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二話

「じゃあまたあとで」

「ええ」


 お互いに手を上げて僕はアンジェと別れる。寮は男女で分かれており、仮にどちらか一方が片方の寮に足を運べば、学院の厳しいルールによって処罰されるだろう。

 それはともかく、僕は男子寮に足を踏み入れた。学院と同じくレンガ造りで建てられたこの寮は、部屋も大きくとても住みやすい。僕の実家である木造のオンボロ家と違って、歩けば床が不気味に軋むことがないのもとても素晴らしかった。

 ……家族もここに住めればいいのになぁ。

 僕は故郷に残した家族のことを想った。仕送りをちょくちょくしているが、果たして生活はできているのだろうか?


「ガールムくん」

「うわぁ!」


 突然声をかけられ僕は思わす声を出してしまう。そんな僕を見て、ドアを少し開けてちょこんと顔を出している白髪の痩せた青年は、クスクスと笑った。


「また考えごとかい?」

「あ、え、はい……そうみたいですね」


 僕は周りを確認して気づく。どうやら既に部屋の前まで来ていたようだ。またやってしまったと、僕は自分の頭の黒髪を指で弄った。


「ハハッ、その様子だと午後は座学なんだろ? 早く入りなよ。その調子じゃ遅刻しちゃうよ?」

「遅刻……? もしかして結構時間が」

「うん、時計塔を見てごらんよ」


 彼がそう言って指差すほうを向く、学院のどこにいても見ることができる背が非常に高い時計塔、その針は無情にも授業がもうすぐ始まることを知らせていた。


「や、やばい!」


 僕は慌てて部屋に入ろうとする。それを予期していたのか、青年――同居人である三学年のアグルカ先輩はドアの前から姿を消していた。


「鎧とかは片付けておいてあげるから、適当に脱ぎ散らかしてていいよ」

「あ、ありがとうございます!」


 僕は先輩の言葉に甘えて鎧を脱ぎ落としながら、教材を自分のベッドに無造作に置いてあった鞄に詰め込む。


「この礼はどこかで!」

「いいよいいよ。だって同居人じゃないか。持ちつ持たれずだよ」


 完全に準備を終わらせ、僕は急いで部屋のドアを開ける。閉める時に、アグルカ先輩はいつの間にか湯気が立ち昇るカップを手に持ち、もう片方の手を僕に向けてヒラヒラと左右に振っていた。


「急げ……急げ……ッ!」


 寮は一部屋に原則二人で住み、最高学年の生徒が卒業して空いた枠に新入生を入れるため、基本同居人は学年がバラける。相当な理由が無ければ部屋替えは認められていないので、嫌な先輩に当たらないことを強く願ったのを覚えている。

 そのおかげかどうか分からないが、アグルカ先輩というとても優しい人が同居人になったため、僕の学院生活の不安の一つは解消されたのだった。

 ……それにしても、先輩はいつも部屋に居るような気がするけど、授業はちゃんと受けているのだろうか?

 この3ヶ月の間、部屋に戻ると決まって先輩と会う。さっきだって遅刻すると教えてくれたのはいいが、自分はどうなのだろう? もしかして、三学年になればそういう自由が与えられるのだろうか?

 考えれば考えるほど謎は深まる。そういえば、初めてアグルカ先輩がいるあの部屋を訪れた時、何故か近くにいた人にギョッとされたような気がするが、アレもなんだったんだろう?

 先輩に直接質問すれば解決する問題なのだが、それを聞いたらダメなような気がするのもまた、自分の心に少しばかりのわだかまりを残していた。


「……ッ! まずい!」


 遠くでチリンチリンとベルが鳴っている音がする。アレは授業の開始と終了を知らせるベルで、指定の時間になれば学院の用務の人が学院の中を歩きながら鳴らしていた。

 あのベルが鳴り止むまでに入らないと遅刻になってしまう!

 僕は目的地である部屋を視認したことで、全身に更に力を込める。

 間に合え間に合え間に合え間に合え……ッ!

 集中すればするほど周りの音が消え、不安を駆り立てられる。その不安を抱きながら僕はどんどん近づく、そして、ついに、ドアの前に来た。


「セ、セーフ……?」


 はぁはぁと呼吸を荒立てながらも、僕はそれとは逆に慎重にドアを開き中に入った。だが――


「ア・ウ・ト・よ!」


 身体に何とも言えない浮遊感を覚え、僕はどっと力を抜く。どうやら、僕の遅刻は確定のようだ。


「一応聞いておくけど、なんで私の授業を遅刻をしたのかしら?」


 パメラメル先生は僕に手のひらを向けている。その手の周りには光り輝く紋様が浮かんでおり、それが形を変えると僕の身体は自分の意思とは無関係にぷかぷかと空中を移動し、教壇の近くにいるパメラメル先生の所に連行された。

 微かであるが周りが小さく笑っているのを耳が捉え、とても恥ずかしい気持ちになる。チラッとケットとアンジェを探したが、ちゃんと二人は遅刻せずに座っており、ケットは顔を腕と机で隠して小刻みに揺れ、アンジェは僕をジト目で見ていた。


「ガルム君! 聞いているの!」

「は、はい!」


 僕は急いでパメラメル先生を見る。紫のローブを身に纏い、それと同じ色の大きな帽子を被っている先生。彼女の眼力は凄まじく、目が合った僕はぶるりと大きく身体が震えるのだった。


「すみません……えーっと」

「遅刻の理由」

「あ、はい……ちょっと考えごとをしていたら、こんな時間になっていました」

「考えごと? ……まぁ、その内容は聞かないことにするわ。じゃあガルム君、私の授業より大事なことを考えていたガルム君。問題よ。正解したら席に座っていいわ」


 不正解ならこのままの状態で授業を受けることになるのだろう。流石にそれは嫌なので、僕は先生の言葉を一文字一句聞き逃さないように気合いを入れた。


「……その態度は良し、ね。ではガルム君。貴方たちがこの学院に集められたのは魔力……世間的には神の憎しみやら呪いって言われているモノが一般の人より多いからなのは当然知っているわよね?」

「はい」

「よろしい。じゃあ問題よ。私が教えている魔術学とはなに?」


 その問題はこの授業の初回に行った説明であり、教科書の最初に記載されている内容でもあった。


「自分の中にある魔力、チカラの塊を己の望む形に変え、それを行使する学問です」


 それを口にした後、突然身体の浮遊感は消えて僕はそのまま自然の法則に従って落下し、盛大に床に尻もちをついた。


「うっ!」

「はいよろしい。じゃあ授業を始めるわよ。さぁ、早く席に座りなさい」

「は、はい……」


 光り輝く紋様――魔術陣を消して、パメラメル先生は教壇に置いてある本を開く。僕は頭の先にまで伝わった振動を無視してすぐに立ち上がり、アンジェの隣の空席を目指した。


「くひっ、やっちまったなぁ~」

「ケット、流石に笑いすぎ」


 アンジェのもう片方の席に座るケットに小声で文句を言いながら僕は席に座る。着席するのを見届けていたのか、同時にパメラメル先生の授業は始まったのだった。


「ガルム君に答えてもらったとおり、魔術学とは魔力を行使する学問。魔力とはただ身体能力を高めるだけじゃない、無限の可能性を秘めたチカラなのよ。みんなもそのことは決して忘れず勉学に励むように。では前回やった――」


「馬鹿ガルム」

「……おっしゃる通りです」


 先生にバレないような小声でアンジェは僕に話しかけてきた。


「あの理由って本当なの?」

「う、うん」

「……はぁ。そろそろ本気で直したほうがいいんじゃない?」

「僕もさっきからそう思ってた。だから今日ここで宣言するよ。すごく暇とかじゃない時以外は思考に没頭しないって」


 今日一日で何度もこの癖でやらかしてしまったため、僕は本当の本当に直そうと決心する。自分のためでもあるが今の生活は班行動なのだ。他の二人に迷惑がかかるのは大変よろしくない。


「それ、本当にできんの?」

「…………たぶん」


 正直、自信は無かった。


 それから授業は進み、終了を知らせるベルが廊下から聞こえる。今日の内容は前回の続きである魔術の使い方、魔力に形を与えるために必要な魔術陣についての勉強だった。基礎である魔術【ファイアボール】のどの部分を弄ればどのような変化が起こるかなどなど、教科書に記された内容の十倍は詳しい先生の説明は、何度も僕を夢の世界に招待した。


「ではここまで」


 パメラメル先生のその言葉で、教室にいた生徒たちは一斉に動き出した。それと同時にドカッと近くで音がし、「へぐわっ!」とケットが奇声を発する。


「な、なんだ……ッ?」


 さっきまで空で睡眠をしていたケットは慌てて周囲を確認する。僕とアンジェはその様子を見て同時に溜め息を吐くのだった。


「あのまま寝続けるとか、肝が据わってるわよね」

「流石に今日は起きておこうよ」

「お? おぉう」


 イマイチ理解していないのか、ケットは曖昧な返事をする。晒し上げられた僕のことをあんなに笑っていたくせにケットは授業の中頃で撃沈、パメラメル先生の手によって空に上げられるが、一度も起きることがなかったのだ。


「本当に頼むわよ……」

「――その通り、君たちには本当に呆れる」


 アンジェの言葉に便乗するように、どこからか男の声がする。僕たちはその方向を見ると、そこには腕を組んでニヒルに笑う金髪の少年が、後ろに数人を侍らせて立っていた。


「げっ、キザ野郎」


 意識がハッキリしたのか、ケットは露骨に嫌そうな顔して彼を見る。そんなケットの視線を全く気にせず、彼はぞろぞろと仲間を引き連れて近づいてきた。


「ああ、なんて可哀想なアンジェ嬢。このような足を引っ張ることしかできない屑共と一緒にいないといけないとは……わたくし、アレクサンドロスは悲しみと怒りで胸が今にもはち切れそうです」

「…………」

「アアン? 誰がクズだって?」


 大袈裟な身振りをするアレクサンドロス。やはりケットのことを完全に無視し、アンジェだけをただただ見つめていた。そのアンジェ本人は感情を殺したように無表情で彼を見ていた。


「ちょっとアンタ、アレクサンドロス様に失礼でしょ!」

「そーよそーよ!」

「うっせぇ! 魚のフンども!」

「ひっど~い!」

「なによ! 居眠りバカ!」

「アホ!」

「サル!」

「誰がサルだぁぁぁぁぁぁぁ!」


 その代わり彼の後ろにいた少女たちがケットを非難する。それにカチンときたのかケットは矛先を少女たちに向け、汚い言葉の飛ばしあいが始まった。


「あの時わたくしめが傍にいればこんなことには……一生の不覚でございます。ですが、ですが安心してください。二学年になればすぐにでも貴女をお救いします。何卒それまでのご辛抱を」

「……話はそれだけ?」

「いえ、あと一つ」


 そう言うと、彼は僕のほうを見る。その目はアンジェに向けるモノとは違い、とても冷ややかだった。


「アンジェ嬢の評価を下げるような行動は慎め。……では」


 彼は再度アンジェのほうを向き礼をする。そしてそそくさと離れていった。


「あ、待ってくださーい」


 ケットと言い争っていた少女たちはそんな彼を追う。ケットはその後ろ姿にチッと舌打ちをした。


「嫌な奴らだぜ」

「…………」

「えっと……アンジェ?」


 僕はおそるおそるアンジェを呼ぶ。彼女は下を向くとポツリと漏らした。


「ガルム、ケット。ごめんなさい」

「あ? なんでお前が謝るんだよ」

「そうだよ。アンジェは悪くない。僕たちが悪いんだからさ」

「え? いやいや、それも違うだろ。なんも悪いことしてねぇーよ」

「自覚ないの!?」


 僕は驚愕する。まさか、身に覚えがないとは思わなかった。

 班で行動する。それは魔物を倒すために必要な連携を鍛える学びの一環であり、班員一人のミスは班のミス、なので僕たち個人の評価は班全体の評価に直結していた。その評価はもちろん、進級にも関わる。


「いえ、今回は私が悪いわ。……こんな身分じゃなかったら、あんなのに絡まれることはなかったんだから」

「アンジェ……」

「遠くを選んだのに……やっぱりダメね」


 僕はそれ以上何も言えなかった。「とりあえずよ、もう出よーぜ」というケットの言葉に、僕たちは教室を離れる。

 残りの授業の間も僕たちの気分は重く、夕食までこの状態は続いた。

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