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 ヒナの放った言葉は最初に村で放った言葉と同じ。こんな失礼な質問を二度もするのは常識がうかがえる行為だ。けれど、ヒナはこの質問をしなくてはいけない。ヒナの理念のために。目的のために。


「人間、人間か……その質問は、何を人間と定義するかによるわ。常人(ヒューマン)を人間とするか、獣人(ビースト)を人間とするか、はたまた魔人(ディーマン)を人間とするか……」


「はぐらかさないでください」


「はぐらかしてはいないわ。私、ずっと考えているのよ? 何が人間としての定義で、何が人間として正しいのか……ヒナちゃんはどう思う?」


 はぐらかそうといのか、それとも、これこそがシスターラミアの回答なのか。その判断がつかないため、とりあえずシスターラミアの問いに答える。


「……人間とは、あなたたちのような存在です。文明を活かし、言葉を用い、道具を用いる、思考力のある者を言います」


 シスターラミアの言葉は、端的な人のルーツや科目を言えということではない。人はどうあるべきなのかの問いだと理解していた。


「そう。それが人間。会話ができ、理性で動き、本能を抑えることができる。それが人間。動物のようにみすぼらしく血肉を貪り、本能のままに生きるだけではない。他者との関係を慈しみ、手を取り合って助け合い、供に営むことができる。それが人間」


 シスターラミアは振り向かない。けれど、声音は段々と暗くなり、その音は呻くほどに低くなる。


「なのに、ねえ、なぜかしら?」


 なにが、とは言わない。全て知っている。シスターラミサに聞いてきた。


「なぜ、人は人から奪うのだと思う?」


 これは問いではない。独白だ。だから、ヒナは答えない。


「なぜ、ビーストもディーマンも認められないの?」


 これは問いではない。(なげ)きだ。だから、ヒナは答えない。


「なぜ、少し違うだけで迫害をするの?」


 これは問いではない。悲しみだ。だから、ヒナは答えない。


「ねえ、どうせ全部聞いてるんでしょう?」


「はい、聞いています」


「……なら、何か言ったら?」


 そこでようやくシスターラミアは振り返る。その目は暗く、まるで闇を内包しているかのようだった。


 シスターラミアは暗に肯定した。シスターラミアの確認は、町で流れている噂や情報が全て合ってることを知っているから出た言葉だ。


 シスターラミアの目を見ても、ヒナは怯むことなく口を開く。


「酷く、残念です」


「私達が人ではないから?」


 苛立ち混じりの声に、ヒナは首を横に振る。


「いえ。皆さんが、死んでいるから(・・・・・・・)です」


 ヒナのその言葉に、シスターラミアはぎりと奥歯を噛み締めた。


 シスターラミアを気にもせず、ヒナは小説の中の探偵のように言葉を並べる。


「アネスの村はアネス神を信仰する村でした。そのアネス神を奉る教会が、ここです」


 今はもう廃墟としか言いようが無いこの教会は、町にあった教会とは信仰する神が違う。町の教会はリネス神を信仰する『リネス教』。この教会はリネス神の姉妹神であるアネス神を信仰する『アネス教』。


「そして、アネス教はリネス教によって迫害を受けていた」


 信仰する神は違えど、姉妹なのだから、それぞれ反発せずにいればよかった。実際、他の姉妹や兄弟神を奉っている宗教同士は仲の良し悪しはあれど、反発をしているところなど無かった。


 けれど、アネス教は違った。迫害を、しなくてはいけなかった。


「リネス神は生と豊穣の神。もう一柱の姉妹神であるミネス神は無と永遠の神。そして、アネス神はーー」


「死と停滞の神」


 ヒナの言葉を遮って、シスターラミアは言った。


 言葉を遮られたヒナは、とくに気にした様子もなく続ける。


「そう。死と停滞。その言葉のせいで、アネス神は悪神に指定されてしまった」


 ヒナがそう言えば、ぎりっと先程よりも強く奥歯を噛み締めた。目は爛々と怪しく輝き、ヒナを睨みつける。


「そして、リネス神の狂信的な信徒達によって、アネス教であったこの村は虐殺された」


「……」


 合否の確認は必要無い。これは、当時を知っている人に聞いたのだから。


「その虐殺が、五十年前(・・・・)です」


 その時、シスターラミアの指輪が怪しく光った。


 けれど、ヒナはとくに動くこともせずに続ける。


「私は、最初に言いました。彼らは人間ですかと。けれど、その問いは間違いでした。正確には、彼らは生きているのですかと問うべきでした。そうすれば、最初からこんなことにはならずに済んだはずです」


 ヒナは一目見たときにはもう理解していた。彼らが生者ではなく、死者であることを。彼らは等しく心臓が停止していた。けれど彼らは動き、話し、まるで人のように振る舞っていた。


 身体は死んでいるというのに体温だけがあった。だが、それも体温ではなく別のエネルギーが発する熱量であるとわかった。その熱量は、シスターラミアの指輪から観測できる熱量と同じだった。


 ヒナはその光景を見て一瞬混乱した。見た目だけで判断したのならば、混乱なんてしなかったはずだ。けれど、ヒナは人が見える以上の情報を得ることができる。熱、音、性質、その全てを理解できる。


 だからこそ、答えを求めるために聞いてしまったのだ。彼らは人間なのかと。


 生きていると聞かなかったのは、動いている以上は生物である可能性が高かったからだ。


 けれど、その判断ミスが結果的に事態終息を長引かせた。


 教会の床が下から割られ、床下から何かが這い上がって来る。


「彼らは死人です。けれど、あなたは違います。あなたからは生体反応が感知できました。今もです。けれど、この痛ましい事件を知って、私は疑問を覚えました。この事件は五十年前に起きました。そのため、当事者もまた五十年前の人物(・・・・・・・)になるのです」


 下から這い上がってきた者達が姿を見せる。それは、ヒナがこれまで一緒に暮らしてきた村人達であった。けれど、皆一様に表情は無く、目は瞳までもが白濁していた。


「あなたは、なぜそれほどまでに憤るのですか? シスターラミア」


 シスターラミアの目に怪しい光が灯る。


「その答えも、もう知っているのでしょう?」


「知っています。けれど、あなたの口から、全ての真実を知りたいのです」


 文献でも、昔話でも、噂でもなんでもない。当事者であるシスターラミアの口から聞きたかった。ヒナの真実に確証はない。ただの口伝であり、噂話であり、昔話なのだから。全ては当事者の言葉よりも信憑性の無いものだ。


 シスターラミアは手を上げて指輪を見せる。


「これは死と停滞の指輪。これがあり、私が祈りを怠らない限り、アネス神は私に奇跡を与えてくれる。その奇跡が、私の生命としての時間の停止と、彼らの死体に彼らの魂を留め生前のままの彼らと触れ合えること」


 シスターラミアはそう言うと、近くにいたナーシャを愛おしそうに抱きしめる。抱きしめられたナーシャは、昼のように喜び笑うことは無く、ただ口から音を漏らすだけだ。


「夜になればアネス神の力が強まって彼らの自我が引っ込んでしまうけど、それでも日の登っている間は、生前のまま私と接してくれる……」


「それが彼らとあなたの姿の秘密ですか」


「秘密という程ではないわ。周りの村や町は皆知っているわ」


 ナーシャを優しく手放し、ヒナに向き直る。


「誰かがいらないちょっかいをかけてこない限り、私達はこの狭い村で平和に暮らすだけ。私がいる限り彼らを制御できるの。日の登っている内は人と変わらない。夜も、ただ眠っているだけ。今日みたいに動かすことがまれだわ」


 一斉に村人達がヒナの方を向く。その白く濁った眼球に、シスターラミアと同じ光を灯らせる。


「ねえ、ヒナちゃん。私達、普通に暮らしていけるの。ヒナちゃんも、一緒に暮らしましょう? 大丈夫よ。皆ちゃんとヒナちゃんに優しかったでしょう? 彼らの魂が汚されたわけじゃなくて、彼らの魂のまま現世に留まっているだけなの。だから、ねえ、ヒナちゃん。今まで通り一緒に暮らしましょう?」


 そう言ったシスターラミアの目には怪しい色の他に、懇願や悲壮の色が見て取れた。


「私は、調査しました」


 ヒナは一歩一歩進む。村人達の眼光に恐れ戦くことなく歩く。


「私が捕らえた見張りの二人に聞きました。この村には死霊術士(ネクロマンサー)が潜んでいると。とても凶悪であると」


 村人達の間を縫うように歩く。シスターラミアに一歩一歩近づいていく。


「町のシスターに聞きました。この村には今も囚われ続けている一人の心優しい女性がいると。とても、人を思いやれる人だと」


 言葉を発する度にシスターラミアが怪訝な目を向けてくる。


「私は、どちらが正しいのか考えました。でも、あなたと町のシスターの話しを聞いてわかりました」


 そう言って、ヒナはシスターラミアの手を取る。


「シスターラミア。あなたはここにいてはいけません。あなたは、人と供にあるべきです(・・・・・・・・・・)


 瞬間、ヒナが取った手が乾いた音を立てて弾かれた。


 目の前のシスターラミアは憎悪のこもった瞳でヒナを見る。


「あなたも、あなたも私の幸せを奪うの!?」


「いいえ、シスターラミア。私は、あなたの幸せを願っています」


「私の幸せはここにあるの!! 皆と奪われた時間を過ごすことが、私の幸せなの!!」


「いいえ、シスターラミア。それは、停止です。奪われた時間は戻って来ません。奪われた命もまた戻ってこない。あなたは、五十年前から停止しているのです。悲観のまま、停止してしまっているのです」


「うるさい! うるさいうるさいうるさい!」


「悲観のままの停止は、幸福ではありません。あなたは、今も悲しみの中にいます」


「黙れ黙れ黙れ! 黙れぇッ!!」


 瞬間、謎のエネルギーが吹き荒れ、ヒナの身体が吹き飛ばされ、壁にぶつかり停止する。


 とっさの受け身を取ったけれど、衝撃のダメージがある。が、それも軽微だ。わざわざナノマシンを使って修復する必要も無い。


 難無く立ち上がり、シスターラミアを見据える。


 シスターラミアは肩を怒らせてヒナを睨みつける。


「ヒナちゃんなら……ヒナちゃんなら分かってくれると思ったのに……!」


「分かります。あなたの苦しみは、分かります」


 共感はできない。けれど、理解はできる。シスターラミアが酷い目にあって、その過去から抜け出せていないことも理解している。


「あなた自身、わかっているはずです。彼らは死んでいる。それは、年老いない彼らをずっと見てきた、あなたが一番よくわかっているはずです」


「だから何? 彼らは人間よ。確かに心臓は止まっているわ。年老いることも、病にかかることもない。彼らは死ぬことが無い。けど、それだけよ? 他者から奪わない、動物も必要以上に刈り取らない。他を尊重し、助け合って生きてるわ。ヒナちゃん、さっき言ったわよね? 彼らは人間かって」


「はい」


 頷くヒナに、シスターラミアはその口を三日月のように歪めて笑む。


「彼らこそ人間よ! 他者を重んじ、我欲を制し、手を取り合っている! 彼らこそが、人間として在るべき姿を体言しているのよ! 他者を蹴落とし、我欲に囚われ、誰かを利用することしか考えてないリネス教の醜い信徒とは違うのよ!!」


 シスターラミアが言葉を発するごとに、謎のエネルギーが膨れ上がる。


「そこに生死は関係ない!! 私は、彼らと供に過ごす。人間として!! 誰よりも、人間らしく!! だから、その邪魔を……」


 膨れ上がったエネルギーが村人達に降り注ぐ。


 直後、村人達の身体が醜く膨れ上がり、服を内側から破り、その醜く膨れた筋肉を晒す。


 歯は杭が不規則に突き刺さったようになり、牙が上下合わせて四本、他のものよりも肥大化する。


 爪はヤニを染み込ませたかのような色になり、獣のように伸びる。


 その姿に人間の頃の名残は無く、彼らが人ではないことを如実に示していた。


 声にならない声をあげる彼らを見て、ヒナは目を伏せる。


「残念です。本当に、残念です」


 目を開くと、ヒナは構えをとる。


 ヒナの役目はガーデン外の人間の保護。その保護をするにあたり、障害となるようなものがあれば武力をもってそれを排除する。


 目の前の化け物どもは障害で、その奥に立つシスターラミアが保護対象だ。


「|汎用人型戦闘用人工知能:雛(GHFB-AI:HINA)。作戦行動(バトルオペレーション)、開始します」


 ヒナの瞳が紅く輝いた。


 

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