進化因子
――数十時間後
「む……う……」
ジンは目を覚ました。
「ここは……」
周囲を見回す。
そこは、この天体に来た時に目覚めた医療室の中。
「生きて、いるのか……グウッ!」
身を起こそうとし、痛みが走る。
「まだ安静にしておいた方が良い」
聞き覚えのある声。
「フィリア、か……」
そちらに視線を向けると、ベッド脇に佇むアンドロイドの姿があった。
「あれから、どうなったんだ?」
「あの後間もなく戦闘終了時刻となった。そして次の戦闘開始は、君の回復を待ってからとなる」
「そうか……」
(しかし実際はまだ日が暮れかけただけで、もう少し時間は残っていたはずだ。だが、彼らは戦闘不能になった俺を生かしておいてくれたのか……)
「すまんな、また助けられた」
「気にするな。戦闘中に起きたハプニングだ」
「そうか。……ヤツは何者なんだ? “新たなる兄弟”とか言っていたが」
「アレは……かつてソリアス人を導いた“巨人”を騙る詐欺師だ。我ら“ヒューリア”の“兄”を名乗り、諍いの種を撒いてきた」
「なるほど」
(やはりストライア人達が言っていた事と符合するか)
「ヤツは、我々他の12の兵器が戦う中、その身を潜めていたのだろう。そして、弱った敵にとどめを刺す機会を伺っていた」
「とどめをさせそうな相手……俺を狙っていたのかもな」
「おそらくは。これまで幾度も騙し討ちなどを仕掛けてきたからな。現状の他のメンバーでは、それはすでに見切られてしまっている。もっともそれは、ヤツにとっては正当な戦術だ。私達や君達とは価値観が異なるから仕方がないとも言える」
「……そうだな」
正義。悪。諸々の価値観。そういったモノは、地球人の民族間以上にかけ離れているだろう。
(そういえば、フィリアと俺たち地球人は、価値観が似ている様な気がするな)
彼女の立ち振る舞いや言葉の隅々。それほど違和感を感じないのだ。
(……もっとも、地球人の価値観をエミュレートしているのかもしれんが)
「そういえば、ヤツはルグガレ……の中から取り出した光球を自分の中に取り込んだ直後、姿が変わったな」
「あれは進化因子だ。私や君の兵器の中にも存在する。他者の因子を取り出して食らうことで、自らを強化出来るのだ」
「俺の機体にも、か」
「ああ、そうだ。それは自らの戦闘経験をもとに、その機体を進化させるものだ。他者のそれを取り込めば、飛躍的に機体を強化することができる」
(……なるほど。では、現状俺のを取り込んだとしても、大して強化は出来ん訳だ)
『それは違うぞ、地球人』
割り込んできた“声”。
ストライア人のものだ。
『緒戦でルグガレントェヴィリアヌストレーンイリレアム0010011ヴェルァンの光球を破壊した者が何を言うか。それに、他文明の機体の戦闘経験というのは、それだけでも価値があるものだ』
「そ、そうか……」
(思念波ならアレの名前も舌を噛まんで済むか)
訳すと『強襲型多脚式機動砲台19型後期仕様』という意味らしいが、言いにくいことこの上ない。当然のことながら地球人には発音不能な音節も存在する。
『……アレの名称など、今はどうでもよかろう。それよりも、だ』
ドアが開く音がした。
ふと視線を向けると、二人の人影が入ってくる。
(ストライア人のパイロットか)
長身のヒューマノイド。ヘルメットを取っているので、その顔を見ることが出来る。男女共、銀の髪と浅黒い肌を持っていた。
しかし、その顔には……
『サイボーグ!?』
地球人によく似たその顔の、頰や顎あたりに金属光沢を放つモノが付いていた。
『エズマゼズの光線対策だ。君も喰らっただろう? アレを受けると君や我々の要な炭素生命体の体細胞は、壊死してしまうのだ』
「! ってコトは、俺の身体も……」
ふと右手を見る。と、その皮膚の一部が銀色の金属光沢を発する物質と置き換わっていた。
『我々の仲間は、それで死んでいったのだ。対策など分からぬままにな』
「私の船の乗員達も同様だ。私は大半が無機質で構成されていたので、生き残ることが出来たが……」
『私は、瀕死状態でも何とか生き延びた。とはいえ、肉体の大半を無機質に置き換える必要があったがな』
「……まさか、脳も?」
『いや、不思議と脳には影響を受けなかった。おそらくは、知的生命体が思考する際に発する精神波が脳を守ったのかもしれない』
「精神波、か」
ふと思い出すことがあった。
精神感応物質、ジオクリスタル。火星で発見されたある種の物質を精製して得られる結晶体。マンマシンインターフェースに組み込む事で、思考により直接機械を操作する事が出来る。それが、サーヴィングの操作系に組み込まれていた。
(もしかしたら、そういうものを利用すれば、あの光線を遮蔽できるのか?)
『そうだ。我らのような強力な精神力を持たない君がその程度の損傷で済んだのは、おそらくそのおかげだろう。しかし、我々は間に合わなかった。当時はその正体すら掴めていなかったからな』
「そういえば、あの姿……ヤツはルグガレ……撃破直後、巨大化していた」
『解放されたエネルギーを取り込んだ様だな。ヤツはああして敵の発する光エネルギーをも糧にしているのだ。あそこで引き上げたのは、十分なエネルギーを得たことと、夜が訪れた為だろう』
「ああ、人工太陽からもエネルギーを得ていたのか」
『その通り。君を撃ったあの光線は、人工太陽の光を変化させたものだ。夜が訪れれば、あの光線は封じられる。それでも、厄介な敵には違いないが』
「なるほどね。そういえば、ヴェレントはどうなのだろう? 姿が変わりおそらくはその戦闘力も向上しているだろうな」
『ヤツか……』
ストライア人の男は、眉間にしわを寄せた。
『ここに囚われた当初は、さしたる戦力は持っていなかったようだ。だが、騙し討ちなどで仕留めた敵の“力”を得、今では屈指の戦闘力を持っているな』
「……厄介な相手だな」
『ああ。だが……今は安静にしているが良い、地球人。ヤツらを倒すのは私だ』
そう言い残し、ストライア人の二人は医療室を後にした。そしてフィリアもそれに続く。
(“新たな兄弟”か……。ヤツは俺をそう呼んだ。地球人とヒューリアには、何らかの関係があるのか? そして巨人とは何だ? ストライア人のあの姿。……“並行進化の奇跡”などという言葉では到底表せないほどの類似性が、地球人と彼らの間にはある。銀河全体でならともかく、オリオン腕の片隅ではな)
ジンはその背を見送りつつ、思いを巡らせた。
――翌朝
ジンはフィリアとともに、格納庫へと向かった。
杖を使わねばならないが、それでも歩く事が出来るレベルまで回復している。
それと引き換えに、身体の半ばまで金属状組織に侵食されてしまったが……
この素材は、高度な弾性を備えた生体金属。サーヴィングにも使用されている素材ではあるが、生体と置き換えが可能な特性な持っていなかった。これも、サーヴィングに仕掛けられた進化因子のせいなのか。
「これは……」
サーヴィングを見上げ、思わず絶句する。
その装甲形状が大幅に変わっていたのだ。より生物的なラインを帯びた形状となっている。また各部のスラスター形状も変化していた。
「これが、進化因子の恩恵なのか?」
「そうだ。我々の兵器も、捕獲時とは全く異なる姿に変化している」
「なるほど……」
(戦い続け、進化する。しかし、その先にあるのは一体……)
「……さあ、戻ろう。まだ貴方の身体は万全ではない。
「わかった」
二人は格納庫を後にした。