始まりは突然に
誤字脱字等あるかと思います。
こんな作品に目を通して頂けると幸いです。
俺の名前は嶺岡遊太。どこにでもいる、ごく普通の青年だと思う。
年齢は18歳。高校を卒業したのち、中小企業のサラリーマンとして働いている新入社員だ。いや、だったと言う方が正しいのかもしれない。というのも、現在俺はとんでもないことになっているのだから。
それでは、現在の俺の状況を説明しよう。
真っ白な空間でFly awayしている。
以上だ。『異常だ』と言っても間違いではないな、うん。
いや、別に俺の頭がどうかしているわけでも、夢を見ているというわけでもないんだ。俺がおかしいんじゃない、世界がおかしくなってしまったのだ。というとなんか俺がおかしい人のように聴こえるので世界は理不尽である。
それはさて置き、実際にはFlyというのはあまり適切な言葉ではないのかもしれない。当たり前のことだが、人類には翼がないのだから。真っ白な空間を真っ逆さまに落ちている、それが今の俺の状況だった。
そして、この場所には俺以外にも人がいた。顔の造形からして日本人だろう。俺が冷静にこんなことを考えていられるのも、同じ境遇の人間が他にいたことの安堵からなのかもしれない。
まぁ、俺は良くも悪くもどこにでもいる一般ピーポーな凡人だ。どこかの社長のようにカリスマ性があるわけでもなく、どこかの裁判官のように決断力や判断力が優れているわけでもない。普通の顔立ちに普通の体格、集団に紛れれば見つけるのが困難なくらいの普通さ加減なのが俺なのである。とまぁ、俺の話はとりあえず置いておこう。
他の人達は、一様にパニック状態になっている。一人が取り乱せばそれが伝染するように、ほとんどの人間が叫んだりジタバタしたりと忙しなく動いている。
俺のように逆に冷静になれるのは、ほんの一部のようだ。
…すまん、嘘吐いた。実は俺も内心チョー慌ててる。むしろ泣きそうなくらいだ。人目があるからなんとか我慢しているものの、そうじゃなければとっくに叫んでいることだろう。
この真っ白な空間にいるのは、俺を含めて30人程度だ。これがドッキリだとしたら、随分と大掛かりなものである。
最初は夢かと思ったが、それにしては全ての感覚がリアル過ぎる気がした。それに、名前も顔も知らない人達が夢の中に出てくるなんてあるのだろうか?俺はそんな経験がないから分からないのだが、どうも夢と片付けるには無理があると思う。
この状況だけではなんとも言えないので、とりあえず『現実っぽい何か』との結論を出す。
その時だ。
同じように真っ逆さまに落ちていた人間の一人が、音も立てずに忽然と姿を消したのは。
「…………はっ?」
わけが分からない。目の前で起こった現象についての処理が追い付かない。頭の中をぐるぐると回るような感覚が走る。その時俺は初めて、自分が恐怖しているのだと気が付いた。
次々に人間がいなくなっていく。比喩ではなく、文字通り人間が『消えていく』。唐突に、前触れもなく、痕跡すらも残さずに、一瞬で。
次は自分の番なのだろうか。動悸が激しくなった。息をするのも辛くなった。足が震え、手が震え、歯がガチガチと恐怖を表すかのような音色を響かせる。
怖い、怖い、分からない。知らないことは恐怖だ。どうしようもない負の感情が、俺の内側を蝕んでいく。
一人、また一人。気が付けば、自分以外の人間は全員消え去っていた。
とうとう俺の番か。
突然のこと過ぎて、現実味がまるでなかった。
だが、いくつかの後悔と悲壮感が俺の中を突き抜ける。
まだあのゲームが終わっていない。まだあのラノベの最終巻が発売されていない。まだ買いたかった車を買っていない。まだ彼女ができたことすらない。
やり残したことが、一気に俺の頭の中を巡り出す。
へぇ…。人間、最期には走馬灯とやらが見えると聴いたことがあるけど、あながち間違いでもないのかな。
状況についていかない頭でそう思いながら、俺の意識は闇に閉ざされた。
…眩しい。俺の顔を光りが照りつける。
…気持ちいい。俺の頬を優しい風が撫でていく。
……………………………。
「……はい?」
目が覚めた。なんか急激に、目が覚めた。
おかしい、俺は真っ白な空間で消えたはずだ。人生の終点で見える走馬灯らしきものも見たはずだ。というか天国にいるはずのお爺ちゃんとか見えちゃってた。俺に向かっていい笑顔でめっちゃ手振ってた。
俺はゆっくりと体を起こす。
特別、体に異常はないようだ。これといった脱力感などもなく、いたって健康そのものである。
体を起こした時に気付いたのだが、手を置いた場所が何やら柔らかかった。時々チクチクもする。
俺はこの物体を知っている。
怖い。まわりを見るのが怖い。このまま現実逃避しちゃおうかしらと真剣に考えるほど怖い。
というか、現実なのかは分からないが。
でもまぁ、このままでいるのも限界があるか…。
諦めて目を開けることにする。
すると、俺の視界に飛び込んできたのは───
木。どこもかしこも、木。つーか森だった。
「…………は……なん…………え?………いや、意味分か………………」
上手く呂律がまわらない。頭もまったく回らない。にも拘わらず、五感は正確に周囲の状況を脳ミソに届けようとする。
目が木々を鮮明に写し、耳が生命の息吹きを捉え、鼻と舌が草木と土の匂いを届け、全身が柔らかな自然の形を感じている。時間が経てば経つほどに、その情報はより明確に脳へと届けられていく。
そこはまるで幻想のように美しくて、静かで、安らぐ香りがして、居心地が良くて。それは、あぁ、まるで──。
……なるほど、ここが噂の天国ってやつだったのか…。
「───じゃねぇよバカ!何だよここ!?え、なに、遂に俺の頭の中バグっちゃったの!?」
ふぉぉぉぉぉおおお!!と、頭を抱えて叫ぶ。なんか急に目が覚めた感じがした。いや、実は覚めてないのかもしれない。むしろそっちの方が何倍も良いことだろう。
正気に戻った瞬間叫んでしまったが、それは誰も責められないだろう。というか、叫ばずにはいられない。頭が、この状況を理解するのを拒否しているみたいだ。
「なんだよ、どこだよここ!俺はピクニックに来た覚えなんてねーぞこん畜生!!つーかピクニック嫌いだわバカ!」
ハァ…ハァ…。叫び過ぎて息が切れた。
もう、こうなったらこの状況を認めるしかないだろう。本当は全力で否定したい気持ちでいっぱいだ。
どうやら俺は、森にいるらしい。どこの森かなんてのは分かるわけがない。植物博士とかだったら、草木の種類とかで大まかな地方が推測できるだろうが、生憎俺は植物に興味はない。
むしろ植物のあるところには虫がいるので、どちらかというと好きではない部類に入る。花はわりと好きだけど。
さて、下らない思案は置いといて、真面目に今の状況を把握していこう。
今俺の置かれている状況、それは───
ゲームが終わって寝た。
起きたら真っ白空間紐無しバンジー。
森なう。
…どうしろと。わけが分からないよ。この謎が解けるのなら、たぶんそいつは東の名探偵を越える逸材だろう。
無い知恵を振り絞ってみるが、俺は東の名探偵でもなければ西の名探偵でもないので、一向に推理ができない。
唯一考えられるのは…。
「異世界…転移…ってやつか?」
このシチュエーションで思い当たるのは、このぐらいしかない。俺が中高生の頃…いや、今もだが、頻繁に妄想を繰り返していたファンタジーの話だ。
突然呼び出されて、勇者やら英雄やらとよいしょされ、その凄まじいほどのチート能力で敵をバッタバッタ倒していくという、なんともロマン溢れる物語。やはりこの物語に共感する人が多いのか、最近では様々なシチュエーションでの異世界モノ小説が増えてきている。
でも、それは所詮空想上のお話に過ぎない。そもそも、異世界なんてものがあるのかどうかも完璧には分かってない。確かに可能性がゼロだということは言えないのだろうが、それでも『まぁ、あり得んだろう』と一蹴してしまうほどには現実味がない話なのだ。
そんなことがリアルに起こっているかもしれない。まぁ、到底信じられることではないが、それくらいしか考えられることがないというのも事実だった。