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ランデヴー

――ランデヴー

 漆黒の闇の中を、一体の宇宙機が疾走していた。

 全長35mほどであろうか。銀白色の翼と巨大なブースターを持つ、宇宙戦闘機と思しき機体だ。

 その速度は既に光速の4割を超え、5割にまで迫ろうとしていた。

 いや、それだけではない。

 それに追走するような運動体がもう一つ、いや二つあった。

『こちらアスカ。聞こえるか、ランサー1?』

 そのうちの一つは、三胴船型の巨大な宇宙機。全長700mを越す巡航艦(クルーザー)規模の宇宙船だ。こちらも増速用と思しきエンジンユニットを機体後部と側面に装備していた。

 地球連合軍第十三独立騎兵艦隊所属の強襲巡航艦、アスカである。

「こちらランサー1。聞こえている。機体各部とも異常なし。現在順調に加速中」

 ランサー1のコールサインを持つ宇宙機――サーヴィング――のパイロット、ジン=フォーリスは、その鋭い双眸でモニターに映る星々をにらみつつ、答える。

『了解。そろそろ目標と接触出来る距離だ。……“見える”か?』

「こっちのセンサーではまだだ。……いや、捉えたか? データを送る」

 ジンの機体のセンサーには、背後から迫るもう一つの運動体をかすかに捉えていた。

『どうやらそれが目標のようだ。追跡の用意は良いか?』

「いつでも大丈夫だ」

『よし。追跡開始だ!』

「ラジャ!」

 ジンは機体をさらに加速させる。

 機体を包む力場がさらなる輝きを増し、凄まじいGが彼の身体をシートに押し付けた。



――しばしのち

 サーヴィングは目標とほぼ同じ速度で追走していた。

「0.1天文単位(約1億4960万km)まで接近。現在異常なし。追跡を続ける」

『あまり近付きすぎるなよ』

「わかってる。1光秒(約30万Km)あたりでスキャンをかけてみる」

『頼んだ』

「ラジャ」

 サーヴィングは少しずつ速度を上げ、目標へと接近する。

 そしてわずかなのち、目標の1光秒の距離へと到達した。

「現在目標との距離約1光秒。これよりデータ収集を開始する」

 そして機体のセンサーをフル稼働させる。

 と、モニターに月ほどの大きさの銀色の球体の映像が映し出された。

「あれが、“クイックシルバー”……」

 ジンは思わず独語していた。



――約二週間前

「不審な天体、ですか?」

 強襲巡航艦アスカの作戦室に呼び出されたジンは、おうむ返しに聞いていた。

「そうだ。光速の約50パーセントもの速度で宇宙を移動する天体があるとの事だ。それは、丁度太陽背点付近から現れ、太陽系方面へと向かっているとのデータもある。おそらく今までは、“サルガッソ宙域”を航行していたので発見が遅れたのだろう」

 アスカが属する第136任務部隊の機動部隊指揮官であるエリック=ゴダード大佐は深く頷く。

「現在の位置は? それに、一体何者なんです?」

 ジンは当惑を隠せないまま、ゴタードに問う。

「現時点では、太陽系から47光年ほどの位置だそうな。太陽系に接近するかはまだわからん。コイツの正体はおそらく人工物と推定されているが、まだ確定されてはいない」

 “サルガッソ宙域”とは、人類居住宙域に隣接する、未探査の宙域だ。つまりこの“天体”が人工物であるとするならば、異星の知的生命体の手によって造りだされた物という事になる。

「なるほど。だとすれば、俺達ではなく未確認星域調査局あたりの出番では?」

 この時点において、地球人類は幾つかの異星生命を発見していた。しかし、未だ知的生命体と言える程の文明を獲得した存在とは接触出来ていない。

 あくまでも、“公式には”であるが……。

 それでも、幾つかの知的生命体の痕跡は発見されている。それらは暫定的に、地球文明を第一とし、発見順に第二、第三文明などと呼称されているのだ。

 そうしたものを専門に調査する機関は、地球連合内部に設置されている。それが、保安庁外局に属する未確認宙域調査局だ。

 これは、未調査の宙域探査及び異星文明の研究探査なども手掛ける組織だ。

「確かに彼らの領分ではある。だが現状、彼らにはあの速度で運動する天体を調査する装備は無い」

「なるほど」

 ジンは得心がいったように頷いた。この艦は実験艦であり、増速用エンジンユニットをはじめとする、様々な追加ユニットが装備可能であるのだ。そして、彼の機体もまた実験機であり、多彩なユニットが装備可能である。

 しかし同時に疑問点も浮かぶ。

「とはいえ俺達でも、未知の天体の詳細な調査をするだけの装備は持ってませんよ?」

「ああ。だから、とりあえずの予備調査という位置付けだ。現時点で“アレ”が人類にとって脅威かどうかも調べる必要もあるしな」

「分かりました。万一の場合でも、不幸なファーストコンタクトにならなきゃいいんですけどね」

 ジンは苦笑を浮かべた。

「我々としても、そうならない事を望んでいる。だからこそ、相手が何者であるか知る必要があるのだ。これが、唯一その天体を捉える事が出来た画像だ」

 作戦室のモニターに映像が映し出される。

 漆黒の宇宙を疾走する天体が映し出された。

 銀色の、長い光の尾を引く天体。それはあたかも……

「彗星!?」

「そんな様にも見えるが、正体は不明だ。とりあえず我々は“あれ”を“クイックシルバー”と呼称することにした」

「“クイックシルバー”、か。我々にとって、害をなす存在じゃなければ良いんですけどね」

「全くだ。それを調べるのが我らの役目さ」

 二人は苦笑を浮かべる。

「……分かりました。作戦開始はいつです? それに、装備は?」

「強化型のエンジンユニットはすでに手配してある。数日もあればドッグ艦が装備を積んで艦隊に合流できるだろう。そしてテストを行ったのち、作戦開始となる。おそらくは十日から二週間後といった所か」

「ラジャ。機体のチェックを行っておいたほうがいいですね」

「うむ。頼むぞ」

 ジンは席を立ち、ゴタードに敬礼すると、作戦室を後にした。



――現在

「現状はどうなっている?」

 ゴタードはオペレーターと代わり、ジンへと呼びかける。

『現在スキャンは順調。データ転送開始します』

 すぐさま超光速通信で送られてきたデータがCICのモニターに映し出された。

「……どうだ?」

「尾を構成するのは高エネルギー粒子の様ですね。それを強力な磁界で包み込んでいます。まるで解放された核融合炉の様にも思えます」

 ゴタードの問いを受け、アスカに乗り込んでいた未確認星域調査局の技官が答えた。

「“彗星”本体のデータも欲しいところです。もう少し精度を上げてもらえますか?」

「……出来るか?」

 技官の問いを受け、ゴタードはジンへ問う。

『やってみます』

 ジンは一つ頷くと、空中に呼び出したホログラムのコントロールパネルを操作し、センサー感度を最大へと引き上げる。

『……これが一杯のようです。これ以上はもっと接近しないと難しいでしょうね』

「ありがとうございます」

 技官はすぐさまデータに目を通す。

「内部には金属のコアが存在している様です。恐らく形状は球形。内部には何らかの動力機関が存在すると推定されます」

「やはり人工物、という事か」

「おそらくは。もしかしたら、異星の宇宙船かもしれません。もし異星人との会見が実現すれば、歴史的な快挙となるでしょう」

 技官の声は興奮を隠しきれなかった。

「そうか! その快挙に協力することが出来た我々は幸運だな。……ところで、現状のミッションはどうすればいい?」

「とりあえず、現時点ではここまででしょう。これで再調査に必要なデータは取得できました」

「ウム。では、一旦サーヴィングを回収しよう。……ランサー1、聞こえるか?」

『こちらランサー1、異常はありません』

「よし。データ取得はもう十分だ。これでミッションは完了。帰還せよ」

『ラジャ。ランサー1、帰還します』

 ジンからの返答。

 そのままサーヴィングは減速し、“彗星”から離れると思われた。

 しかし、一向にその気配は見られない。

「ランサー1、どうした? ミッションは終了した。帰還せよ」

『……減速しない!? どういう事だ?』

 ゴタードが問う。しかし、ジンは当惑した声をあげるのみだ。

「おい、ランサー1! フォーリス大尉! どうした!? 何が起きている?」

「エンジン出力は低下しています。しかし……」

 オペレーターの声。

 モニター上の数字は、ジンが減速の操作をした事を示していた。しかし現実は、減速どころか“彗星”へとじわじわと接近している。

「バカな……。何が起きているんだ?」

「何らかの“力”により引っ張られている模様です」

「“力”?」

「機体周囲の空間に歪みが見られます。対象周囲の空間の振動を干渉させることにより、物体を引き寄せているのかもしれません」

「そんな技術、我々には……」

「遠隔操作により物体を引き寄せるのは、今の我々の技術では到底不可能です。“アレ”を造った者達の技術レベルは、間違いなく我々よりもはるかに上でしょう」

「……クソッ! どうにもならんのか」

 ゴタードは歯噛みし、ただモニターをにらめつけていた。

 そのモニター上では、サーヴィングが彗星に引き寄せられ、そして……

「反応が消えた!?」

 モニター上にあった、サーヴィングを示す光点が消滅した。

「識別信号、消失しました」

 オペレーターの声。

「撃墜されたか? それとも……」

 ゴタードは独語する。

 しかしその言葉が終わらぬうちに、

「“クイックシルバー”、反応消失しました!」

「何!?」

 もはやモニター上には何の反応もなくなっていた。

「まさか、ワープインしたのか?」

「そんな……時空震も観測できませんでした」

 技官の声は、震えている。

「何てことだ……」

 ゴタードの声が、静まりきったCICに響いた。



――サーヴィング コクピット内

「クソッ! どうなってるんだよ!」

 減速どころか加速し続ける機体の中で、ジンは声を荒げていた。

(チッ……引っ張られてやがる。俺を捕らえるつもりか? 気に触ることなんて何もしちゃいない筈だ。いや……相手が異星人だとしたら、俺達の常識なんて通用しないか)

 モニター上で次第に大きくなる“彗星”を睨む。しかしこの状況では、どうする事も出来ない。

(まさか、変なちょっかい出しちまったせいで、星間戦争勃発か? 冗談じゃないぜ。こんな連中と戦争なんかしたら……)

 最悪の状況を想像し、背筋に冷たいものが走る。

 それでもこの状況を脱すべく、センサーからもたらされる情報に目を通していた。

「光速の60%……70、80……グッ……、クソッ! まだ加速するのか?」

 慣性制御を使用してもなお強烈な加速で身体がシートに押し付けられる。

 そして前方に円盤型のまばゆい光が現れた所で、ジンの意識は失われた。

人物・用語解説など

・ジン=フォーリス

 地球連合軍所属の軍人。階級は大尉。29歳の若さだが、経験豊富なエースパイロットの一人。

・エリック=ゴダード

 強襲巡航艦アスカ及びアスカが所属する第136任務部隊の機動部隊の指揮官。階級は大佐。51歳。元パイロットで、エースであった。

・アスカ

 地球聯合軍所属の強襲巡航艦。第十三独立騎兵艦隊所属。三胴船型の戦闘艦艇で、モジュール構造の船体を持つ。それ故装備の換装が比較的容易であり、実験艦として様々なテストに使用されることも多い。このデータをもとにシァスタ級(虚空の深淵に登場)などが設計された。

・未確認星域調査局

 地球連合保安庁外局に属する組織で、未知の宙域などの探査を行う。

・太陽背点

 銀河系で太陽系が運動する方向(太陽向点)の反対側。こいぬ座ジータ星の方向にある。

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