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十二話

「やぁ、遅かったね。また襲われて、医務室のお世話になったのかと思ったよ。いや、冗談なんだけどね」


 帰るのをギリギリまで粘り、僕は覚悟を決めて部屋に戻った。

 そんな僕をにこやかに出迎えるアグルカ先輩。そんな先輩に対して、真剣な面持ちで僕は口を開く。


「先輩は、どこまで知っているんですか?」


 あの時伝えることが叶わなかった言葉をもう一度僕は発する。そんな僕を見て、クスッと先輩は笑う。


「どこまで……か。ははっ、別に神様のように何でも知っているわけじゃないよ? ただ君たちより世界のことを知っているだけさ」

「世界のこと、ですか?」

「ああ、そうさ」


 自然に震える手をもう片方の手で止める。そして僕は一度深呼吸をして、続けた。


「じゃあ…………僕のことも知っているってことですか?」


 成りかけていることを、一番聞きたいことを、僕は先輩に質問した。


「…………」

「…………」

「…………え?」


 静寂。

 そして、ポカンとするアグルカ先輩。


「? どういうこと? ガルムくんは大切な同居人ではあるけど、そこまで僕は君のことを知らないよ? え、もしかして、大事とか大切なとか言ってるから、僕のこと同性愛者だと思ってた?」

「いや、あの……」

「違う、それは違うよガルムくん! 不安になっているようだから言うけど、部屋によくいるのは君がいない間に私物を漁るためでもないし、アレクなんちゃらくんに襲われた時もたまたま本を借りようと図書館に行こうとしていただけ、君を尾行していたわけじゃないよ!? 本当だ、信じてくれ!」


 手をワタワタさせて慌てて弁解しようとする先輩。僕はそれを見て、小さく笑った。

 …………よかった。僕の思い過ごしだったんだ。先輩には、バレてない。


「あ、いえ、それならいいんですけど」

「それ大丈夫? 本当に信じてる!?」

「はい、信じますよ」


 僕は先輩の会話に合わせる。違和感のないように、最初からそういう質問をしたかのように嘘をついた。


「……あー、よかった。こんな勘違いをされてたらこれからの同居生活に支障が出ていたよ」


 胸をなで下ろす先輩。安心したと、ホッとしたような顔をした先輩は、僕に手招きをする。


「立っているのもしんどいでしょ? そろそろこっちに来なよ」

「はい」


 僕はその言葉に従い、自分のベッドまで行くと、そこに腰かけた。

 アグルカ先輩はそのタイミングに合わせて、近くにあったコップを掴み僕に差し出す。湯気が立ち昇るそれを僕は受けると、何も言わず一口飲んだ。

 中身はホットミルクだった。口の中に甘さが広がる。


「美味しいです。ありがとうございます」

「うん、その様子だと蟠りも取っ払うことができたみたいだし…………そろそろ本題に入ろう。アレクなんちゃらくんのことだ」

「先輩、アレクサンドロスです」

「ああ、うん、それそれ。いやー、覚えにくいんだよね。彼の名前」


 参ったと髪を掻くアグルカ先輩。だがすぐに、表情を強張らせる。


「一応確認だけど、この件は誰にも言ってないよね?」

「はい、秘密ですから」

「ありがとう、助かるよ。これはとても繊細なことだからね。あまり公表しないほうがみんなのためでもあるんだ」

「みんなのため……」


 それは成りかける、つまり魔人になることを知らないほうがいいってことだろうか。


「じゃあ話すよ。彼が成りかけた理由は、正直わからない。先生方が彼を調べた感じだと、他の生徒と比べて何かが秀でた訳でもなく寧ろ……おっと、これ以上はよくないな。とりあえずだ、彼が成りかける可能性は極めて少なかったんだ。それは、わかってくれたかな?」

「はい、大丈夫です」

「よろしい。で、だ。原点に戻るけど、そもそも魔人になる原因ってなんだと思う?」

「原因、ですか……?」

「そう、原因だ」


 僕は考える。そしてすぐに、答えが思い浮かんだ。


「魔力、ですか?」


 僕たちが学院に来た理由、それは魔力が普通の人よりも多いからだ。

 魔物に対抗するための人材を育てるのが目的である学院。だが、魔人の話が本当ならば――


「半分正解。そして理解したようだね。そう、学院っていうのは、魔人になる可能性のある子どもを監視するための施設でもあるんだ」

「監視……」

「そう、監視だ。危険な存在を各地で抱え込むよりかは、一つの場所でまとめて管理したほうがいいだろ? 言い方は悪いけどさ」

「…………そうですね」


 監視、僕はその言葉を聞いて心臓を鷲掴みされたような気分になった。


「この世界は呪われている。神様の憎しみは世界中に広がり、それを浴びた僕たちや他の生物にある変化を起こした。有名な御伽噺さ。知ってるだろ?」

「はい」

「誰よりも深い神様の憎しみによって生物たちは暴走し、味方も含めて他の生物たちを襲い始めたんだ。だからこそ、今まで争いをしていた種族は手を取り合いそれを打倒し、世界は平和になった。めでたしめでたし、ってね」


 アグルカ先輩は天井に視線を向け、その顔を手で隠した。


「でも、実際の世界は他の種族とは不干渉で、魔物も未だ蔓延っているし、僕たちは魔力という火薬庫を抱えている。御伽噺的に言えば、世界はまだ呪われたままなのさ。今もね」

「アグルカ先輩……」

「ああ、ごめん。少し脱線したようだね。ガルムくんに魔力が半分正解って言ったのはアレなんだ。さっき魔力を火薬庫、まぁ火薬って例えただろ? その延長で、それを起爆させるには火が必要なんだ。魔人化するにはね」

「火……ですか?」

「そうさ。で、その火というのが――――」


 手をどけ、顔をまた僕に向ける先輩。その表情は真剣で、僕はごくりと喉を動かした。


「わからないんだ」

「…………え?」

「彼が成りかけた理由の時も言ったけど、わからないんだな、これが」


 アグルカ先輩は苦笑いをする。


「魔物はね、まぁ大体はわかっているんだけど、人間だとどうも違うらしくてね。だから彼が必要だったのさ」

「……だから捕らえようと」

「ああ、魔人自体が希少なのに成りかけだからね。死んでいたとしても多額の褒賞金を貰えるだろうし、もし生きたまま国の研究者に引き渡せばそれ以上手に入れることができるわけさ。おっと、怖い顔をしているから弁解しておくね?」


 先輩は僕を宥めるように両手を前に出す。ベッドから腰を上げていた僕はそっと元の場所に座りなおした。


「魔物に成りかけた生物は魔物同様元には戻らなかった。でも、魔人に成りかけた人間が元に戻らないかといえば、それは未知だ。研究が進んでいないからね。なら、万が一の可能性にかけてそれを専門に研究している人たちに生きたまま引き渡すことが、彼を救う一番の方法だと思わないかい? お金目的であることも否定しないけど、僕は一応彼のことも考えたんだ」

「…………その、すみません」

「いや、いいんだ。僕も言葉が悪かった」


 僕はホットミルクの水面に映る自分自身を見た。

 元には戻らない……? なら僕も、いずれは魔物……いや、魔人になってしまうのだろうか……?

 大切な仲間を僕が殺す、それを考えるだけで喉が熱くなるのを感じ、残ったホットミルクを一気に飲んだ。


「なんにせよ、これで僕の話は終わりだ。この件は先生方が国に連絡しているから、すぐに専門部隊が学院に来るだろうし、彼のことも直に解決するだろうね。それまでの短い間は、一人でノコノコどこかに行っちゃいけないよ? 彼の思う壺だから」

「あ」


 僕はその言葉であることに気づき、勢いよく立ち上がる。


「んぁ! どうしたんだガ――」

「すみません、行かなくちゃ」

「え、ちょっと!」


 先輩の言葉を無視して僕は剣を持って部屋から飛び出す。寮から出た僕は星々に照らされた薄暗い道を駆け、学院に向かった。

 僕を恨んでいるが周りには邪魔がいる。成りかけで知能が残っているのなら人質を取る可能性がある。その場合、一番狙いやすい相手は――――

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