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八日後 特異生物対策本部 寮舎 180号室

 『珠李さん、こんにちは。紅李です(⋈◍>◡<◍) 次の日曜日、珠李さんと区域を回ってみたいんですけど、予定は空いていますか(*´・∀・*)? また会いたいです(੭ु ›ω‹ )੭ु⁾⁾♡』

『いいわよ。待ち合わせはお昼に駅跡地の広場で』


私は携帯電話を放った。それは癖なんかではなくて、自分自身への意思表示だった。こんなことに興味はないって、そういう態度を示したのだ。この、真っ暗な部屋の中で。


 馬鹿なことをしたと思う。紅李とは会いたくないし、そもそも区域内に一般人を積極的に呼び寄せるような事が推奨される筈もない。それなのに、断る理由を見付けあぐねて、要望を承諾してしまった。違う。本当は、断る理由なんて幾らも作れた。そうしなかったのは、紅李に会いたかったからなのだろうか。


 私が何を想っているのか判らない。私は紅李を憎んでいるのだろうか。それとも、思いがけず家族と出会えた事を嬉しんでいるのか。家族? 私と紅李は、姉妹であっても、家族ではない。もしかしたら、お母さんやお父さんは、私の代わりに紅李を愛して、そうして、私の事なんて忘れてしまったのだろうか。だから、会いに来てくれないのか。それじゃあ紅李は、私からお母さんとお父さんを奪ったのか。私にお母さんとお父さんを返してくれることはないのだろうか。私の人生を……。


 紅李の笑顔を思い出す。朗らかで、可愛らしい容姿。純粋に私を慕ってくれる眼差し。そんな紅李が私の妹だった。とても嬉しい。まだ短い付き合いだけれど、こんなにも誰かを愛おしく感じたのはいつ以来だろうか。私もあんな風に、誰かを信頼したかった。


 首輪の警報が鳴る。私は警報音をそのままにしておいた。どうでもよかった。暫くして、通信が入った。


「おい、ディフェンサー! こちら警備室。聞こえているか、急げ! デストラクターだぞ!」


ディフェンサー。そうだった。私はディフェンサーで、デストラクターを撃退するのが使命だ。


「警備室、ディフェンサー、了解」


―――

――


 私はいつものように、例のニ十階建てビルの屋上に登っていた。この視界に入る限りの世界が、ディフェンサーの世界だ。危険区域。ここで、デストラクターと戦う。それが全てだ。他には何も要らない。何も必要とされない。求められているのはディフェンサーで、他にはない。私自身、清裳珠李の事なんてどうでもいい。少なくとも、ディフェンサーの運用が正常に、効果的に行われてさえいればそれでいい。何も問題はない。清裳珠李という個は要らない。そんな自我は必要ない。この正常な世界という鉢の中で、そんな自己は擂り潰されればいい。この世界は正しい。そして私は間違っている。それが真理だ。そもそも、自己なんていうものは誤った観念で、存在しないものだ。私は存在するという観念は、執着を生む要因であり、苦しみの元凶だ。だから、私は、清裳珠李の事なんかどうでもいい。兎も角も、ディフェンサーという役割が与えられており、それに従う事は、たくさんの人を救う事になる。だから、それをやるべきで、そうすることに疑いを挟む余地はない。


 百人全てを救う事が理想でも、現実に可能なのが、一人を犠牲にして九十九人を救う事だけだったとしたら、その選択をした所で誰も責める事は出来まい。


 私は世界に従おう。世界が正常なら、それに従う事は正しい筈だから。


 デストラクターを発見して、私はビルを飛び降りた。着地の衝撃が、普段よりも重く感じられる。――些細な事だ。急がねばならない。私は駆けた。


 デストラクターは避難所の周りに三体が集まっていた。凶貌が私に向いて、一斉に紫の噴霧が浴びせかけられる。飛び退いてそれを避ける。


 一体ずつ倒すのが得策だろう。複数体からの同時攻撃を受ければ防御は叶わない。すばしっこく動いて攻撃を攪乱し、その隙間にこちらからの攻撃を加えて、一体ずつ倒すのだ。私はそう作戦を決めた。


 デストラクターにとって、私という的は決して大きくはない。不規則に素早く動けば、殆どの攻撃は回避できる。とは言え、奴らの知能は侮れない。私の作戦を読み取ったのか、デストラクターは順繰りに攻撃をするようになる。これでは、こちらが攻撃する隙を作れない。仕方なく、建物の陰に退却した。


 稼げる時間は少ない。その間に、あいつらをどうするか考えなければならない。ならないのに、思考が上擦って頭が回らない。――私はディフェンサーで、ディフェンサーだから、あいつらを倒さなければならない。それが一番、安全だから。他の人に危害は加わらないから。清裳珠李なんていない。ここにいるのはディフェンサーで、デストラクターと戦う存在だ。だから――


 嘘だ。


私は、そう思って、そう思った瞬間、全て悟った。もう、終わりなんだって。私に出来る事は全部やった。やって、それでも、私の望みは叶えられなかった。それが結果で、それが全てだ。


 元々、疑問だったのだ。この世界に、私を中心にした、私の認識する、この世界に、守護なんていうものがあるのか。ある気がしていた。お母さんやお父さんは、私を慈しんで、守って、育ててくれていた筈だから。でも、それも結局、私をディフェンサーという役割へ導くだけのものに過ぎなかったとしたら? ディフェンサーがなくとも、デストラクターを倒す事は出来る。それでも、ディフェンサーを必要とする理由は? 私と同じ存在である紅李が守られて、私が守られない理由は?


 私が誰かを守る限り、私の世界に、守護はあった。けれどもそれは私を対象にしない。対象にならないのは、私がディフェンサーである所為だからかも知れない。ディフェンサーだけがデストラクターを倒せるから。違う。必ずしもディフェンサーがある必要はないのだ。なら、考えられる理由は、私が私であるから守られない、ということ。いや、それは最早、理由でもなんでもなくて、この世界の法則、真理、絶対的な掟だ。そんなこと有り得ないと思っていた。紅李が現れるまでは。


 私は私を否定するしかない。清裳珠李だから守られないのであれば、清裳珠李でなくなればよい。しかし、自分がどうして自分以外になれるだろう。何をどうしたって、私は私だ。自我は実存しないと言った所で、私はやはり私として此処に在るのだ。


 踏み潰されていく選択肢の中で、唯一、残されていたのは、ディフェンサーの道。清裳珠李という個を完璧に挟み潰して、ディフェンサーという個を完成させること。やってみたけど、やろうとしてみたけど、やっぱり無意味だ。だって、結局、私は死ぬんじゃないか。ディフェンサーの役目は、ディフェンサーが死ぬまで終わらない。折角、清裳珠李を殺しても、畢竟、ディフェンサーも死ぬ。そりゃあ、人はいつか死ぬだろう。でも、だって……。


 デストラクターの顔が目の前にある。私に残された道は、楽な道と、困難な道。今か、それとも後か、どちらかの道。


 私には紅李との約束があった。お母さんとお父さんにも会いたかった。何より、安穏な日常というものを再び生きたかった。ここを頑張れば、きっと、紅李との約束は果たせるだろう。しかし、それだけだ。それ以上は何もない。そうして、また、次の恐怖に怯えた日々を暮らし、予想を裏切らずに命を懸ける。懸けた命が地に落ちるまでそれは繰り返されるのだろう。


 今と後の比較は、大きな苦痛と、より大きな苦痛の比較だった。だから、私は護鋼剣から手を離していた。それは、せめてもの抵抗だった。私として出来る、世界への意思表示だった。


 私が求めたのは、守ってくれるもの(ディフェンサー)だ。こんなディフェンサー(にせもの)なんかじゃない。


 私の身体が、踏み潰された毛虫みたいになる。


 完全な暗闇が、近付いていた。目を閉じても、開けても、何も変わらない暗闇。内側と外側の境界を曖昧にしてくれる。今度のは気の所為なんかじゃない。もう、守護の外側とか、内側とか、気にしなくていい。守る必要も、守られる必要も、ない――。

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