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記録:10

 最初の情報源は村を見張っていた二人組だった。


 二人を縛り上げ、ヒナはなぜ二人が村を見張っているのか、情報を聞き出そうとした。


「貴方達の持っている情報を全て教えてください」


「だ、誰が話すかよ!」


「そうよ! 例え拷問されようとも、話すものですか!!」


 拷問なんてしない。というか、|ヒナ(AI)にはできない。ヒナ達AIには、倫理コードが組み込まれている。この倫理コードに抵触するような行動は行えない。その倫理コードの中には、人間に危害を加えることを禁ずる、というコードがある。そのため、ヒナ達は人間に故意に危害を加えることができない。


 まあ、ヒナ達の目的は人類の保護と繁栄であり、決して隷属化や衰退等では無いのだから、危害を加える必要も無いのだ。


 人間を故意に害そうとする行動はできないが、今回のように無力化をすることはできる。ここらへんの線引きはAIによってまちまちだ。AIの裁量で決まる。だからこその倫理コードであり、禁止コードでは無い理由だ。さすがに、どのAIも軽傷を与えるくらいは容認しているが、死亡や重傷を招くような行為はしない。


 ともあれ、ヒナには拷問などができない。だから、痛みを伴う情報収集はできない。


「お話してくれませんでしょうか?」


「ふざけんな! 誰が敵に塩を送るかよ!!」


「そうですか」


 彼らの様子を見るからに、友好的な情報収集はできそうにない。少し手荒な手段になるが、しかたないだろう。


 ヒナはおもむろに布を取り出すと、男に無理矢理布を噛ませ、頭の後ろで結ぶ。


「な、何をするつもりよ!!」


 話さないといいながらも、怯えた様子を見せる女に、ヒナは無表情な顔を向けもせずに答える。


「少し、声が出ますので。私としては、あまり騒がれたくないので」


「な、何をする気……?」


「見ていれば分かります」


 言うと、拷問をされると思い怯えた様子の女の目の前で、暴れる男の背中に跨がった。


 ヒナはコキリと指を鳴らすと静かに言う。


「では、いきます」


 ヒナの底冷えするような表情に、女はゴクリと固唾(かたず)を飲んだ。





 男が苦しそうにもがく。


「|ふぁ、ふぁふぉふ(た、頼む)! |ほ、ほうはへ(も、もう止め)……!」


 ヒナがその手を動かす度に激しくのたうちまわる。


 大の男が目に涙をためて懇願するその様を見て、女は戦くーーでもなく、なんだか微妙そうな顔で二人を見ていた。


「止めてほしいのでしたら、情報を提供してください」


 もう一押しと思ってその手をさらに激しく動かす。そうすれば、さらに男はのたうちまわる。そして、女は微妙そうな顔をより一層微妙そうに歪める。


 女は、はあと呆れたようにため息を吐くと、ヒナに声をかけた。


「ねえ、あなた」


「はい」


「あなたは、私達を害する気がないのよね?」


「はい。私はただ、情報が欲しいだけですから」


「村人達に漏らすこともしないと?」


「はい。それでは、私が単独であなたたちと接触した意味がありませんから」


 そう言ったヒナの目を、女はジッと見つめる。


 そして、今度は諦めたように溜め息を吐いた。


「分かったわ。あなたに情報を提供する。だから、彼をくすぐるのを(・・・・・・)止めてくれるかしら?」


「分かりました」


 そう言い、ヒナは会話のさなかでも止めなかったくすぐりを止めた。


 男は肩で息をしながら、ぐったりとしていた。


 ヒナは男に噛ませていた布を外してあげる。


「ひ、ひでぇ目に……あったぜ……」


「ご愁傷様……」


 息も絶え絶えに言う男に、女が哀れみを込めて言う。


 ヒナは相手を傷つける行動はできない。けれど、それ以外のことなら制限無くできる。そして、それ以外の方法の中で一番効率が良いと考えたのがくすぐりである。


 ヒナはくすぐっていくうちに相手の弱いところを分析して、効率よくくすぐった。相手が身じろぎをしても無駄だ。その身じろぎに合わせて指の位置を即座に修正して、的確な位置で指を動かすからだ。


 まさに、最先端技術の無駄遣いに他ならない行為だが、ヒナにとっては関係の無い話しである。


「では、なぜあなた方がこの村を監視するのか、その理由をお聞かせください」


「その前に一つ聞かせて。あなた、何者なの? 村の人間じゃないわよね? いや、そもそもあの村には人間はいないけど……」


「私はただの迷子です。今はあの村を拠点に私の故郷との連絡手段を探している最中です」


「あの村を拠点にしているの!?」


 ヒナの言葉に、女は驚き、男はぐったりしながらもその視線には驚愕の色を乗せていた。


「はい」


 二人の様子など気にも止めずに、ヒナは淡々と頷く。


「襲われなかったの? 今の、今まで、一度も?」


「襲われる、ですか?」


「ええ」


 ヒナは記録を探るが、一度もそんなことはない。少なくとも、自分は(・・・)


「はい。私は襲われていません」


「嘘……」


 どういうこと? と、女は一人ぶつぶつと独り言を呟く。


「お、おい、お前……」


 ようやく良くなって来たのか、男が木に背中を預けてヒナに声をかける。


「なんでしょうか?」


「昨日の奴らは、どうした?」


 昨日の奴らとは、おそらく、昨日村に近づいてきた五人組のことだろう。


「彼らは戦闘行動に移った後、即座に撤退しました。その後の道行きは分かりませんが、撤退時に負傷を負った者はいませんでした」


 ヒナは昨日、戦闘になった時点で戦闘行動を止めるために手助け(・・・)をしようとした。けれど、戦闘となる前にある異変が起きたのでヒナは観察をすることに決めたのだ。そして、ヒナが手助けをするまでもなく、戦闘行動は終了した。


「また、村人の中で村を出て行った者は一人もいません。なので、追撃の心配はありません」


「そうか。なら、良い……」


 ヒナの報告を聞くと、男はほっと安堵の息を吐いた。


「では、お次はそちらの番です。なぜ、この村を監視、そして、襲撃などしたのですか?」


「……あなた、本当に分からないの?」


「予想はつきます。ですが、予想の域を出ない以上、答えは出せません」


 昨日、映像で見たものが本当であれば、ヒナのとる行動は決まる。けれど、ヒナには圧倒的に情報が少な過ぎた。判断材料が無い以上、判断ができないのだ。だからこそ、こうして監視している二人を捕まえて情報を聞き出しているのだ。


「そう。……で、私達が監視をしている理由だっけ?」


「はい」


 二人はお互い視線のみで意思疎通をすると、女の方が口を開いた。


 そして、アネスの村を監視する理由を事細かく、順を追って説明してくれた。


 ここで、いくつかの手がかりを得た。





 次の情報源は町と町の図書館とシスターラミサであった。


 町では、つねに聞き耳を立てて町全体から情報を収集し、町の図書館ではアネスの村に関する知識を得た。シスターラミサからは、決定的な情報をもらった。


「あなたは、シスターラミアとどういう関係なのかしら」


 疑問ではなく、確認。シスターラミサは、ヒナがシスターラミアと繋がりがあることを確信している。


 誤魔化しは通用しない。そう考えたヒナは、素直に言った。


「シスターラミアとは、現在、村で一緒に生活をしています。私が迷子だと言うと、快く村での滞在を許してくださいました」


「そう。そう、なのね……」


 ヒナの言葉に、納得したような、微笑ましいような、嬉しいような、そんな感情がないまぜになった顔をするシスターラミサ。おそらく、シスターラミサも、どういう顔をすればいいのかわからないのだろう。


「あなたは、全てを知って、あの村にいるの?」


「いいえ、全ては知りません。ですが、あの村が異常であることは、認知しています」


「そう……あなたがこの町に来た理由は、勉強ではなく、その異常を調べるためなのね?」


「はい」


「異常を調べ終わったら、あなたは……いったいどうするの?」


 答えを聞くのを恐れるように、シスターラミサはたずねる。


「一度、村に帰還します。そこで、シスターラミアと話し合います」


「ということは、話し合うだけの材料はもうすでに揃っているのね?」


「はい」


 ヒナの返事を聞くと、シスターラミサは躊躇うように口を開けては閉じる。


 言いたい。言ってしまいたい。けれど、それを言ってはいけない。様々な者の道筋を狂わせてしまう。


 この日のために、自身のために各地の有力な冒険者を集めた領主様。この日のために、領主の依頼によって集まった冒険者達。そして、目の前の少女。


 彼女達の道筋を、自分のこの我が儘な言葉で狂わせてはいけない。


 それに、ヒナを巻き込むのはダメだ。ヒナは、可愛らしいだけのただの女の子なのだ。覚悟があって動く領主様達とは違う。


 けれど、もしかしたら、シスターラミアと供に過ごすことができている彼女ならと、無責任な思いが鎌首をもたげる。


「おっしゃりたいことがあるのであれば、遠慮なくどうぞ」


 そんなシスターラミサに気を使い、ヒナが無感情に言う。


 ヒナの言葉を聞き、逡巡していたシスターラミサは、少し間を置いてからヒナにたずねた。


「ヒナちゃんは、戦えるかしら?」


「はい、戦えます」


「どれくらい、強いのかしら?」


「比較材料に乏しいのでなんとも言えませんが、あの村から無傷で脱出することは可能です」


 今のままの分析結果であれば、だけれど。


 あえてそれを口にしなかったのは、シスターラミサとの会話を円滑にするためであり、シスターラミサに配慮をしてのことではない。


 しかして、ヒナの胸中を知らないシスターラミサは、ほっと胸を撫で下ろす。


 けれど、本当に良いのだろうか? こんな年端も行かぬ少女の、自分ができなかった願望を、自分勝手な願望を押し付けてしまって、本当に良いのだろうか?


 あの時から、考えぬ日は無かった。毎日リネス神に祈るとき、どうか彼女に救いをと懇願するように祈っていた。


 冒険者があの村に行くと聞いたときには、喜びと悲しみがない交ぜになった。これで終わる、これで救われる。その思いが彼女を思うものではなく、自分のための思いだと自覚したときは、自分はなんて醜いのだろうと思った。


 これで祈りが終わる、これで私は救われる。そう、思っていたのだ。


 彼女の苦しみが終わり、彼女が救われると思ったのは、自分の思いの後であった。


 自分で彼女を救えば良いーーーー彼女は私を恨んでいる。行っても犬死にだ。


 自分で彼女を救えば良いーーーー領主様が動いてくださった。大丈夫と言ってくださった。私は彼を信じる。


 自分で彼女を救えば良いーーーー孤児院を営むことになった。この子達を置いてはいけない。


 自分で彼女を救えば良いーーーーもう歳だ。村への旅路でさえ難しい。彼女も、もう私の言葉など聞いてくれない。


 当たり前の意見に、何年も言い訳をしてきた。


 怖かったのだ。死ぬことよりも、彼女が自分を怨んでいるのではないかと、憎んでいるのではないかと思うと、足がすくみ、思考はいつも彼女から逃げていくように言い訳ばかりを並べ立てる。


 今もそうだ。他人のことを考えるふりをして、結局は自分のことばかりを考えている。


 もう彼女は救えない。どんな結果になったとしても、自分が傷付くだけだから。何をしても、彼女は自分を恨むだろう。そう思ってるから進めない。


 いつの間にか迷いは無くなり、シスターラミサは口を閉じた。


「シスターラミサ」


 口を閉じたシスターラミサに、ヒナは間髪入れずに言う。


「あなたが何を迷っているのかは知りませんが、私はあの村に戻ります。あなたがどう考えようと、これは変わりません。ですのでーー」


 ヒナはシスターラミサの目をまっすぐに見つめて言う。


「ーー何かあるなら、どうぞおっしゃってください。何か言伝(ことづて)でもあるなら、ついでに(・・・・)伝えておきます」


 何の気負いもなくヒナはそう言った。


 その気負いのなさを見て、シスターラミサは自然とその口を開けていた。


「どうか……どうか、姉さんを……救って……!」






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