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十五話

 『私』……僕は、貴族エレドロ家の四男としてこの世に生まれた。

 富、地位、容姿。努力せずとも多くの他の者が一生をかけても得ることが叶わないモノを僕は最初から持っていた。それに優越感を覚えるのは致し方なく、その結果、誇りと傲慢さを幼少期から積み重ねることになった。

 だからこそ、自分の欠点……それを突き付けらたことがあまりにも衝撃的で、自身の根幹を大きく揺るがされることになる。

 ――――僕は、魔力が極めて低かった。

 貴族とは建国者に仕えていた者たちの子孫、または何らかの大きな功績によって得られる地位だ。彼らは等しく何かに優れ、そしてそれと同様に魔力も高かった。そんな高みの世界で汚点が判明した僕は、一気にはみ出し者へと落ちることになる。

 落第した僕を、ショックを受けた僕を慰める者は周りにはいなかった。愛情を注いでくれた親ですら態度を一変させ、冷酷な表情で通う条件を満たしていない僕を無理矢理学院に入れさせたのだ。それは勿論世間体を気にした措置であり、後にバレても問題が無いようにできるだけ遠くの学院を選ぶといった徹底ぶりだった。

 両親が決めた施設、僕の幽閉所ともいえるアールスグレイ学院へと向かう馬車で、迷惑をかけるなという内容の父、母、兄達からの手紙を読んでいた時、これまで堪えていたというのに、ついに僕は涙を流した。涙とともに全てが流れ落ちそうな気がして、何とか止めようとするが止めることはできず、より一層零れ落ちる。何日もかけて目的地を目指す旅は、押し寄せてくる不安に耐える苦痛の道だった。

 そんな苦難を乗り越え、ついに到着した頃には自分の顔は驚くほど赤く腫れていた。流石に人々の前にこの姿を現すことは醜態を晒すことになると考えた僕は、適当な理由をでっちあげて入学式に出られないと学院に伝え、両親にそのことを手紙で報告した。この行動のせいでチャンスを一度逃すことになるとは、この時の僕は思いもしなかった。

 ともあれ、僕は回復したのを確認すると学院に通い始めた。自分の容姿のこともあってか難なく仲間を作ることができ、自分が貴族の出であることを匂わせる発言をしたことで、ごく自然に班のリーダーになることもできた。こちらの事情を考えることもせず、ただただ僕のご機嫌を取ろうとする仲間たちを見ていると、あの頃の自分が戻ってきたようでとても心地が良かった。そんな時、僕は彼女と出逢う。

 最初は自分の目を疑った。彼女は名門中の名門の娘であり、僕のような落ちこぼれではなく、貴族の間でもてはやされる程の才能の持ち主だった。そんな彼女が何故ここにいる? 僕の頭は混乱した。だがそれも、ある計画が頭に浮かんだ時、困惑は感謝へと変わった。

 彼女をモノにすれば僕の地位は確証される。それどころか、今以上の力を得ることだってできる。これは、神が僕に与えたチャンスだと、そう確信した。……だからこそ、宝石の輝きに誘われたチンケな二匹の虫が邪魔だった。

 二匹の虫、彼らは本当に害悪だった。彼女の評判を下げ続ける屑共。彼女の評価は僕に繋がる。僕の評価は彼女の評価なのだから、当然僕は彼らがしでかす度に激怒し、何度も注意をした。その時その時、僕は自分が入学式に出なかったことを本気で悔やみ続けた。そして時が過ぎ、ついに最悪の事態が起こった。

 彼女が、大怪我をした。それに僕は恐怖した。彼女に何かあれば僕は這い上がることができない。あの場所に戻ることができない。怖かった、本当に怖かった。だからこそ、すぐに僕は彼女の元に走った。その途中でヤツらがその怪我に関係しているのではと考えた時、怒りで我を失いそうになるが、それを何とか抑え、彼女のいる医務室の扉を開こうとした。

 そして聞いた。あの言葉を。

 その瞬間、僕では到底得られない強い繋がりを知ることになった。引き裂くことが叶わないモノを目の当たりにすることになった。僕はそれに耐えられなかった。今度こそ自分が、諦めきれなかった理想が、完全に崩れ去ろうとしていた。

 そんな壊れかけた僕に悪魔が声をかけたのはある意味当然だった。神に見捨てられた僕に手を差し伸べるのは天使ではなく悪魔、弱く儚いモノを騙し餌食にしようと画策する邪悪な者のみ。わかっていた。だけど僕は、自分勝手であるのは十分承知していたが、チャンスを奪った虫――『僕』のことがどうしても許せなかった。



「…………今のは」


 白でもなく赤でもない、いつもの世界に、僕は戻った。そして自然に下を向く。足元にいたはずの彼は、黒い影を地面に残して消え去っていた。

 記憶、あれはアレクサンドロスの記憶だったのだろう。ならば、彼がどんな想いで人生を生きていたのかを、彼の父でもなく母でもなく兄弟でもない赤の他人の僕が、この世で一番知っていることになる。

 その気持ち、それを理解した今、僕はよりヤツを許せなかった。

 立ち直るチャンスだってあったはずだ。違う道を進むチャンスもあったはずなんだ。だというのに、それらを完全に絶たせたのはやはりヤツだ。あれじゃあ選択のしようがないじゃないか!

 感情が荒れる。まるで自分のことのようにアレクサンドロスのことを庇ってしまう。こうなってしまったのも、先ほどの出来事が原因なのだろう。だがそれを、僕は特に気にせず受け止める。寧ろルシエルを殺す理由が増えたことを僕は喜んだ。そして――


「感覚が、ある」


 手を見る。失った右手、だがそこには『存在』していた。黒い、まるで闇に溶け込むような真っ黒な手が、失われたモノを補うように生えていたのだ。

 本物の僕の手は、剣を握ったままの状態で地面に落ちていた。ゆっくりと屈み、黒い手で剣をその手から取る。そして姿勢を戻し、力を込めて刃を振った。

 空気を切り裂く音、それと連動するように僕らの戦いに巻き込まれずにいた周辺の花々も揺れる。

 これは異常だ。

 だけど、それを利用する。利用し、自身が壊れてしまう前に自分の願いを、望みを叶える。


「……帰ろう」


 もうこの場所にいる意味はない。

 僕は学院へと戻る。大切な仲間の元へと。


 寮に戻った時、アグルカ先輩は部屋にはいなかった。どうやら僕を探してくれていたらしい。幸運にも全ての処理を済ました後に先輩は戻ってきた。

 だが、優しい先輩も流石に今回は許してくれず、夜遅くまで説教は続いた。

 疲労や眠気のせいで少しイラついたものの、その言葉は、その優しさが、今の僕にはとても有り難かった。

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