プロローグ
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「だったらっ…死ねよ」
白く細い指が、きつく、きつく首へと食い込んでいく。じりじりと込められる力に目を細めた。
強く放たれた言葉とは裏腹に、くしゃりと歪んだ彼女の顔が見える。
ぽたりぽたりと次々に私の顔へと落ちてくるのは彼女の流した大粒の涙だ。
長い睫毛が濡れて色っぽい。
彼女が手に力を込める度に、揺れる真っ黒な艶やかな髪から私と同じ香りがして、ただそれだけで幸せを感じた。
世界中でただ二人きり。
このたった6畳程の部屋での出来事がそう感じる。
誰もいない。いない。
嫌いなあいつも、苦手なバイトの上司も、仲の良かった同級生も、尊敬している先生も、育ててくれた両親も。
勿論、彼女の友達や彼女の幼馴染、彼女の兄弟も彼女の両親も。
誰一人として私達以外の人間は存在しないのだ。
否、もう必要ないという方が正しいのかもしれない。
罰当たりで親不孝な娘、きっとそう思われるだろう。自分でも感じている。
それでも良かった。それでもずっとずっと夢に見ていた。何度も望んで願った。
やっと訪れた二人だけの世界。
彼女は私を見つめている。
私だけしか見えていない。
綺麗な瞳で私を捕らえて離さない。それと共に感じるのだ。
愛されている、と。
赤みをのせられた薄い唇がゆっくりと動いた。
「_________。」
頭痛と耳鳴りが酷いせいか、
彼女の手の冷たさが気持ちいい。
そうやって少しずつ薄れていく意識の中で思ったことはただ一つ。
嗚呼、やはり、
やはり私は彼女が好きだ。
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