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シリーズ化した短編

打ち上げ花火は終わりを告げる

 九重初香を初めて認識したのは雪が溶け、まだ肌寒い季節のことだった。

 彼女は俺の幼馴染の真田の応援をしていて、ぱっと見でも彼女が真田に好意を寄せていることが理解できた。

 真田は中学の時に女子生徒が色々とあいつを巡って揉めたことがキッカケで女子に対してあまり良い印象を持っていなかった。けれど、真田は優しい、というよりは揉め事を嫌うためかそれを外には決して出さなかった。

 だから真田に好意を寄せる女子生徒たちを見るたびに何と無駄な時間を過ごしているのだろうと呆れたものだった。

 あんなに見ているのになぜ気づかないのだろうと。


 九重はその中の一人でしかなかった。けれどそんな数多くの一人から個人として認識し出したのは真田の話からだった。


「一年生の時からずっと応援してくれている子がいるんだ」――と真田は嬉しそうに話した。

 その話を聞いた途端にその子のことが気になっているのだと察した。それは今まで真田が女子生徒の一人に興味を示すことなんて一度たりともなかったためだった。


 そして真田は『御堂 沙織』という名前を口にした。


『御堂沙織』という少女は去年一度だけ同じクラスになったことがあった。

 何というか小説の一節から抜け出してきたのではないかと思うほどに彼女は綺麗だった。風にたなびく黒の絹に心を惹かれる男は数多くいた。しかし彼女の、高嶺の花というにふさわしい雰囲気が彼らを近づけることをよしとはしなかった。

 そんな彼女ではあるが一人だけ、彼女に臆せず近づき、そして彼女が心を許している存在がいた。

 俺はあまり御堂には興味がなかったのでその存在について気にはしていなかったが、あの真田が気になる相手が唯一心を許している存在ともなると気になるもので早速その相手の姿を見に行った。

 その存在こそが『九重 初香』だったのだ。


 九重はいつも御堂の側にいた。そしてその逆も然り。

 俺と真田も他の友人たちに呆れられるほどには一緒にいた。俺たちの場合はただ幼馴染だからとか仲がいいからだとか以上に女避けの意味も込めている。だからおそらく彼女たちがいつも一緒にいる理由とは違うのだろう。

 だがその二人にはどこか親近感のようなものを覚えた。


 そしていつしか俺は御堂沙織と九重初香の二人に興味をもつようになった。


 すると彼女たちは意外と俺たちに近い場所にいることに気づいた。俺たち、というよりは真田の近く、といった方が語弊がないだろう。

 真田はそれに気づいてかチラチラと周りを気にするようになっていった。その視線の先には大概御堂がいて、その隣の九重のことは捕らえていないようだった。


 季節は巡り、春休みに入っても二人はいつも通り並んで真田の応援に駆けつけた。そして新学期が始まっても、制服が夏服へと切り替わってもそれは変わらなかった。


 その日もいつものように休憩中にサッカーコートを眺めているとこちらに向かってくる九重の姿が目に入った。

 おそらくは体育館脇の自動販売機にでも向かっているのだろう。サッカーコートから一番近い自動販売機はそこであり、二番目に近いのは少し離れた購買部になる。購買部の自動販売機は種類こそ多いものの昼の時点でその中身のほとんどを失ってしまう。だから距離が近く、なおかつほぼ確実に売り切れのない体育館脇の自動販売機に向かうのは当然のことだった。

 九重はいつも一緒の御堂をコート脇に残し、一人財布を片手に鼻歌でも歌い出しそうな様子で歩いていた。

 俺は何だかそんな九重が見てられなくなって、つい柔道場から抜け出して声をかけてしまった。


「真田を諦めろ」

 初めて真っ直ぐと見つめた九重の瞳はどこか揺らいでいた。


 そしてここまでしておいてようやく思い出したのだが、九重とはクラスも一緒になったことはなく、俺のことを認識していない可能性がある。

 俺だって九重の存在を知ったのは半年ほど前のことだったし、きっかけさえなければ卒業後も彼女がこの学校にいたかどうかさえ知らなかったことだろう。


「何言ってるの?」

 だからそう返した九重の反応は当然のことだろう。

 だがそれでももう後には引けなくなっていて、口からは九重を傷つけてしまうような言葉がポロポロとこぼれ落ちた。


「あいつはお前を見ていない。今も、そしてこれからも。だから無駄だ」

「なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないわけ?」

「それは……」

 つい視線を逸らしてしまう。

 これ以上言ってしまってもいいのだろうかと迷いが生じたのだ。

 真田のこともそうだが、彼女と御堂との関係にヒビを入れてしまうのではないかと心配になった。

 迷ってしまうほどに、少ない時間ではあるが俺の見てきた二人はいつでも幸せそうだったのだ。


 けれどここまで言っておいて引くことなんてできはしなかった。


 真っ直ぐに九重だけを捉える。そして短く息を吸い込んだ。

「真田はあんたの友達が好きなんだ」

「え……?」

 その言葉はヒビというには大きすぎるものだった。


 人に気を使いすぎて勘違いをされる真田とは正反対に、ストレートな物言いで相手を傷つけてしまう俺の悪いところが出てしまったのだった。

 九重の両手にあるペットボトルを支える指が細かく揺れている。

「なん……で?」

「……ずっと応援に行っていただろう」

「私だって!」

「あんたがずっと真田の応援に行っていたのは知っている。柔道場とサッカーのグラウンドは意外と近いからな。もちろん当の本人、真田だってそのことはよく知っている。だが真田の目を捉えたのはあんたじゃなかったって話だ。あいつは昔から真っ直ぐだから、一度惚れたら他なんか目もくれない。……だから無駄なことは止めて諦めろ」


 そう、無駄なのだ。

 九重の行動も、今までの女子生徒たちの行動も。全て真田の目に入らないのだ。どんなに頑張っても、追い続けても。



「そっか……」

 震えて、叫んで、そして最後に落ち込んだ九重はそれだけを言い残して、俺の前から去っていった。


 悲しそうに猫背になった後ろ姿に罪悪感が芽生えた。

 けれど間違った行動をとったとは思わなかった。

 真田が御堂に想いを寄せている以上、いつかは彼女の前に立ちはだかる壁なのだ。それを俺が用意したにすぎないのだ。


「秋庭、いつまで休んでんだ?」

 小さくなっていく九重の背中を眺めていると体育館からヒョイっと同じ部活の仲間の一人が顔を出した。


「ああ、今行く」

 九重の小さな背中に背を向けて体育館へと戻って行くのであった。



 ***

 一夜挟んだことでやはり言い過ぎたかと反省しながら、彼女といつ会えるかと伺って入れば意外にもいつも通りの彼女が通学路にはいた。

 変わらずに真田の姿を捉えるその目は昨日よりも一層強い信念を持っていた。

 どうやら昨日の言葉は火にかけられた水というよりも油の役目を負ってしまったらしい。火は今なお強く燃え続けている。

 そして御堂との関係性にも何ら問題は生じていないらしかった。

 九重は真田の気持ちが御堂に伝わる前にどうにかしてしまおうとでも思っているのだろう。思ったよりも芯の強い女だと感心してしまう。

 彼女の行動が無駄だと思うのに、なぜか真田を追い続ける九重を追うことをやめられなかった。


 そんなことが続いたある日、真田の母親から連絡が入った。

 それは鍵を持って行くのを忘れてしてしまった真田に鍵を届けて欲しいとのことだった。

 どうやら真田の両親は今日から揃って出張へ向かうらしい。真田の両親は真田が幼い頃から共働きで、休日や祝日関係なく働いていた。真田が中学生にもなるともっと忙しくなり、家を数日開けることも珍しくはなかった。だからこんな頼みごとをされるのは何も今回が初めてではなかった。


 そういえば会場の近くに大型書店があったなと思い出して、ナップザックに自分の家の鍵と真田の家の鍵、そして財布と携帯を入れてから向かった。

 炎天下の中、徒歩には少し遠いが電車を使うほどでもない距離の会場まで辿り着くのは大変ではないものの、着いた頃には首筋には汗が伝い、喉は乾きを訴えていた。

 会場からはまだ声援が聞こえてくる。どうやらまだ試合は続いているらしかった。これではまだ鍵は渡せない。

 先に喉を潤すために自動販売機へ向かうとそこには先客がいた。そしてその先客につい声をかけてしまう。


「試合、まだ終わってないがこんなところにいてもいいのか?」


 その先客はこの会場内にいることは予想できたが、ここにいるとは思わなかった相手、九重だ。


「……なんであんたがこんなところにいるのよ」

「答えになってないな……」

「別に私がここで何してようが勝手でしょ!」

「なら俺が今ここにいようが俺の勝手だ」

 九重の言うことも一理あると落ち着くと元の用事であった飲み物を買うことにした。

 財布を取り出すときに目に入ったのは九重の腕の中にある二本のミルクティーだった。

 こんな暑い中あんなものを飲むのかと思うと必要以上に動作を繰り返してしまう。結果的に俺の腕の中には4本ものスポーツドリンクが並んでいる。

 それをジッと見られているのが恥ずかしくなる。


「なんか用か?」

 恥ずかしさを隠すようについジロリと睨んでしまった。

 ただでさえ目つきが悪いと言われるのにこれじゃあ萎縮させてしまうだろう。

 その考えは正しかったようですぐに九重は「別に……」といって視線を逸らしてすぐにどこかへと行こうとしてしまう。


「おい!」

 そう声をかけてしまったのはただ後味が悪いと思ったからだった。


「何?」

「こんな暑い中そんなもんばっかり飲んでんじゃねえ」

 買い過ぎてしまったスポーツドリンクをカバンの中にたまたまあったビニール袋に入れて突き出す。


 それはあの日の謝罪の気持ちもこもっていた。


「何これ?」

「スポドリ」

「いや、知ってるし」

「じゃあ聞くなよ」

 言いたいことだけ言うと俺はその場を立ち去った。

 腕時計に目をやるとちょうど15時、試合終了時刻を指していた。




 それからというもの、部活の休憩時間になるたびに体育館からサッカーコートを覗くようになった。

 そして未だに並ぶ二人の少女の姿にため息を漏らす。

 さっさと諦めればいいのに。

 それはいつからか呆れだけではなくなっていた。



 九重が体育館の近く、自動販売機へと向かっているのを見かけるたびにわざわざ足を運んでは小言を言うようになっていた。

「まだ諦めてないのか……」

 そう言うと九重は悲しげな表情を浮かべる。彼女にそんな思いをさせてしまっているのは他でもない自分のはずなのに、心の中で真田にさっさとしないからだと毒付いてしまう。


 この頃になっても真田と御堂の関係にはなんら進展はなかったのだ。

 俺の知っている限りでは真田はただ御堂の姿を窺っているだけで声すらかけたことがないようだった。


 そんな日が続いたある日、風呂も入り、宿題も終わったことだし、寝るかと布団に入ると着信音が鳴り響いた。

 もう深夜0時になるかという頃で、俺も電話の主である真田も明日も朝早くから練習が入っていた。

 いつまで経っても切れないコール音を止めると「なんだ!」と苛立ちをぶつける。

 けれど当の真田はそんなことなど全く気にしていないようで興奮気味にまくしたてた。


「秋庭! 花火大会だ、花火大会」

「意味がわからん」

 それだけ言って切ろうとすると、さすが長年の幼馴染というべきかそれを察して言葉をつないだ。

「花火大会に行こう!」

 それは姉が先日パソコンで見ていた、10年以上前のバラエティのタイトルのようだった。


「せっかくの機会だ。御堂を誘ったらどうだ?」

 未だ残る眠気と戦いながらそう助言をしてやると真田は「んー、でもなー」と歯切れ悪く返す。

「でもじゃない。とりあえず誘ってみろ。いいな」

「でも十中八九、断られるじゃん?」

「誘わなきゃ何も始まらないだろ!」

 それだけ言って切ると途端に頭にはその言葉がリピートする。


 何も始まらない――口から出た言葉は自分の秘めたる心を自覚するのには十分だった。

 いや、もうずっとわかっていたのかもしれない。

 俺は九重初香のことが好きなのだ。

 だが九重は真田が好きで、真田は御堂に思いを寄せていて、御堂は……どうなのだろう?

 少なくとも俺と九重の気持ちは一方通行で、交わることはないのだろう。全く俺も無駄で無謀な思いを持ってしまったものだ。

 今なら九重の気持ちがわかる。

 無謀だとわかっていても思うことはそう簡単に辞められるものではないのだ。


「はぁ……」

 背中を布団に預けて、人工の明かりから目を守るようにして腕を乗せる。芽生えた時点で咲くことはないとわかってしまった。諦めの感情は涙となって流れていった。



 その翌日、再び真田から電話がかかってきた。

 俺の言葉に触発されて、御堂に声をかけてみるのだと下校前に気合が入っていたからその結果報告だろう。

「どうだった?」

 電話を取ると同時にそう聞くと、真田は嬉しそうな声で「花火大会に行こう!」と昨日と同じセリフを言った。

 いつの間にタイトルコールか何かになったのだろうかと呆れながら違和感が湧き上がる。


「結果を話せ」

 なぜ真田は再び俺を誘うのか?

 もし御堂に断られたとすればその声は暗いはずだ。


「沙織ちゃんと花火大会に行くことになった。だからお前も行こう」

「は?」

「始めだけでいいから、な?」

 猫なで声で俺を説得しようとするところから見て、約束は取り付けられたが一人で御堂に会うのはハードルが高く、だからといってデートはしたいといったところだろうか。

 要は初めは三人でいて、キリのいいところで抜けて二人きりにすればいいのだ。


「はぁ……・お前、デートに幼馴染を連れてくる馬鹿がいるかよ……」

「なぁ、秋庭頼むよ、な?」

「……花火打ち上がる前辺りまででいいか?」

「さすがは秋庭!」

「はぁ……」

 ここぞとばかりに褒め生やすとは何とも都合のいいやつだ。

 けれどそんなところも憎めないのがこの真田というやつなのだ。だから高校生になっても今尚幼馴染かつ友人という関係が継続しているのだろう。


 花火大会の日が近くなるに連れて真田はそわそわと携帯を眺める機会が増えた。

 遠足の前も文化祭の前もここまではしゃぐことのない真田がまさか初デートでこんなに緊張するなんて思わなかった。


「真田!」

 その背中に気合いを入れるために強く叩く。

「わっ!」

「頑張れよ」

 九重と俺の分まで。

 そんな気持ちも託してから待ち合わせ場所へと向かった。


「ここでいいのか? 人、多いな」

「ああ」

 まだ緊張がほぐれていないのか短い返事を返した真田はどこか上の空だった。

 こいつ、本当に二人きりになったら一言も喋れなくなるんじゃ……と不安が走る。

 思えば結構モテる真田だが、女子が苦手になる前も誰かと付き合うということはなかった気がする。

 俺もなかったけど……。


 道行く人を眺めているとその中で一際目立つ二人を見つけた。一人は御堂だ。……そしてもう一人は九重。

 なんで九重がここにいるのだと真田に問いただしたくなったが、真田はそれどころではなかった。

「可愛い……」

 そううわごとのように呟く真田は目の前の御堂の浴衣姿に見惚れているのだ。

 さすが美人なだけあって浴衣もよく似合っているし、過ぎ去る男たちの視線も集めている。

 だが俺はそれどころではなかった。

「なんでいるんだ……!」

 二人の雰囲気を壊さないように九重の手を引き、耳元で息を潜ませて訴える。

 真田と御堂、そして俺の三人であればタイミングよく俺が抜けるだけでいい。だが九重もいるなら話は別だ。


「別にいいでしょ……」

 俺から離れていく九重はいつもよりずっと弱々しく元気がなかった。


 真田のために彼女を後で連れ出すことなんて俺には出来そうもない。

 そんな俺の気持ちなどは気にもとめず、ただ御堂とのデートにはしゃぐ真田はこの時間を楽しみだした。


「花火の打ち上げまで時間あるから適当に回ろうか」

「そうだね。あ、初香ちゃん、わたあめ、わたあめあるよ!」

 すると御堂も子どものように目を輝かせて祭りを楽しみだす。

 九重の表情は変わらず暗く、励ますように御堂は彼女の手を引いた。


「沙織、私買っ「俺が買ってくるから待ってて」

 九重の声を遮るように真田がわたあめを買いに行くと彼女の表情は一層暗くなる。


「はい、沙織ちゃん」

「ありがとう」

「はい、初香ちゃんも」

「あ、ありがとう」

 わたあめに顔を埋めるようにして食べ進めて行く九重。彼女の足取りは重く、そして何か考え込んでいるように意識は遠く、身体だけが置き去りになったような状態だった。


 それでも花火の打ち上げ時間は刻一刻と近づいて、それに伴っていい場所を確保しようと人々がたくさん押し寄せる。ここはまだ露店の通りだがもう少し行けば開けてくる。俺たちがそうであるように彼らもその場所を目指して進んでいるのだろう。

 ゴール地点が同じ人たちの波に流され、前へ前へと進んで行く。だが九重はその波に上手く乗れていないようで後方へと取り残されている。

 迎えに行きたくとも流れに逆らうことはできない。

 後方を気にしていると遠くから「沙織!沙織―」と御堂を呼ぶ声がした。


 間違いなく九重の声だった。

 真田の隣の御堂もそれに答えるように「初香ちゃん、初香ちゃん」と叫び続ける。

 けれどその声はいつの間にか周りの喧騒にかき消されてしまい、九重の声も聞こえなくなってしまった。


 露店の通りを抜ければ人が分散し始め、九重を探しに行くのも先ほどよりはだいぶ楽になった。

「俺、九重探してくる」

 そう二人に告げて、来た道へと帰ろうとすると俺の袖を御堂がギュッと掴んだ。


「待って、私も行く」

「ダメだ。まだ人通りも多い。御堂が行ったところで流されるだけだ」

 そう言って諭すが、まだ御堂は納得がいっていないようだった。


「でも秋庭君、初香ちゃんを探してたら花火、見れないかもしれないよ」

「それは御堂もだろ?」

「私は家で録画してるから。後で初香ちゃんと見るからいいの」

「沙織ちゃん、秋庭に任せてあげなよ」

 一向に引いてくれる気配のない御堂の肩に真田はポンと手を置いた。

「真田?」「真田君」

 あれほど緊張していた真田からは想像のつかない行動で、不思議に思う俺と御堂の声が重なった。


「ほら沙織ちゃんは俺に任せて行ってきな」

 それは好きな相手と二人きりになる前にかける言葉とは違うような気がした。そして何かを御堂の耳に呟いた。

 すると御堂はしぶしぶといった様子で

「……初香ちゃんをよろしくね。もしこっちで初香ちゃんが見つかったら連絡するね」

 と俺を見送った。


「ああ、そうしてくれ」

 真田の行動を少し不審に思いつつも二人を残して俺は来た道へと戻って行った。



「どこ行ったんだ?」

 来た道を戻りながら別れた場所へと急ぐ。

 この人出ではこちらへ向かう波へと突っ込むよりも別れた場所あたりから波に乗った方が幾分か効率がいい。

 幸い向こうには真田と御堂が待っているし、九重も何かあったら御堂へと連絡するだろう。そう思うのに、それとは正反対に九重は御堂には連絡を取らないような気もした。

 九重は今日ずっと上の空で、祭りを楽しんでいない様子だった。


 ならば人の波に乗ってはぐれた俺たちを探し続けるよりもどこかで落ち込んでいるような、そんな気がした。


 休める場所といえば、鳥居からさほど離れていない場所に休憩所があったはずだ。そこははぐれた場所よりももっと入口よりだが、戻るなら一気に戻ってしまった方がいいだろう。

 念のため携帯を確認するがまだ真田からの連絡はない。


 そうなれば後は鳥居まで戻るだけだった。

 もう少しで打ち上げ時間だからだろうか、足を緩める人や立ち止まり始める人が多く、その間を縫うようにして歩き続ける。


 立ち止まる人たちの中には九重の姿はない。顔をわざわざ確認するまでもなく、彼女の浴衣の柄は脳に焼き付いていた。

 真田が可愛いと言った御堂と色違いの浴衣姿はとても綺麗で、似合っていた。

 それも真田に褒めて欲しかったのだろうけれど、あいつはおそらく御堂と色違いだくらいの印象しかないのだろう。


 そう思うと早く見つけ出してあげたくなる。

 一人で泣いてやしないかと心配になってくるのだ。


 真っ直ぐと前を見据えると頭上からドーンと大きな音が響く。

 そしてそれに少しだけ遅れて、立ち止まった人たちが歓声をもらす。

「わぁ!」

「綺麗ね」

 振り返って空を見上げると、そこには人々が歓声を上げるだけあって立派な花火が打ちあがっていた。


 化学の実験で行った炎色反応と同じ原理なのに、空に浮かぶとこんなにも美しい花を咲かすのだと見るたびに感動する。


「綺麗だな……」

 真田も御堂も、そして九重もこの花火を見ているだろうか。


 大輪を咲かせた空の花は人を魅了しては消えて行く。


 一つ二つと上がっていく花火を見送ると再び鳥居に向かって歩き出した。

 けれど鳥居にたどり着いても九重を見つけ出すことはできなかった。



 鳥居のバックに咲く花を見上げているとポケットに入れた携帯が揺れてメールが送られてきたことを告げる。


『初香ちゃんはそのまま帰るって』


 真田から送られてきたそれだけの短い文は花火が夏の終わりを告げるのと同じように自覚したばかりの恋の終わりを告げていた。


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