去りゆくものたち
――数日後
体調が回復したジンは、再び戦場にいた。
低重力、そして希薄な大気。
まるで火星を思わせる環境である。
飛行形態のサーヴィングを駆り、敵を探す。
「レーダーに反応あり。……デカいな」
前方に現れた巨大な反応。それは数キロもの大きがあると推定された。
「……あれか。機動要塞ヴォルガント」
空中に浮かぶ銀灰色の巨塊。
八角形をした板状の浮遊要塞だ。
その上面の中央には赤く光る発光体があり、それを囲むように8基の大型砲台が備わっている。おそらくは下面も同様の構造なのだろう。それ以外にも無数の小型砲が宙を睨んでいた。そして各部にあるハッチらしき構造物は、艦載機の射出口か。
(全高二十数メートルのサーヴィングから馬鹿でかい機動要塞まで、統一感のないコレクションだな。いや……地球人の尺度でものを考えちゃいかんか。にしても……兵器の形に正解はないのかもしれんな)
心中でぼやく。
「……さて、どうくる?」
ぼやきながらも射撃管制装置を呼び出し、スタンバイ。
そして機体上部に装備された砲門が開く。徹甲粒子砲である。超高エネルギー状態の重金属粒子を準光速で射出するビーム砲だ。高エネルギーであるために、敵兵器の防御スクリーンによる射線の歪曲を抑えることが出来る。欠点は、高出力故に連射が効かない事だ。
直後、ヴォルガントは各部ハッチを開き、正八面体型の小型機――といってもサーヴィングよりも巨大ではあるが――を十数機発進させた。同時にその上下各8箇所ある砲門からの射撃が始まる。
「……行くぜ!」
回避運動をするサーヴィングの砲門から、青白く光る微かな光の軌跡が放たれた。
それは空を斬り裂きヴォルガントの側面を撃つ。
「効果あり、か」
ヴォルガントの側面には小さな穴が穿たれている。そしてそこから立ち上る細い煙。
「よし」
すぐさま人型へと変形。プラズマ刃を発現させたストライクランサーを構え、突撃を敢行する。
「喰らえ!」
すれ違いざまに小型機をプラズマ刃で一機両断。そして前方に向けたランサーの先端から、まとっていたプラズマ刃を射出する。
それは光の矢となって砲門の一基に命中、爆発を起こした。
しかし他の砲門からの猛烈な対空砲火の弾幕がサーヴィングを襲う。
「クッ!」
いかに運動性能の高いサーヴィングとはいえ、流石に全部かわしきることは不可能だ。かわしきれない弾は、防御スクリーンとシールドで防御。しかし数発は喰らってしまう。
「ダメージは……それほどでもないか。だが、喰らいすぎるとヤバいな。なら……」
すぐさま機体のメインコンピュータとジンの脳内ナノマシンとを完全にリンクさせる。
そして、
「スクランブル・ブーストモード!」
淡い光を帯び、サーヴィングは加速していく。
今まで以上の強烈な加速。そして鋭角的なターン。生身であれば耐えられないGがジンを襲う。しかし、今は半ば生体金属が浸透した肉体だ。致死量のGにも易々と耐えた。
そしてヴォルガント上面へ到達。
先刻破壊した砲門へと向かう。
破壊された砲門は一旦機体内へと引き込まれ、内部で新たな砲と交換、リフトアップされている最中であった。
すかさずまたランサーで砲を破壊、砲の架台を蹴り砕くと、その内部へと飛び込んだ。
その中には巨大な空間があった。
予備の砲や先刻の小型機が並べられている。
そして前方からの反応。
「……来たか!」
やって来たのは、多数の黒い球体。
それらはビームを放ちつつ、こちらへと殺到してくる。
すぐさまサーヴィングも回避行動をとりつつ応射。
ランサーに装備された小型ビームガンと頭部レーザー、バスターシールドに装備されたレーザーガン、そしてバックパックなどに装備されたビームカノン、そして小型ミサイルを斉射する。
広大な格納庫は、炎と爆音に満たされた。
――同刻
探査船ノクトフィリアは、半生物兵器である異生艦イレアと対峙していた。
それは、全長400メートルにも達する巨大なホヤのごとき、グロテスクな物体であった。
突如、その一部が裂けて幾つもの触手が飛び出す。そしてその先端から熱線が放たれた。
頭脳体フィリアは防御スクリーンを展開させ、その熱線を防御。
すかさず船首に装備された砲で反撃を開始する。
それはおきまりのルーチーン。数千年繰り返されてきた様式。
各々の兵器の性能がほぼ拮抗し、メンバーが固定されているが故にお互いがお互いの性能や戦術を把握しきっており、その為マンネリ状態で戦闘が続けられてきたのだ。
だが……
「!」
ビームが命中し、“ホヤ”の表皮の一部が裂けると、そこから光が溢れた。
「……まさか!」
表皮の下には、機械とも生物組織ともつかぬモノが不気味に蠢いている。しかしその奥にあったモノは……
「まさか、エズマゼズ⁉︎」
輝く結晶体。それが、イレアの内部に埋め込まれている。
そして、変化が起きた。
その外皮は虹色の輝きを帯びた結晶体へと変化していた。
「……まさか、エズマゼズがイレアに取り込まれた⁉︎」
すかさず低出力レーザーによる砲撃。
しかしその射線はイレアの結晶体内で反射し、ノクトフィリアの船殻に深い穴を穿った。
「……! 反射だけではなく、強化までされている!?」
能面の様な整った顔に、微かな焦りが見える。
イレアと強化前のエズマゼズの戦闘力は熟知している。だが、この新たな能力は……
船内のコンピュータとリンクし、その新たな戦闘力を計算する。
が、その時、
「これは……」
レーダーに新たな影が現れた。
「エズマゼズ⁉︎」
(イレアに取り込まれていたのではなく、操っていたのか!?)
愕然とするフィリア。
そしてその目前に、落下したモノが一つ。
「……結晶体?」
(いや……違う! これは……)
「ギガゲルク!?」
レゾリニアの機動兵器。それが、半ば結晶体に覆われた姿で転がっている。
ギガゲルグがエズマゼズの遅れを取ることなど、ここ二千年ほとんどなかったことだ。それがこうして転がされている……
『ガガ……』
怒りがこもった呻き。その闘志は死んではいない。
すかさずフィリア爆雷を投下し、結晶体の破壊を試みた。
機雷の爆発は、結晶体にヒビを入れた。しかし、それだけだ。いや……
『ガアッ!』
ギガゲルグの咆哮。その恐るべきパワーで内側から結晶体を破壊、拘束を逃れた。
そしてすぐさま機体の一部を分離、変形させて再装着する。
ホバータンクから鳥を思わせる高速飛行形態へと機体を組み替えたのだ。
そして空中でプラズマ砲を連射。
ノクトフィリアもそれに続いた……。
――ヴォルガント格納庫
サーヴィングは次々に襲い来る敵の球体を斬り捨て、撃ち抜き、蹴り飛ばしつつ奥へと進んでいた。
機体中央に存在するであろうエネルギーコアを破壊すれば、ヴォルガントは倒せるはずだ。
しかし、サーヴィングも相当のダメージを受けている。
「コアを破壊するのが先か、俺が倒れるのが先か……」
独語し、新たに現れた球体群を見据えた。
その直後、
「!」
爆発音。そして振動。
(何だ!? ヴォルガントが別の敵から攻撃を受けてるのか? 一緒にやられちまうなんて、冗談じゃないぜ)
すぐさまレーダーで、万一の際の脱出路を探しておく。
「ふむ。このすぐ先に小型機の射出口があるか」
視線を巡らす。
「あれか。……!」
その時、射出口のハッチが内側へ吹き飛んだ。
(敵の攻撃が命中したのか?)
そう思う間もなく、開口部から次々にビームが撃ち込まれる。
「クソッ! このままじゃ巻き添えだな」
しかし、気がつけば敵球体の攻撃がまばらになっている。
「今だ!」
壁をプラズマ刃で切り裂き、更に奥の区画へと侵入した。
「……いけるな!」
現れた通路を走り、更に奥を目指す。
気がつけば、敵の抵抗がほとんどなくなっている。外部の敵との二正面戦闘を余儀なくされたためか。
(チャンスだ)
そして分厚い壁を切り抜き、蹴り倒した先にあったのは……
ひときわ広大な空間。そしてその中央にそそり立つ柱。それは床と天井から伸びており、その中間地点で両者はわずかな隙間を開けて近接していた。そして、その間には、輝く球体がある。
それは、ルグガレ……の内部にあったモノと似ている。
「こいつがエネルギーコアか」
ランサーを構え……
直後、エネルギーコアやその周囲から、光線がサーヴィングに向かって放たれた。
「チッ! そう簡単にやらせてくれる訳ないよな」
すかさず回避運動に入りつつ、その隙を狙う。だが、なかなか攻撃のタイミングを見出せない。
と、
「何だ!?」
天井付近で爆発が起きた。
回避運動をしつつも見上げた先。
直径200メートル程と、大きく口を開けた天井の穴の上空に、見知った姿があった。
「……ヴェレント!」
その姿は、触手やスパイクを増やすなど、先日よりもさらに凶悪な姿へと変貌している。
(……他人を外見で判断するのはアレだが、いくら何でもヒドい姿だな。まぁ、美的感覚が違うと言われりゃそれまでだが)
そのゴテゴテとした姿に、思わず顔をしかめる。
『フン……美というモノが分からぬか、兄弟よ』
「だから、兄弟じゃねぇだろう」
思わず反論し、ふと気付いた。
(……心を読まれた、だと?)
少なくとも先日は、ヴェレントに思考を読まれることはなかったはずだ。それは、ストライア人の……
(まさか!?)
『その、まさかだ』
ヴェレントの背後に浮かび上がる、巨大な球体。
それはまさしく……
「アスティユス!?」
ストライアの機動兵器。しかしその中央には巨大な風穴が開けられている。
その機体からの熱源反応は……ほとんど存在しない。
「……貴様!」
短い間であるとはいえ、幾度も言葉を交わした仲だ。せめて仇をとってやりたいところだが、ヴォルガントの攻撃をかわすので手一杯だ。
『手こずっているな。力を貸してやろうか?』
「必要ない。この程度の敵、この手で仕留めてくれる!」
嗤うような思念にイラつき、怒鳴り返す。が……
『遠慮するな』
「!」
“何か”がコアに向かって投げつけられた。そして、命中。
『・・- -・・ ・・ --・-- ・--・-!』
コアの中から、断末魔の悲鳴が響いた。
光球があった両の柱の間にスパークが走っている。
そして、転がり落ちる二つの“何か”。
一つは光球。ダメージを負ったためか明滅を繰り返していた。
そしてもう一つは、大破したアスティユスであった。
ジンはすぐさま駆け寄る。
「何て事を……」
『ち……地球人よ……。我らが遠き同胞よ』
「お、おい……」
途切れがちな思念。
『不覚を取った……。我々、は、ここまで、だ』
「……」
そして、“声”の調子が変化する。
『私の……子を……お願い』
初めて聞く“声”。女性パイロットの思念なのだろうか?
「……子?」
直後、サーヴィングのコクピット内に、小さなカプセルが現れる。
『それは……私の……受精卵。この身体になってしまった時に、取り出して保存したもの……。もし、生き延びたら、その子を……』
『こういうのを感動的、というのか? 君達の間では』
煽るようなヴェレントの思念。
『頼んだ。では、さらばだ』
再び“声”の調子が男性的なものに戻る。
そう言い残すと、動力を破壊されたはずのアスティユスが浮上した。念動力だけでその機体を動かしているのだ。しかし、それだけの“力”を出せば、脳が焼ききれてしまう。だが死に瀕した彼らには最早関係ないことであった。
そして、ヴェレントに向かって突撃。
『な……に!?』
触手からの無数のビーム。しかしそれはアスティユスの直前で歪曲され、あらぬ方へと飛び去る。
『おのれ!』
慌てて腕を剣状に変形させて斬り裂こうとし……機体が動かなくなる。念動力により拘束されたのか。
そのまま何も出来ず、アスティユスの突撃をまともに喰らう。
そして、爆発。
『グフォアーー!?』
ヴェレントの絶叫。
「自爆、したのか……」
ジンはその光を呆然と見上げた。
『すまんな、しくじった。まだヤツは生きている』
脳裏に響く“声”。そして脳のどこかをこじ開けられた様な感覚。
「! そうか。なら……」
明滅する光球を拾い上げた。
そして再び機体が淡い光に包まれる、凄まじい加速でサーヴィングの機体は飛翔していった。
『グフォ、ガァ……』
爆発が収まると、黒煙の中よりヴェレントの姿が現れる。
触手やスパイクが多数吹き飛ばされたものの、本体は一見無事であった。
『よくもやってくれたな、下等種どもが!』
怒声をあげ、砕け散ったアスティユスの破片を睨みつける。
『……“下等種”、ねぇ。それがアンタの本音か』
顔を上げる。
と、その直後、
『ゲフォォ!』
ビームが頭部を貫いていた。
『な……に……』
視線の先にあったのは、ストライクランサーを構えたサーヴィングの姿。
そしてその左腕には、瞬く光球。
『貴様、それは……』
『一応致命傷を与えたのは、アスティユスだろ?』
そして、光球を握り砕いた。
光球は一瞬強烈な光を放つと、サーヴィングの腹部へと吸い込まれていく。
『……アイツらの仇、とらせてもらうぜ!』
サーヴィングの姿がブレた。
いや……それは、残像。
背後に回ったサーヴィングのランサーが、ヴェレントの背面を深く斬り裂いた。
『グフォ!?』
そして更に一太刀。
胴を半ばまで引き裂かれた。
ヴェレントは距離を取ろうとする。
が、ヴェルガントの小型機がそれを阻んだ。
『なめるなァ!』
ヴェレントは、先刻獲得したばかりの念動力でそれらの攻撃を排除しようとする。
が、
『なら、これはどうだ?』
無数の小型機による、飽和攻撃。
本調子であれば回避可能であった攻撃。しかし、機体の制御系に支障が起きたのか、明らかにレスポンスが悪い。
(何故だ!? 整備は完璧だったはず。いや、この反応は……まさか、念動力による拘束か!? そんなバカな……。だが、このままではマズいか……)
『ゲ……ケゲ……きょ、今日の所は、この程度で勘弁してやる』
距離をとるヴェレント。そして、多数の弾を四方にばら撒いた。
『!』
サーヴィングは回避運動を行いつつ、砲をヴェレントへと向けた。
だが一瞬早く、光が溢れる。
照明弾なのだ。それ以外にも、チャフやフレア弾も混ざっている。
そして猛烈なスピードで、ヴェレントは戦場から逃げ出していた。
『……ここまでくれば』
ヴェレントは着地し、一息ついた。そして背後を振り返り、独語する。
逃げ切ったとはいえ、逃走の最中に喰らった斬撃と砲撃により、すでに機体はボロボロである。
『作戦を練り直さねば。より効率的、論理的に……ン?』
ヴェレントの周囲の空間が暗転した。
『な……に……』
足元から膜状の“何か”が現れ、ヴェレントをすっぽり包みこんだ。
『まさ、か……スォルサヴナ』
正体不明の不定形兵器。その体内へと取り込まれてしまったのだ。
いつもであれば容易に脱出できたはず。
ルグガレ……とアスティユスの進化因子を手にし、さらなる強化を遂げた現在ならなおのことだ。
しかし、アスティユスの自爆とサーヴィングによる攻撃で甚大なダメージを受け、消耗してしまっている現状では、ろくに抵抗できない。
『待て! 待ってくれ! 取引だ! あの地球人を……』
言い募るヴェレントに構わず、スォルサヴナは膜を厚くしつつ、その包囲網を狭める。
かすかに感じるその思惟から伝わってくるのは、ヴェレントに対する不信感と復讐心。
そしてとうとうその機体に絡みつかれ、取り込まれていく。
『ま……だ……だ……。このまま……やらせはせん! こうなれば……』
直後、すさまじい爆発が、両者の影を覆い尽くした。