九話
午後の授業を終え、夕食まで時間が空いた僕は一人で図書館に向かった。目的はあの黒い魔術陣を調べるためであり、本来なら魔術に詳しい例の先生に聞くのが最適解なのであるが……。
歩きながら鞄の中から授業に使っている教科書を取り出し、ペラペラとページを捲り流し読みをする。
これを書いたのはパメラメル先生本人だ。これ以上の知識を先生が持っているのはわかっているけど、魔術陣の色なんて基本中の基本のはず。だというのに、黒色なんていう魔術陣の特徴は一切記載されていないのだ。それなのに『色が黒い魔術陣をご存知ですか?』なんて質問でもしたら、『私の授業をちゃんと受けてるの?』と怒られてしまうのは間違いないだろう。
両手で本をパンと勢いよく閉じ、僕はまた鞄に戻す。
先生に尋ねるのがダメならば、あとは自分で探し出すしかない。そう考え、僕は図書館にやってきた。
「ここが図書館か……」
男子寮や女子寮と同じく学院本体から少し離れた場所にある図書館。あるというのは知っていたが、これまで一度も訪れたことはなかった。
僕は重厚な扉をゆっくり開け、中に入る。すると、無数の本棚にぎっしりと本が入った世界が広がった。
……まぁ、図書館だし当たり前か。
僕は開けたのと同じく音をできるだけ立てないように扉を閉める。そして中を歩き始めた。
意外に人はいるんだな。
設置された椅子に座って本を読んだり、それを参考にして何かを書いている生徒たちを発見する。今のところどの座学も教科書さえあれば事足りる状況だが、いずれ僕もここに籠もる必要ができてくるのだろう。
そんなことより……。
僕は視線を上げ、本棚の上に立てられた案内を確認しながら歩く。
宗教、教育……そして、魔術。あった、この辺りだ!
学院が魔力の高い子どもを教育する場所であるためか、魔術に関連した書物は多く、まだ調べてもいないのに中止しようかなと思うくらいには、関連本がズラッと並んでいた。
…………とりあえず、始めよう。
気持ちが完全に萎えてしまう前に、僕は作業に取りかかった。
「……はぁ」
僕は大きく溜め息を吐いた。日が青から橙に変わっても結局見つからず、僕は胃袋の警告音に従って探すのを中断した。
それらしい題名の本を手当たり次第読んでみたが、求めている内容は記載されておらず成果はゼロ。僕はまだまだ置いてある未読の魔術関連の本群を見て、もう一度溜め息を吐く。
とりあえず、ご飯だ。
お腹を押さえながら僕は図書館を出た。
「お~い」
「ガルムさ~ん」
扉を閉じて学院のほうを向いた時、ケットとトニーがこちらに来るのがわかった。トニーがやたら手を振っているので、苦笑しながら僕はそれに手を上げて反応する。
「えっと、どうしたの二人とも?」
「いや、そろそろ夕食かなって思ってよ。呼びに来たんだ」
「はい! 一緒に食べましょう!」
誘いに来てくれたのか。
それに僕は自然と笑顔になる。
「ありがとう。じゃあ、行こうか」
「おう」
「はい!」
僕たちは学院に向かって歩き出した。
「そういえば、なんで突然図書館なんて行ったんだ? 授業とかでなんか言われたっけ?」
「いや、ただちょっと個人的に調べたいことがあって……まぁ、見つからなかったんだけどね、本もほら、凄く多いし」
一つの建物に本がギッシリと入っているのだ。分類されているとはいえ、その量は数時間で、まして一人で処理し切れるものではなかった。
「ガルムさん。それなら次行く時は僕も手伝いますよ!」
「ああ、俺も手伝うぜ。あの一件のせいで依頼を今は受けれねぇからな。カネの節約を考えたら自主練くらいしかやることがねぇし」
そう言って槍を僕に見せるケット。
なるほど、だから武器を持っていたのか。
練習相手になっていたのか、トニーもまた腰に剣を差していた。
「二人ともありがとう。……じゃあ、今度行く時は頼もうかな」
自分の探しているモノを知ったらどう思うだろうか、と一瞬考えたが、ケットとトニーなら問題ないだろうと僕はお願いすることにした。
「任せてください!」
「おう。……で、ガルムは何を探してるんだ?」
「ああ、それは――――」
突然の悪寒に、僕は立ち止まり周りを見る。
なんだ今のは……全身を撫でるようなあの不快な感覚は…………。
「? どうしたんだ?」
「ガルムさん?」
二人は感じなかったのか急に止まった僕を見てポカンとしている。
気のせい……なのか……?
念入りに調べたが特に何かがいるわけでもなく、周辺は記憶している風景と何一つ異なってなかった。
「ごめん、気のせいだったみたい。……ん、どうしたの?」
視線を戻した時、二人は訝しげにジッと上のほうを見ていた。僕もまたその視線の先を追うように振り返る。すると、図書館の上にいるソレを発見した。
屋根に立ったソレは、まだ外が明るさを失っていないというのに夜のように真っ黒な霧で覆われており、そこから覗くソレの目を見た時、あの感覚が再び甦るのだった。
「ま、魔物だ!」
トニーが叫んだ瞬間、ソレは僕たちを目指して跳んだ。