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一話

「これは立派な牙だ……よし、合格だ。アンジェ班は学院に戻っていいぞ」


 渡した斬り落とした魔物の牙を眺めながら、ディーン先生はうんうんと頷く。

 アンジェはその言葉を聞くと軽く会釈をする。そして、ケットと僕のほうに振り返るとゆっくりとした足取りで戻ってきた。

 顔に貼り付けた笑顔を怒りの形相に変えながら。


「……行くわよ」

「うぃっす」

「うん」


 アンジェがディーン先生のことを嫌っていることは周知の事実なので、僕たちは変なことを言わずただただ了承する。

 アンジェ曰く、自分を見る目がいやらしいらしく、無駄に鍛え上げられた筋肉と光り輝く頭が不快度を更に深めているらしい。

 そのことで昔ケットが『いや、あのオッサンは筋肉フェチなだけだろ。ジロジロ見られたくなかったら筋肉ゴリラを卒業しろよ』とケラケラ笑いながら発言し、空中で二回転したのは今でも鮮明に覚えている。


「……えーっと、ケット、アンジェ。さっきはありがとう。お礼に学院に戻ったら何か奢らせてよ」


 どんよりとした雰囲気を払拭しようと僕は話を切り出す。それを聞いたケットはぱぁっと顔を明るくさせた。


「うっし、じゃあ俺は肉な! すっげぇ分厚い肉!」

「アンタねぇ……遠慮ってもんを知りなさいよ。ガルムはアンタより仕送りを――」

「まぁまぁ。そこは、ね? 大丈夫だから」


 僕はアンジェの言葉に待ったをかける。そんな僕の行動に眉を八の字に変えるが、溜息を一回吐くと、元の表情に戻った。


「ガルムがそう言うなら……」

「おーい! ガルム―! アンジェ―! 早くしろよー!」


 遠くでぶんぶんと手を振るケット。アンジェと話しているうちに、いつの間にかあんなとこまで進んでいたようだ。


「あはは……」

「こんのぉ~……馬鹿ガルム!」


 アンジェはケット目がけて勢いよく突撃する。ここからじゃアンジェの顔を確認することはできない。だが、顔を青白くさせ慌てて逃げるケットの様子からいろいろ察することができた。

 僕はそんな二人のあとをゆっくり追いかける。目的地は知っている場所、僕たちの学び舎――アールスグレイ学院なのだから一人でも特に問題はない。道中でさっきの授業の課題で倒したような魔物が襲ってくる可能性はあるが、油断しなければそれも大丈夫なはずだ。


「魔物か……」


 僕が死ぬかもしれなかった原因を思い出し、静かに笑う。

 地元を離れ、この学院に入学してからもう3ヶ月になる。魔物の討伐、研究を行う学院であるここで、僕は未だに魔物を倒すことを躊躇していた。

 魔物とは、そもそもは僕たちと同じ存在。さっきの魔物でいえば、あれは昔は普通の猪だった。ああなったのは、他のモノよりも【呪われていた】だけ。そう思うと、僕は力を抜いてしまう。正直、殺したくはなかった。


『難しいことはわからねぇけどよぉ。魔物を殺さなきゃ俺たちがやられちまうぜ?』


 昔、村から出る時に幼馴染であるケットにそのことを話したことがある。至極当たり前な回答を貰ってしまい、あの頃の僕はそれ以上何も言えなかった。そう、確かに、ケットの言っていることは正しい。でも――


「……いや、よそう。これじゃあさっきとおんなじだ」


 注意しようと思っていたにも関わらず、また同じ過ちを繰り返してしまうところだった。

 僕は後方を見て他の班の人たちが遠くにチラチラいるのを確認したあとに空を見る。日の位置から考えると、そろそろ昼だ。お腹の時計もそれを知らせていた。

 少し急ごう。

 もしかすると二人はもう学院に着いたかもしれない。長く待たせるのもアレなので僕は足に力を入れた。



「美味かったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「うるさい!」


 学院にある食堂。あらゆる場所から人を集め教育をする学院は当然大きく、食堂もまた全学生の半分は許容できる規模だった。

 そんな場所で騒げば勿論注目を浴びる。二人の声に反応して周りで食事をしていた学生たちが一斉に僕らを見た。

 それに気づいたのか、アンジェは顔を赤らめて恥ずかしそうに身体を縮こませた。


「へっへっへ、お嬢様があんな大声を出すのはいけねぇなぁ~」


 周りのことを気にせず、ケットはお気楽にアンジェの反応を笑う。そんなケットをアンジェは恨めしそうに睨むが、それ以上は何もしなかった。

 僕もケットも詳しくは知らないがアンジェはどこかの国の貴族の娘のようだ。確かに、ブロンドの綺麗な髪や美しい碧い瞳を持つ者は僕の村ではいなかったし、身なりや食事の作法もしっかりしている。本当ならそのことを深く質問したいところだが、本人がその話をすると苦虫を噛み潰したような顔をするので、あのケットですら初見で空気を読んだのだった。

 まぁ、完全に読んだとはいえないけど。

 少しして周囲の視線が拡散し始めたのを肌で確認し、僕は口を開く。


「次の授業ってなんだっけ?」

「たしか魔術学じゃなかったか? あのババァの」

「あのババァって……。そんなことを言ってたら、またパメラメル先生に浮遊感を与えられちゃうよ?」

「居眠り晒し上げの刑……ぷぷっ」


 復活したのかアンジェは口を両手で押さえながら笑う。さっきのお返しとばかりに、小馬鹿にしたような態度だった。


「てめぇ~……」

「まぁまぁ、落ち着いて。とりあえず一回寮に戻って準備をしようよ」


 お腹の都合上、僕たちは武器や軽鎧を装備したまま食堂に足を運んだ。だが、昼以降は実戦形式の授業はなく、座学を受けるための教材も今は持っていない。そのため、自分の部屋に戻る必要があった。


「それもそうだな。うっし、じゃあ先に行くわ! 俺の部屋、ちょっと遠いし」

「うん、了解。また後で」

「うぃーっす。あ、そうそう、飯! ありがとよ!」


 席から立ち上がったケットは僕の肩をポンと叩くと、槍を担いでいつもの足取りで食堂を出て行ってしまった。


「じゃあ、僕たちも行こうか」

「そうね。……ガルム、私もご飯をその、ありがとう」

「こちらこそ、なんか遠慮させちゃってごめんね?」


 食堂のメニューにもランクはある。今日彼女が食べたランチは、普段食べるものに比べて大変安価な物だった。


「た、たまたまよ! さぁ、早く行きましょう!」


 アンジェはテーブルを叩いて立ち上がり、そそくさと食堂を出ようとする。そんなアンジェの様子にクスッと笑いながら、僕もまたその後に続いた。

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