勇者を召喚しました
王宮の奥深く、平時であれば王族と一部の神官しか入ることを許されない神の間と呼ばれる部屋に、多くの神官と兵士が集っている。集まった者達の中央には大きな魔方陣があった。
「それでは、始めますーー」
神官長が厳かに告げると、魔方陣を囲んで立つ神官たちは揃って口を開いた。それはまるで歌っているかのような、美しい旋律をした呪文だった。
神官たちの唱える声が一際高く響いた時、床に刻まれた魔方陣が輝き始め、集められた魔力が声にのって渦を巻きはじめた。
最後の仕上げとばかりに神官長が持っていた錫杖を掲げると、目を焼くような光が部屋を満たす。
神官たちの儀式を見守っていた王は、その光の眩しさにオモワズヲ目を瞑った。まぶた越しの光が落ち着いたのを感じてゆっくりと目を開くと、そこには先程まで居なかった人影がひとつ、増えていた。
王の口から、思わず感嘆の声が漏れる。
「おぉ……」
魔方陣の中央に立っていたのは少年だった。
黒い髪に黒い瞳、そして凡庸な顔立ち。まさしく古文書に書かれた勇者の特徴だ。
少年は数度まばたきをすると回りを見渡した。
神官たちが揃って膝を付き、兵士たちもそれに習う。そんななか、王は一歩前へ進み出て少年へ向かって口を開いた。
「勇者よ、よく来てくださった」
「え、えっ?」
混乱した様子の勇者。それもまた古文書に書かれた通りだ。王は続けて勇者へ話しかける。
「この世界は魔王の脅威に晒されている。神に遣わされた勇者よ、どうか世界を救ってーー」
「ちょ、ちょっと待て」
が、その言葉を遮って勇者が口を開いた。
「え、ちょ、勇者って俺?だよね!?」
「む?そなたは神に遣わされた勇者なのだろう?」
「あっはい。って、いや、それはそうなんだけど」
「おお、やはり、では世界を救ってーー」
「だからちょっと待てってば!!」
勇者は王の言葉を再び遮ると、その場に座り込んだ。
「ちょ、まって、なに?俺もしかして召喚された?」
「はい」
神官長がうなずく。
「あの、一応聞くけど、元いた世界へ送り返すとか……」
「できます」
「マジか!よかったああああああ!!じゃあ戻してくれ!今すぐ!!」
勇者は神官長の肩を掴んで揺さぶった。
「待ってくれ、魔王はどうするのだ」
「ああもう、倒してくるから一回戻してくれ!」
「元の世界へ戻られては倒せぬではないか!」
「あー、だからぁ……!」
勇者は手に持っていた剣を掲げて言った。
「俺だって魔王退治の途中だったんだよ!!!」
勇者を召喚しました。完
戦闘中の呼び出しじゃなくて良かったですね。