4.野生
「くああ……」
「くええ……」
とある都内の駅舎の上で、カラスとハトはまどろんでいた。
お腹がいっぱいで暇なのである。いつもそうじゃないかと誰しもが思うところではあるが、都会には大量の食糧が溢れているのだから仕方ない。
「くああ、たまには野生に帰ってみるか?」
「何するんすか? 先輩」
「そうだな。森にでも行くか?」
「おお、いいっすねえ」
ノロノロと緩慢にだるそうに少し歩いた後、よっこらせっといった風に飛び上がる二羽であった。
――近くの森
「やってまいりました。森の中っす」
「よおし、ハト。まずは地面をつつくか」
二羽は地面に嘴を突き刺しながら歩くが、嘴が汚れただけで成果はあがらない。
そらそうである。人間の捨てたゴミと違って、虫を捕らえるにはただ突くだけでは難しいのだ。
「ええい、次は木だ!」
「はい、先輩」
あっさりと土を掘り起こすのをやめたカラスとハトは、木の枝まで飛ぶとぐるぐる首をまわす。
「……」
「……」
「腹はいっぱいだし、(食事は)いらないか」
「そうっすね」
その時、がさりという音が二羽の耳へはいる。
「……おい、ハト」
「なんすか!」
「しーーっ! 声がでかい。静かにあっちを見ろ」
「人間がいますね」
「よく見ろ! あの人間……」
「なんか持ってますね」
呑気なハトに対し、カラスは明らかに動揺しぐあぐあと鳴く。
彼が注目しているのは、人間が持つ武器であった。
その武器とはボウガン。かつて鴨の背中に突き刺さったという伝説の武器だ。
「あれで俺たちを狙っているんじゃねえか?」
「いや、僕は大丈夫っす」
ハトは問題ないと言わんばかりに囀った。
「何だよ、その根拠のない……あ、そうか、お前……」
「思い出したようっすね。僕は特別なんです」
「ち、ちくしょう、ハトの癖に生意気な。よし、お前、俺の真後ろをついてこい」
「えええ、めんどくさいですよお」
「俺を狙えないようにちゃんと射線にはいれよ!」
カラスは羽ばたくと、後ろにちゃんとハトがついてきているか入念に確認する。
ところでカラスが何を思い出したのかというと、人間たちが自分勝手に決めた法律のことだった。
その法律とは「鳥獣保護法」という。
人間社会では狩猟してもいい鳥としてはいけない鳥に分かれ、カラスは狩猟してもいい鳥に含まれる。
ハトはどうか? ハトにもいろいろ種類があるのだが、カラスの友人であるハトはドバト(カワラバト)といって狩猟対象外になるのだ。
近縁のキジバトは狩猟対象であるにも関わらず、数がくそ多いドバトは対象外。
なんだか納得がいかないカラスであったが、人間の決めたルールなので彼にはどうすることもできない。
まとめると、カラスの友人であるハトがあれほど呑気にしているのは、自身が「鳥獣保護法」によって人間から害される恐れがないからというわけなのである。
カラスは不条理な制度を思い出したことで、くえええと憤りの鳴き声をあげたのであった。
※ドバトが狩猟対象外になったのは、ドバトは伝書鳩にも使われているからです。