナちゃんを一度家に案内してから向かうから」


 ぱんと軽くてを叩いて話は終わりだと告げる。


 村人は少し警戒したような視線をヒナに向けつつも、自分の仕事に戻っていく。


「さ、ヒナちゃん。私の家に行きましょうか」


「はい」


 ヒナは、村に来る時のようにシスターラミアの後ろを黙ってついていく。


 村に向かう道中とは違いあっちへふらふらこっちへふらふらしないヒナに若干安堵をしながら、シスターラミアは自宅へと向かう。


 とは言え、数十人規模の小さな村だ。シスターラミアの自宅にも五分とかからずに到着した。


 シスターラミアの自宅は他の村人と同じような木造の家であった。所々に修復したような後があり、まるで継ぎ接ぎ(パッチワーク)のようであった。


「教会ではないのですね」


 この村に来たときにヒナの居た古びた教会のような大きな建物が無いことは分かっていた。そのため、ヒナの言葉は驚きというよりも、なぜ教会に住んでいないのかという素直な疑問であった。


 ヒナの疑問に、シスターラミアは苦笑しながら答える。


「この村には教会が無いのよ。建てる時間も労力も……ましてや知識も無いもの。私達じゃ、あばら家を建てるのが精一杯。だから、あの古い教会を臨時の祈り場にしてるの」


「なるほど、そうでしたか」


 ヒナのデータには建築データは無い。けれど、あの教会の構造とそれぞれがどのような組成の物なのかはデータとして取得済みだ。つまり、あの教会と同じ物であれば造ることができる。


 けれど、建物を勝手に建てるわけにはいかない。ここはガーデンではなく、アネスの村だ。ガーデンに居たときのような特権は与えられていない。そのため、後で時間があるときにシスターラミアに聞いて、もし必要であれば建てようと決めた。


「本当は村全部案内したいところだけど、私も仕事があるのよ」


「いえ、この村の地図はすでに作成しました。問題ありません」


 この村の地形データならこの村に来てすぐに確認済みだ。すでにアネス村という名前で地形データを作成してある。


「え? そうなの? でも、なにも持ってないけど……」


「脳内で把握しています」


「そ、そう……」


 ヒナの言うことを若干疑いながらも、ヒナが何の躊躇いもなく自信満々に言うものだから、シスターラミアはそうなのだろうと一応の納得をした。


「そ、それじゃあ、ヒナちゃんにも一応仕事をしてもらうけど、何ができる?」


「戦闘と家事炊事ができます。それと、果実や茸類、山菜の採取が可能です」


「あぁ……ヒナちゃん、食べられるの見分けるの得意だものね」


 前半で懐疑的に、後半で完全に納得を示すシスターラミア。


「それじゃあ、ヒナちゃんには森で山菜採りに行ってもらおうかな」


「わかりました」


「ただ、一人じゃ危ないから、誰かと行ってもらうからね?」


「はい」


 こうして、ヒナの初仕事が決まった。シスターラミアはヒナが何かをしでかさないか若干不安であった。





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