騎士団長オーガストとの仕合
「勝負だと?」
館内がしんと静まりかえった。
「剣士には剣で語るって言葉があるんだろう? どうせどんなに言葉を尽くしても、あんたは俺を信じちゃくれないんだ。なら、剣で証明しよう」
「ずに・・・」
「図に乗るな小僧がぁーーーー!!」
館内に怒号がこだました。
侮蔑していた相手のふざけた態度。そして、まさかの『対等な勝負』の提案。許されることではなかった。
「いいだろう。いいだろうぅ。ならば存分に語ろうではないか。だが、もう後戻りはできんぞ? どれほど後悔しても遅い。生きて帰れると思うな貴様ぁ!」
「待て、オーガスト」
ユリウスが騎士団長を静止した。どうやら彼はオーガストというらしい。
「領主様どうか、止めないでくださいませ。この者は私を愚弄したのです!」
散々侮辱したのはオーガストなのだが、怒れる彼はそんなことは全く気付いていなかった。そもそも彼は自分がスティンを侮辱したとは考えていない。誇り高き、高貴な自分が裏切り者の孫を糾弾するのは正義であると彼は疑ってすらいなかった。
「ふむ。しかし、彼が提案したのは『剣での語らい』だな? ならば大事なのは勝負の内容であって、勝敗の結果ではない。そうだな?」
「りょ、領主様?」
「ならば、真剣を使うまでもあるまい。仕合は騎士団の稽古場。獲物は訓練用の木刀とする。よいな?」
「ぐ! くぅ」
オーガストは唸った。確かに剣での語らいに自分は同意した。しかし、そんなものはただの方便である。当然恥をかかせたうえで斬るつもりでいたのだ。
一方スティンの方も意外であった。これまでの話の経緯を見ると、領主は公平にこの場を取り仕切っているように見えた。オーガストを許せない思いもあったが、これは早まったかもしれない。スティンは早々に後悔し始めた。
こうして、場所を騎士団詰所の近くにある訓練場に移すこととなった。移動の最中は拘束を一旦解かれ、スティンはベベル達と話す機会を得た。
「スティン! お前なんてこと言ったんだ」
「いや、勢いで。反省はしていない!」
「このバカ!」
「いや、まあ。俺のことよりさ、親父さんやお袋さんはどうなった? 無事だったか?」
「ああ、避難所にいたよ。ぴんぴんしてる」
「そうか。よかった」
「スティン。ありがとうな。リリーから聞いた。お前が命がけでリリーを護ってくれたことを」
「な! お兄ちゃん!」
突然話が自分のことになり、リリーは驚いた後ぷいっとスティンにそっぽを向いた。
(照れてるのか?)
正直スティンはリリーに好かれていない自覚があった。兄を取ったとは思っていなかったが、自分とは相性が悪いのだろうと漠然と思っていた。それが助けてから態度が軟化しているように思えた。恩を売るようなつもりは全くないのだが、これで彼女との仲が改善されるなら、それは十分な報酬だったかもしれない。
「気にするな。友達だろう?」
「スティン・・・ありがとう」
ベベルは拳を握り、スティンの前に出した。それを受けスティンも拳を出し、お互いの拳をコツンと当て、笑いあった。
「うーん。友情だわ~」
これまで成り行きを見守っていたミレイが会話に加わってきた。
「そういえば、君は何でここに?」
「この人のおかげで領主館に入れたんだよ」
スティンの問いにリリーが代わりに答えた。ミレイは何でもないというように肩をすくめた。
「私も君に聞きたいことがあったのよ。だけど、どうするの? 彼の実力は本物よ? 勝算はあるの?」
「わからない。決闘なんて初めてだからな」
「ダメじゃない!」
「やるだけやるさ。なるようになる!」
「・・・君って、結構行き当たりばったり人間ね」
「俺に聞きたいことって?」
「いいわ。この後で。とにかく君に死なれちゃ困るの。訓練用の剣だからって油断はできないんだからね? 死なないでよ」
なんとも身もふたもない言い方であった。
こうして場所は訓練場へと移った。
百人以上ここで訓練することもあるというのでなかなか広い。今いるのはスティン、ベベル、ミレイ、リリー、ユリウス、オーガスト、そして興味本位でついてきた騎士数名である。
スティンは木刀を渡され軽く振ってみた。特に細工されている形跡はなかった。
「仕合は降参するか、戦闘続行不可能と私が判断するまでとする。必要以上の暴行は認めん。よいな?」
ユリウスの発言に面白くなさそうに、オーガストは同意した。
スティンはいつもの精神統一法を開始する。これが魔法だとは思わなかったが、身体強化なら使わない手はない。呼吸と整え、自分を世界の一部であるとイメージする。自分は個であり、全。自分の中に大気が循環しているかのように想像を膨らませる。視界がクリアになり体が軽くなった。
スティンのこの儀式に周りがざわついた。
「ほぉ。身体強化の魔法か。変わった方法をとるな。だが、門外漢の私でもわかるぞ。マナが貴様の中で循環しているのが、まったくの屑というわけではないらしいな」
オーガストは目を細め、初めてスティンを違って目線で見つめた。
「では、始め!」