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四話

 鉄の味がする。

 私は質の悪いクレヨンで描いたようなぼやけた空を見ながら、少し前に起こった出来事を思い出す。

 森の奥を進むと子鬼の住処であろう洞窟を見つけた私は、その周りに子鬼がいないことを確認すると、その洞窟の中に入ろうと近づいた。

 さっき倒した子鬼で全てだったのだろうと勝手な判断をした私。今となっては、不注意すぎたと深く反省するしかなかった。


「それ、も……こ、れも…………」


 地面が非規則に揺れるのを背中で感じる。私は痛む身体を無理矢理起こし、敵である相手を見た。


「なんでこんなのが……ここにいる、のよ……ッ!」


 洞窟の天井を掴み、ソイツは顔を出した。



「住処はここだ!」

「アンジェ!!」


 僕たちは少し開けた場所に飛び出し、へし折れた木の近くで倒れる血だらけの彼女の元に駆けつけた。


「ガ、ルム……ケット……」

「おい大丈夫か!」

「ごめ、ん……なさい……ミスった……わ……」


 目を背けたくなるようなアンジェの姿に、後悔からか僕は逃げるように洞窟を見た。

 洞窟――子鬼の住処であろうそこから現れた魔物、それは子鬼の数十倍の大きさの巨人であり、木をそのまま武器にしたような棍棒を引きずっていた。


「おいおい……なんだよアレ……?」


 ケットが動揺するのも無理はない。筋肉の塊のようなその黒い肉体、こちらを射殺すように見る血走った目。誰がどう見ても、1学年である僕らが対処できる魔物ではなかった。


「ケット、アンジェを背負って学院に戻れ。ここは……僕が足止めをする」


 僕はそう言うと剣を鞘から抜いて構える。


「は? そんなの無理に決まってんだろ! お前も一緒に逃げるんだよ!」

「そ、うよ……」


 確かに無謀だろう。だけど、僕はあの魔物を見て直感した。一緒に逃げても追いつかれる。追いつかれたら僕たちは終わり、なら、僕が犠牲になる。


「アンジェ、ごめん。僕が悪かった」

「え」

「だから……これは罪滅ぼしだ!」

「「ガルム!!」」


 二人の呼びかけを無視し、僕は駆ける。ゆっくりとだが徐々に足取りが速くなる魔物に対して、僕は斜めに走りながら腰に差したナイフを抜き、それを投擲した。

 カキンという音ともに、ナイフは魔物の鋼のような肉体に弾かれる。注意を引くために行った攻撃ではあるが、魔物の視線の先は未だアンジェたちのいる場所だった。


「なら……これならどうだ!」


 僕は空いた片手を魔物に向けた。

 身体の中に存在する魔力、それを行使する術。勉強により頭に刻み込んだ魔術陣を僕は宙に出現させる。

 流し込め、流し込め……ッ!

 身体から何かが抜け落ちる感覚がし、それと引き換えに魔術陣は光り輝いた。


「ファイアボール!」


 引き絞った弓を解き放つように、僕は言葉を放つ。すると魔術陣から火球が勢いよく飛び出すと、魔物に当たり爆発音とともに火欠片が飛び散った。

 パメラメル先生のような熟練した魔術師ならば言葉を発しなくても魔術を使えるが、僕みたいな初心者にはそれは無理だ。

 だけど、威力は変わらない。


「グァァァァァァァァァ!」


 雄叫びを上げる魔物、身体の一部を焦がしたアイツはしっかりと僕を見る。棍棒で二度地面を叩き土を抉ると、知っている中で一番の速度でこちらを目指し、その大きな足で地面を揺らした。


「そうだ……いいぞ! 来い! バケモノ!」


 僕は木が群生する場所に入る前にもう一度掛け声とともに火球を飛ばし、すぐに走ることだけに集中する。背後では爆発音と怒り狂った声が聞こえた。



 どこまで走ればいいのだろうか?

 身体は重く、限界が来ているのか休息を求めてあらゆる箇所が訴えるように鈍い痛みを生じさせていた。

 楽になりたい。けど、それはできない。

 また後ろで木々が倒れる音がする。魔物が進むのに邪魔な木を手に持つ棍棒でへし折っているのだろう。その作業のおかけで、スピードの落ちた僕でも何とかこうして捕まらずに逃げることができていた。

 アンジェたちは……もう学院に着いた頃だろうか?

 木々を避け、落ち葉を蹴飛ばしながら思う。

 僕がしっかりとアンジェに言葉を伝えなかったから、こんな事態になってしまった。彼女が昔の自分を嫌っていたのを知っていたのに、誤解ではあるがそれを聞くような真似をしてしまった。それが原因……こうなったのも全ては、僕の責任だ。


「……ッ!」


 突如不穏な気配を感じ、後ろを振り返る。すると僕の視界に、魔物が片足を上げ重心を下げている姿が映った。

 投擲だ。僕が今もなお逃げ続けている事実に我慢の限界がきたのか、地面を一際激しく揺らし、魔物はついに棍棒を投げた。

 空気を震わすほどの殺人的な回転をしながら、棍棒は邪魔なモノを次々と吹き飛ばし、こちらに迫った。


「う、うぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


 僕は死を避けるために全ての力を振り絞り、横に飛ぶ。

 それとほぼ同時に、耳が壊れそうな激しい音、身体が捻じ切れてしまいそうな暴風が僕を襲う。恐怖のあまり目を瞑った僕は、闇の世界で自分の身体が激しく何かにぶつかるのを感じた。

 痛い、怖い、痛い、辛い、痛い、痛い。

 涙が滲むほどの痛みを感じながら、身体はついに固い物に背中から激突し、ピタリと静止する。

 僕は激しく咳き込みながら、ゆっくりと目蓋を開け、現実を見た。


「なんだよ……これぇ……」


 土煙でぼやけた視界、だが今まで走ってきた場所――その周囲が一変したのをハッキリと理解できた。

 あの棍棒が通った場所にあった落ち葉は完全に無くなり、木もまた全て刈り取られた景色。台風が通り過ぎてもこんな酷いことにはならないだろう。


「グルァァァァァァァ!」

「ひぃっ!」


 魔物の遠吠えに、僕は情けない声を上げてしまう。今までと違いゆっくりとした足取りだが、確実に僕に近づいてくる揺れの震源。

 逃げるために身体を動かそうとするが、全く力が入らない。そこで僕は、こうなって初めて自分の肉体に視線を落とした。


「う、うわぁぁ……ッ!」


 纏っていた軽鎧はその機能を失い、複数の木の枝が身体の至る所に突き刺さり、服を赤く染め上げていた。

 僕は恐怖する。不思議と痛みを感じないことに、僕の視界の悪さが土煙だけが原因ではないと知ってしまったことに。

 揺れは止まり、霞んだ世界で、大きな影が見える。

 それは僕の前で止まり、腕を天高く上げていた。

 ああ、僕は死ぬのか……。

 身体が震えない代わりに心が震える。まだ死にたくないと、まだ生きていたいと泣き叫ぶ。だけど無情にも、世界はそれを許さないと、僕目がけてその大きな腕は振り下ろした。


「グ……ァァァ!」


 ――だが、僕は生きていた。

 来るはずの死は未だ訪れず、何故か突然魔物が倒れ、その揺れと途切れたヤツの声が聞こえたのだった。

 助かった。だけどついに、聴覚までおかしくなってしまったようだ。

 見えるモノが微かになってしまった視界。僕は何が起こったのかを知るために意識を目に集中させる。


「……と……えば、…………のか」


 人? もしかして、助けが来てくれたのか?

 僕は大きな影の近くで小さな影を見つける。それは人間と同じ大きさで、言葉を話しているようだった。


「……失……だ。………………てはここを……………まぁしかし…………」


 何を言っているんだ? 全然聞き取れない。

 ブツブツと言葉を漏らしている影、それは僕を見る(?)とこちらに近づいてきた。


「人…………しい…………やはり………………た。…………よう」


 ある範囲まで来ると、それがフードを深く被った黒いローブ姿の人であることがわかった。それは僕の元にやって来ると、屈んで顔を僕の目線に合わせる。そして、僕の胸にそっと触れた。


「いや、……ではないな。これは」


 浮かび上がる黒く眩い魔術陣。見たこともない色のソレは、謎の人物の手から僕を包むように広がり、複雑な模様が川の流れのように忙しく動いていた。

 言いようのない不安が僕を襲う。これを止めさせないといけないと直感がそう囁いていたが、身体は言うことを聞かず、成すがままとなった。


「試練だ」

「!? っくぁ……っ!!」


 男のような女のような中性的な声が耳にしっかりと届いた瞬間、僕の身体は産声を上げるように痛みを取り戻した。

 いっそ殺してほしいと懇願してしまうほどの激痛、僕は身を捩じり痛みを引き起こした原因であろう魔術陣から逃れようとするが、それは纏わり付いて決して離れない。


「あぁぁぁぁァァァァァァァァァァッ!!


 身体を反り、僕はありったけ叫んだ。世界が苦痛で赤くなる。視界は鮮明に、だけど血のように真っ赤で、音がハッキリと、だけど悲鳴が木霊し、僕は僕はボクはボクハボクハボクハボクハボクハ――


「ガルムゥゥゥゥゥゥゥゥ!」


 ソンナ時、僕ハ慣れ親しんだ声ヲ聞ク。ソノ声ヲ辿ルト、ソコニハ僕ノ大切な仲間ガイタ。


「どぅ、してぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 アンジェを背負ったケットが視界に映った。なんでどうしてこんな嘘だなんでなんでなんでなんで。

 僕たちの声に反応してしまったのか、倒れていた魔物は起き上がり、怒りを露にしながら、僕ではなく、ケットたちを見た。


「あはは、どうやら君はもう相手にされてないようだ」


 傍でアイツの声がする。何故笑っている? 何で僕の時のように助ケテクレナイ?


「どうする? このままじゃヤツに殺されてしまうぞ?」


 うるさい黙レ喋ルナ静かにシろ!

 僕は痛ミデ覆ワれタ身体ヲ無理矢理起コす。ソシて、近クの木ニ刺サッた剣ヲ引キ抜イタ。


「素晴らしい! もう動けるのか!」


 アイツの声ヲ無視し、僕ハ走る。痛クテ痛くて憎くて憎クテ仕方ナイけど、僕ハ精一杯走った。

 魔物がケットたちノ近くマデ来た。怯えた表情のケット、そして苦しそうなアンジェ。

 僕の仲間を苦シメル敵。魔物。敵。敵。敵!


「許さない許さない許さない許さないッ!」


 僕ノ心ガ憎シミデ満タサレル。ダケド、ソレハトテモ心地ヨク。身体ノ奥カラ湧キ上ガル大キナ『チカラ』ヲ感ジタ。

 跳躍。空ヲ飛ンデイルカノヨウニ高ク上ガッタ僕ノ身体ハ、ソノママ魔物ニ剣ガ届ク距離ニ到達シタ。


「死ネェェェェェェェェェェ!」


 振リ下ロシタ刃ハ魔物ノ身体ヲ引キ裂ク。赤イ世界ヲ黒イ血シブキガ埋メ尽クス。


「グアァァァァァァァァァァァッ!」

「アハハハハハハハハハハハハ!」


 僕ハ笑ウ。敵ノ断末魔ヲ聞イテ、僕ハ嗤ウ。ソシテ――


 よかった。間に合っ、た。


 斜めに裂けた魔物の身体の間からケットとアンジェの無事な姿が見えた。僕はそれを確認すると、そのまま意識を手放した。

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