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同刻 同地点

 (ひかる)が居るのはデストラクターの向こう側だ。あちらへ行くにはデストラクターが邪魔だ。逃げるしかない。


 「走って!」

「へ――!?」


私は隣の女の子の腕を摑んで走り出した。女の子は咄嗟の事で、困惑しているようだった。


 車のエンジン音が聞こえた。光が車を動かしたらしい。振り向くと、デストラクターの単眼が私を見ていた。――身の毛がよだつ――。デストラクターの背後で、光の車が突っ込んでくる。後ろからデストラクターに激突して、デストラクターが前のめりに倒れた。


 思わず硬直しそうになる脚。その(おもり)は、依然としてこちらを見詰めている単眼の場景によって振り払われた。地面を踏む力をより籠めて角を曲がった間一髪、紫の噴霧が背後を掠める。


 走りながら対処の方法を考えなければならなかった。近くに避難所があれば最良だが、一番近い避難所へ向かう間に追い付かれてしまう可能性の方が大きい。なにしろ出現時の距離が近過ぎた。ただ逃げる事は諦めなければならない。となると……。バッグの重さが、私に決心を促した。


 私は目線を上げる。そして、付近で最も背の高いビルに入った。女の子は息切れを起こしながらも、(いぶか)しげに周りを見ている。その間にも背中の痣が疼いて、デストラクターの接近を私に告げ知らせる。考えを説明している暇もない。ガラス製の玄関扉を開けようとしたら施錠されていたので、近くに置いてあった消火器で叩き割った。


「うへ!?」


と、女の子が驚きの声を上げる。


「早く入って、エレベーターで上がれる階まで上がって、それから非常階段には近づかないこと、あと上がっても油断せず、いつでも逃げられるようにしておくこと!」

「え、あの、お姉さんは――」

「早く!」

「はい!」


言いながら、女の子は駆けていった。私の方は非常階段に急ぐ。非常階段はビルの外側に剥き出しになった螺旋階段で、転落防止用の柵が壁の役割をするように上まで伸びている。駆け上がり、三階に差し掛かった頃、下から衝撃と音が這い上がってきた。足元がぐらついて、倒れそうになる。階下から聞こえるのは魔物の咆哮。私は吹き散らされそうになる思考と、体から力の栓を抜こうとする恐怖を御して、引き続き脚を働かせた。


 急かし責めるように、金属の変形する音が絶えず噴き上がってくる。次第にデストラクターが私に追い付くよりも早く、この非常階段が崩壊する事が心配されてきた。それでも尚、今は駆け登るより他に選択肢がない。


 途中、鳴り響く音の調子に変化が生じ、それはデストラクターが足を踏み外した気配。案の定、地面に叩き付けられる大きな衝突音がした。見下ろせば、仰向けのデストラクターが八本の脚をばたつかせている。幸運が味方したらしい。それでもまだ、あのデストラクターを行動不能には出来ていない。せめて、今一度、そしてあと少しの高さが必要だ。私は最上部まで一気に駆け上がった。


 最上階への扉は、こちら側からは開いてくれない。もう逃げ場はない。そして足元に伝わってくる振動は、デストラクターがまたこの螺旋階段をよじ登っている証拠だ。


 私は腰を下ろして、一瞬だけ空を見上げた。なんでそんな動きをしたのか、明確な理由はなかったけど、その一瞬に映った、視界を満たす空は、まだ青く、けれど片側は朱色がかって、ただそれだけの事が、何故か私に落ち着きをくれた。


 バッグから取り出す、才草光(どこかのバカ)が製作した拳銃。単発式のそれに、ライフル弾を装填した。至近距離ならば、デストラクターの甲殻を貫くことも出来る。


「なんで単発なのよ、バカ……」


言っても詮無い言葉が漏れた。それについては曰く『初心の人、二つの矢を持つことなかれ。』だそうだが、さっきから手が震えている気がしてならない。いっそのこと、機関銃でも乱射できた方が気楽だ。しかし、そう、そういう気楽こそを、判断力を欠いた行動をこそ、戒めているのだ。解っている。機会は一度切り。恐れてもいい、でも焦ってはいけない。震えてもいい、でも目を逸らしてはいけない。


 音は近くなり、振動は増す。私は扉に背を付けて立ち上がり、拳銃を構えた。


 デストラクターを待つ数秒間、或いは十数秒間か、数十秒間か、いずれにしても、今まででも一、二を争う緊張感が、射撃と心構えに必要な感覚以外を抑え付けていたその間が、呆気なく過ぎて――。


 私の視界に、デストラクターの顔が入ってきた。その単眼と視線が交差する。引き金に掛けた指が硬直する。――今じゃない――。デストラクターの顎が開いて、私に向かった刹那、発砲の反動が私の腕を押し上げていた。今だ、と思った時には、既にデストラクターが仰け反って、脚を滑らせるかして、景色の下へずり落ちていくのを見ていた。


 地面が砕ける音が聞こえた。


 私はその場にへたり込みそうになる。少しよろめきながらも、ビルの下を見た。デストラクターがもがいている。粒子放射を滅茶苦茶にまき散らしていた。だが、起き上がる気配はない。絶命には至らないまでも、かなりの傷を負わせた事は確かだった。私の胸に、重苦しいまでの安心感が降ってくる。立っていられなくなりそうで、柵に摑まる。


 私は、それ以上どうしようもなく、漠然と景色を眺めていた。私は、ディフェンサーなしに、デストラクターと戦う事が出来た。その事実の意味するところ。いや、ディフェンサーがなくとも、人類が戦える事それ自体は、最初から解っていた事だ。それでも尚、私自身の行動によって、それが現実だと確かめられた事。確かめられてしまった事。それの意味するところ。


 微かな希望と同時に、それ以上の絶望が滲み出してくる。いや、正確には、絶望の予感が。


 理不尽な理由すら取り上げられた時、そこには一体、何が残るのだろう。


 物思いに耽って、これといった意図もなく、デストラクターへ向いていた視界のその脇から、赤黒い一閃が、未だにもがく怪物の腹に落ちた。落ちた物が槍だと気付き、私は顔を上げて、周りを見た。屋上の(へり)を片手で摑み、(あたか)も外壁にくっ付いている人型のデストラクターがいた。【人型】は、私の方へ顔を向けた。


 私の懊悩は、こいつへの警戒と疑念とに切り替わる。首輪の警報は鳴っていない。つまり、こいつはやはり危険区域内に居たのだ。だけど、どうして、どうやって? 私は先程の槍が落ちた先に思い至って、慌てて地面の方を見る。さっきやっつけたデストラクターが崩れて消えていく。槍は間違いなくあのデストラクターを貫いていた。


「あんた、まさか――」


 改めて【人型】に向こうとした私に対して、小さな物体が投げつけられていた。私の顔の横を通って下へ落ちていく。それが(けん)だったと気付いて、私は動けなくなった。優先順位を付けられない。そうこうしているうちに、【人型】は屋上に上がって、見えなくなった。多分、どこか潜伏先へ戻るのだろう。ディフェンサーなしに追い付けるとは思えないし、追い付いたとして身の安全は保障されない。結局、(けん)を取り戻しに階段を下りるしかなくなった。


 と、その時、私の背後で扉が開く。開けたのは、一緒に逃げたあの女の子だった。


「あ、あの……」


女の子は、色々と知りたそうだった。でも、何から訊けばよいのか、そもそも訊いてもよいのかどうか、判断に迷っているようだった。取り敢えず、私が真っ先に言うべきことはあった。


「大丈夫よ、あいつはやっつけたから」


私は笑顔を作った。そして女の子は笑った。

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