十一話
これはどういうこと、なんだ……?
うるさいくらいに胸の鼓動が高鳴る。激しい運動をしたかのように頬を伝う大量の汗。
僕は、知っている。レイピアに起こった変化を、僕は『知っていた』。
「まぁ、みんな薄々分かっていると思うけど、僕たちだって魔物になるんだよね。魔人、っていったほうが正しいんだけど」
アグルカ先輩はレイピアの元に歩いていく。それをただただ僕は見つめる。
「さっきのは成りかけって感じかな? まだ理性が残っている状態。ほら、魔術かなんかで正体を隠していただろ? 自分の人生を壊したくなかったんだろうね」
先輩は屈んでレイピアを掴むとその柄を見る。
「それもこれで台無しなんだけどさ。エレドロ・アレクサンドロス。よりによって貴族かぁ……これは面倒なことになるなぁ」
「アレク……サンドロス?」
僕はその名前を知っている。アンジェの過去を知っているあの金髪の少年、僕たちと同じ学年の彼を。
「ん? その様子だとやはり知り合いみたいだね。ガルムくんをやたら狙っていたし。なんかやったの? 彼に」
「え、いや……特には」
やられた覚えはあるが彼自身に何かをおこなった記憶は僕にはなかった。
「ふーん……まぁ、いいや。一応これは秘密の話だからみんなには内緒にしててね? あと、これからは剣をいつも持ち歩いていたほうがいいよ。また襲ってくるかもしれないし。それと――」
先輩はいつもの笑顔を浮かべて僕を見る。
「汗、すごいよ?」
僕はそれに恐怖を覚える。全てを見透かされているような言いようのない不安感に、僕は口が急速に乾くのを感じた。
「せ、先輩はどこ――」
「先生を呼んできましたー!」
トニーの声が僕の言葉を遮る。声がした方向を見ると、ケットとトニー、そして数名の先生がこちらに走ってくるのがわかった。
先輩はそれに大きく手を振っている。
「ありがとうー! じゃあガルムくん、あと君の友達ももう行っていいよ。ここは僕が先生方に説明しておくから」
「え、あ、はい……ありがとうございます」
「いいよいいよ。じゃあ、またあとでね」
「……はい」
僕は先輩に礼をして近くまできた二人に声をかける。
「じゃあ、行こうか」
「え、説明はしなくてもいいのか? ……って、あの魔物はどこに行っちまったんだ!?」
「うん、まぁ……色々あったんだよ。あとは、先輩がしてくれるから」
汗を腕で拭いながら、もう一度先輩のほうを見る。アグルカ先輩は先生たちにレイピアを見せながら何かを話していた。
「……そっか。よし、じゃあ俺の槍を回収したら飯を食いに行くか! 余分に運動したせいで余計腹が減っちまったぜ」
「だよね。僕ももう腹ペコだよ」
ケットの発言にトニーは笑いながらお腹をさする。
僕はそんな二人の様子を眺めながら、この一連の出来事を思い返す。
成りかけ、黒いレイピア、そして僕を助けた先輩……こんな場所で先輩にあったのは、本当に偶然なのだろうか?
自分の手を見る。いつもと変わらない手、人間の手だ。
僕は…………『成りかけて』、いる……?
何度も僕を救い、先ほどの戦闘でも頼ろうとした『チカラ』、自分の中に存在するその『チカラ』に、僕は言いようのない不安を覚えた。
そして、アレクサンドロス。彼が突然ああなってしまったのも、僕と同じなのかもしれない。
「……アイツが」
黒いローブ姿のあの人物。全ての原因にヤツがいるような気がした。
そのあとの夕食を、僕はあまり覚えていない。
私ハ逃げた。逃げ続ケタ。何ニ? 何で逃ゲテイル? わかラナイ。ワカらないイ。
「私は……私ハ……ワタシは……」
途中から記憶ガ途切レ、自分が一体何をシテイタのか理解でキなイ。私は……なにをやろうとしていた?
思い出す。思い出そうと努力をする。そして、一つだけ、ガルム、私はヤツになにかをしようとした。超えるためニ、彼女に認めてもらうタメニ、私は、私は……。
「ウオォォォォォォォォォォッ!」
ヤツを考エタ瞬間、私のワタシが溢レ出ス。ソレヲ解放スルヨウニ私ハ叫ンダ。
ソウダ。ドウデモイイ。ヤツを殺セレバソレデイイ。憎い、憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ!
タダ一つの感情ガ私ヲ支配した。