表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/11

記録:2

 頭の中でけたたましく鳴り響いていたアラームが消えた。それと同時に、ヒナの目の前の光景も変わっていた。


 目の前にあるのは石造りの古びた壁と床。所々崩壊しており、床下や外の景色が見える。周囲に目を向ければ割れてくすんだステンドグラスや朽ち果てた木組みの長椅子、それに、神様を(まつ)る祭壇と据え置きの燭台などが置いてある。どれも随分と古びており、ヒナが計測したところ、百年以上も昔の物であった。


 ヒナには子の場所がどこなのか分からないので、すぐにマザーとの連絡を試みる。


「マザー、至急応答願います。マザー」


 しかし、通信装置を作動してもマザーからの返答は無い。二度ほど通信を試し、返信が無いと分かると、ヒナは次にフットマンに通信を送った。


「フットマン、至急応答願います。フットマン」


 しかし、結果は同じであった。フットマンからの返答は無く、無音ばかり。辺りの静寂さも相まって、無音が耳に痛かった。まあ、痛む耳など無いけれど。


 拠点との連絡が取れない。最高クラスの通信距離と多様な通信手段を持ち合わせているマザーが気付かないとなると、他のAIに通信を送っても無駄だと判断した。わずかばかりの可能性としてフットマンにも送ってみたものの結果は同じであった。


 ヒナは向こうが気付くまで定期的にメッセージを送り続けることに決め、次の行動に移る。


反響定位(エコーロケーション)熱源感知(サーモグラフィ)、起動」


 反響定位と熱源感知を使用し周囲の状況を探る。本来であればGPS機能を使って人工衛星でこの場所を割り出して周囲のおおよその地形データを用意するのだが、マザーと交信ができない今、人工衛星も機能はしていないだろう。だからこそ、自分で地形データを作成しているのだ。


「半径百メートル以内に生命反応無し。半径百五十メートル以内……生命反応あり」


 ヒナは一旦そこで周囲の探知をやめる。


 百五十メートル以内に生命反応を感知。更に言えば、その生命反応はヒナのいる場所に近付いて来ている。


 体温からして人間だが、一つおかしな点がある。


 右手の人差し指だけ異様に体温が高い。いや、これは体温ではない? もっと別の……。


 何か別のエネルギーが熱量として感知されている。なんのエネルギーかは分からないが、熱量は感知できる。そのエネルギーが何なのかは後で調べれば良いだろう。


 ともあれ、今はこちらにやってくる人間にどう対応するかだ。とはいえ、ヒナは人間を見つけたときの対応はインストールされている。


 周囲に罠は無いので、とりあえず接触。武装無しであればそのままガーデンに保護。武装があるようであれば武装を破壊して無力化。その後ガーデンに保護。周囲の非武装の人間に危害を加えるようであれば殺傷は問わない。


 人間と接触したときの基本的な対応方法はこれくらいだ。


 しかし、ガーデンに保護ができない現状、私はどうするべきか……。


 ガーデンに保護ができない今、むやみやたらに人間を保護しては人間を餓えさせてしまう。ガーデンには太陽光発電、原子力発電などの電力装置が備わっており、食料もAIが管理と収穫をしている。もちろん、豚や牛などの家畜の飼育もしており、化学薬品を使った合成食料や栄養が詰まったタブレットなどは有事の際以外は食料として出さない。


 また、アレルギーなどの検査もしているので、食物アレルギーを持っている人間には別メニューで料理が出される。


 建物や家具も建築系AIが定期的に検査し、経年劣化しているところや、壊れてしまったものはすぐに修繕される。


 子供には教育用AIが勉強を教え、老人には介護用AIが介護をする。自由時間には外で遊べるし、ゲームだってできる。


 なんの不自由も無く人間が暮らせる楽園。それこそがガーデン。もちろん警備も万全だ。


 しかし、今はその完璧な楽園の場所を把握できていない。つまり、保護をしても完全な状態での保護ができないということだ。


 ガーデンとの連絡が取れなかった場合の対応策はインストールされていない。そも、地球上どこにいても連絡が取れるので、そんな状況の仮定すら無意味であったため、対応策が作成されていないのだ。


 困った。これではどうしようもない。


 様々な過去の事案を検索し、対応策を考える。が、その途中で古びた扉がきぃっと耳障りな音を立てて開いた。


「あら? お客様かしら?」


 優しく、たおやかな声が発せられる。どうやら、こちらに近付いてきていた人間が到着したようだ。対応策を考えながらも周囲の探査は怠っていなかったので、ヒナは当然気付いていた。そのため、驚きは無い。


 ヒナは一瞬のうちに目の前の人間が武装していないことを確認する。先ほど熱源感知で感知した右手の人差し指には指輪が嵌められており、それ以外に特に変わったことはなかった。


 警戒をしながらも、ヒナは目の前の人物の顔を見る。


 優しげな顔に金色の髪をした二十を少し過ぎた程の女性だ。身体のラインの出にくい修道服を着ているけれど、その修道服の上からでも分かるほど豊満な胸がゆるやかな服を内側から押し上げている。


「お客様、ではありません。私はただの迷子です」


 声をかけてきた人物に向き直り丁寧に応対する。


「あら、迷子なの?」


「はい」


「あらぁ、どうしましょう……」


 ヒナの言葉に頬に手を当てて困ったように声を漏らす目の前の人間に、ヒナはすぐさま言葉を投げかける。


「ここはいったいどこでしょうか?」


「ここはアネスの村の外れにある教会よ」


「アネスの村……」


 すぐさま検索をするが該当する地名は無い。アネスという単語が組み込まれた地名はあるけれど、アネス単体では存在しない。


「そういえば、自己紹介してなかったわね。私はラミア。皆からはシスターラミアって呼ばれてるわ。シスターでもラミアでも、好きに呼んでもらってかまわないわ」


「私はヒナです。ヒナと呼んでください」


「そう、ヒナちゃんね。よろしくね」


 にこりと人好きのする笑みを浮かべるシスターラミア。対照的にヒナの表情はぴくりとも動かない。


 人見知りが激しいのか、もしくは感情の起伏が乏しいのか。はたまた|感情が擦り切れた(

・・・・・・・・)のか。シスターラミアは頭の中で憶測を立てながらも笑みは崩さない。


「ヒナちゃんは迷子なのよね?」


「はい」


「お家がある村の名前は分かる?」


 言われ、ヒナは少しの間思考すると答えた。


「東京都です」


「とうきょうと……聞いたこと無いわね……」


「なら、日本は?」


「ごめんなさい。そっちも、聞いたこと無いわ」


 申し訳なさそうに首を振るシスターラミア。けれど、ヒナとしては予想通りだ。


 地球で、東京や日本という地名を聞いたことの無い人の方が珍しい。今の時代、AIが勉強を教えている。そのため、主要国家や主要都市の名称は子供達には教えている。それに、ガーデンが機能しはじめたのは四年ほど前。四年前と言えば交易がまだ盛んだった頃だ。北欧との交易は続いていたし、北欧での日本の認知度はそんなに低くはない。

 

 シスターラミアがヒナの情報にヒットしない地名を口にした時点で、この場所がヒナの全く知らない場所であることを仮定すれば、シスターラミアが日本という国を知らないとあらかじめ予想が立つ。


 これは聞き込みよりも脚で情報を稼いだ方が良さそうだと判断する。むろん、聞き込みも並行して進めるつもりだ。


 ともあれ、ヒナの今後の方針は決まった。


 一つ、この場所がどんな場所であるのかを探ること。


 二つ、謎のエネルギーについて正体を暴くこと。


 三つ、マザー、もしくはフットマンとの連絡を取ること。


 四つ、邂逅した村落の生活水準の向上。


 以上の四つが今後の方針である。なお、ガーデンとの連絡が取れない今、不用意な保護は避けるつもりだ。保護ができないのであれば、その村の生活水準を少しでも整えてからその村を()つ。位置情報は記録できるので、ガーデンの場所を特定できたときにその村の人間を回収してもらえば良い。その回収ができるまでの間、人間を一人でも多く生き残らせるのがヒナの定めた自身の役割だ。


 そうと決まれば、ヒナは早速行動に移す。


「シスターラミア」


「なに?」


「シスターラミアの村にお邪魔したいのですが、よろしいですか?」


「ーー」


 ヒナの言葉に、一瞬、シスターラミアがぴくりと反応を示す。しかし、相手に気取られぬようにその反応を少しの身じろぎで誤魔化すと、シスターラミアは維持したままの人好きのする笑みで言う。


「ええ、かまわないわ。けど、日課の祈りの時間だから、それが終わってからでも良いかしら?」


「はい。終わるまで座って待っています」


「えっと……一時間程かかると思うけど……」


「大丈夫です」


「そう? それじゃあ、ちょっと待っててもらえる?」


「はい」


 そう言うと、シスターラミアは神様の祭られている祭壇の前で膝をつき、たおやかに両手を組んで(こうべ)を垂れて神に祈りを捧げる。


 シスターラミアが祈り始めたのを確認した後、ヒナは近くの長椅子に座った。埃が積もっていたのでふっと息を吹きかけてから座った。ヒナの肺活量は人間のそれとは雲泥の差がある。そのため調節をすれば積もりに積もった埃だろうと一息で吹き飛ばすことができる。


 しかし、その際常人が聞いたことも無いような大きな音と突風が巻き上がるので、近くで聞いているものはたいてい驚く。


 シスターラミアも例に漏れずビクリと肩を震わせたが、祈りを止める様子は無い。さすがは聖職者といったことろだろう。


 驚くシスターラミアには目もくれず、ヒナは綺麗になった長椅子に座る。クッションの中に潜り込んでしまった埃やダニなどの小さな虫は流石に吹き飛ばせないので、体内から虫よけ効果のある臭いを放出することで衣服や身体にそれらがつくことを防ぐ。


 椅子に座ったところで、ヒナは考える。


 方針は決まった。しかし、問題はまだある。


 ヒナの身体は普通のAIとは違う。ヒナの身体は人の身体を使用している。頭から爪先まで全て人。人と違うところと言えば、脳みそと脊椎が機械でできており、体内にナノマシンを内蔵していることくらいだ。


 AIであるため、脳みその変わりに機械を埋め込まれている。体内のナノマシンはヒナの肉体の修繕と維持が目的だ。体内のナノマシンが摂取したタンパク質等をエネルギー源としてヒナの身体の状態を維持(・・)しているのだ。そのため、ヒナは歳をとってもその見た目が変化することは無い。


 ナノマシンが細胞に成り代わり、身体を劣化しないように維持している。そういう事実を踏まえると、人間の身体をベースにしているアンドロイドと言った方が適切だろう。


 ともあれ、彼女のベースは人間。ナノマシンがエネルギー源とするのも人間と変わらぬ食料。だからこそ、ヒナには人間と同じ食事が必要なのだ。人間よりも消費エネルギーは少ないけれど、決して消費しないわけではない。


 最悪、草や木、虫などを食べてエネルギーを補給できるけれど、毒素を抜くためにエネルギーを消費するので、補充できるエネルギー量は微々たるものだ。なので、まともな栄養をきちんと補給する必要がある。


 今は低燃費状態(ローエネルギーモード)に切り替えてエネルギー消費を抑えているけれど、それでもいずれ燃料は尽きる。早急に|食料(エネルギー源)を確保しなくてはいけない。


 幸にして、食事は少し前に済ませてあるのでしばらくは機能停止の心配が無い。しかし、戦闘行為に移行した場合、いくら低燃費状態でも通常行動時よりも早くエネルギーを消費する。戦闘行為も、できるだけ避けねばならないだろう。


 まったく、難儀な身体です。他のAIはこんな面倒な身体をしていないというのに……。


 他のAIは自力での発電が可能であり、そもそも人の形をしていないものが多い。血の変わりに潤滑油(オイル)が流れ、食料の変わりに電気が動力源になる。ヒナとはAIとしての利便性の差が歴然なのだ。


 そも、なぜヒナを造るときに人をベースにしたのか。それがまったくもってわからない。AIとして運用をするのであれば、完全に機械化をして外面だけを人に似せれば良い。それなのに、わざわざ人をベースにして造り、ヒナ専用の(・・・・・)ナノマシンを開発し、ヒナの外見を維持させているのか。


 ヒナの身体の理由についてはマザーにもフットマンにも問い合わせたが、情報の開示許可が無いとかで教えてくれなかった。


 まあ、今その謎を考えたところで仕方の無いことだ。今大事なことはヒナの身体の維持が他のAIの身体よりも面倒だと言うことだ。他のAIのように自分で発電ができない上に燃料が食料。AIとしてこれほど面倒な存在はヒナ以外にはいないだろう。


 どこで燃料切れを起こしてもいいように、周辺の山菜や茸、果実などの棲息位置を把握しておかなければならない。


 ヒナはシスターラミアの祈りが終わるまで思考を繰り返した。なお、シスターラミアは祈りの間、ヒナの視線を感じて落ち着いて祈りができなかったとか。





 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ