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拝啓 愛した貴方へ

作者: 土井美空


拝啓

じめじめとした日が続き、ようやく梅雨の訪れを実感する今日この頃です。貴方におかれましては、ご健勝のこととお喜び申し上げます。

さて、本日私がこのように筆をとったことに、貴方は驚いていらっしゃるのでしょうね。けれど、特に深い意味はありません。強いて言えば、寂しかったのです。ただ、それだけです。

貴方に別れを告げられてから季節は二つ巡りました。それほどの時が経ったにも関わらず、事あるごとに貴方のことを思い出します。音楽を聴いていても、街を歩いていても、ご飯を食べていても。貴方との待ち合わせ場所に、家の近所を指定していたのは間違いだったと、今になって思います。前を通るたびに貴方のことを思い出してしまうから。

けれど、貴方との別れは仕方のないことだったとも、思うのです。貴方と私の生活リズムは違いました。お互いに口下手で、想いを語り合うことも多くはありませんでした。最後はほとんど会えませんでしたね。半年会わない、なんてこともありましたから。

私は貴方に、会いたいと言えなかった。会いたいと言わなかった。貴方も私に、会いたいと言いませんでしたね。そのことが寂しくて悔しくて。自分のことを棚にあげて、貴方にとっての私の存在の小ささを、勝手に想像して、泣いていました。貴方は忙しいのだと、私に割く時間などないのだと、自分に言い聞かせながら。

あの五年間、貴方は私を本当に必要としてくれていたのでしょうか。本当に私は貴方に愛されていたのでしょうか。私にはわかりません。貴方のことを信じていなかったわけではないのです。むしろ、貴方には全幅の信頼を寄せていました。けれど、私は貴方のことをほとんど知らない。好きな食べ物も、好きな場所も、好きなタイプも、好きな映画も。なんにも知らないのです。十年以上一緒だったのに、五年も付き合っていたのに。

今思えば、私は、貴方の優しさに甘えていただけでした。ただ私を許して、受け入れてくれた貴方に。貴方はいつも笑っていてくれました。けれど、貴方もきっと、限界だったのでしょう。貴方は私に何も言ってはくれなかったけれど、貴方の弱さは見せてはもらえなかったけれど、辛かったのでしょう。私の欠点など、自分でもよく分かっていますから。それなのに、私にここまでお付き合いくださった貴方には、感謝しかありません。

長くなってしまいましたね。そろそろ終わりにしようと思います。私はもう、諦めることにしました。悲しみにくれて生きることを、貴方との思い出に浸って生きることを。幸せになって、と貴方は言いましたね。あの言葉は、私にとっては呪いです。どこにいても思いだし、誰といても思いだす。私にとっての不幸は、愛した貴方に幸せになってね、と言われることなのですよ。貴方のいない幸せなどありません。貴方に幸せにしてほしかった。貴方と幸せになりたかった。

最後に、このお手紙は遺書、です。貴方を愛した私の最期の言葉。最期の言葉を託す相手があなたで、ほんとうによかった。ありがとう。さようなら。あなたは、どうかおしあわせに。


草々

最後まで読んでくださってありがとうございました。ご感想等、いただければ幸いです。

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