スティンの秘密
スティンは騎士達によって拘束され、領主の館へと連行された。
迂闊であった。考えてみればこれは十分に想定されうる事態であった。しかし、ベベルが街へ戻ると言った段階でスティンには選択の余地はなかったわけで、後悔はしていないのだが。
拘束された時、リリーが弁解をしてくれたのだが、まだ少女の言うことである。これ以上揉めてリリーにまで害が及ぶ事を危惧してスティンは大人しく拘束された。
その時にもう一人の謎の少女ミリアはスティンの名前が騎士に呼ばれてからどうも様子がおかしかった。少し気になったが、それどころではなかった。
スティンは領主の館の大広間へと連行された。そこには領主ユリウス卿の姿があった。立派な髭と貴族の服を身に纏い、ユリウスは厳かに拘束され跪くスティンに問いかけた。
「お前がスティン=オースティンか。面を上げよ」
スティンは顔を上げユリウスを見つめた。
「さて、なぜお前が拘束されたか。理由は分かっているな?今回の魔物の騒動。お前が主犯となって手引きしたという疑いがある。相違ないか?」
「いいえ、違います」
周りの騎士たちがスティンの発言を聞きざわつき始めた。
「嘘をつくな!」
「貴様の仕業だろう!」
「大体なぜ貴様が街にいるのだ?」
「そうだ。疑わしい。この人類の裏切者が」
口々に中傷を叫ぶ騎士達をユリウスは片手で制した。
「スティンよ。皆不安なのだ。魔王が倒されたというのに今回の騒動。何故こんなことが起きたのか?我々は混乱しているのだよ。そして、最も疑わしいのがお前だ。そうだろう?」
ユリウスは一旦言葉を切ってスティンにこう投げかけた。
「お前の祖父は我ら人類を裏切り、魔王に下ったのだから」
スティンは元々このオリヴィエの街に住み何不自由なく暮らしていた。幼馴染のベベルとは生まれた時からの付き合いであった。
彼の環境が一変したのは七歳の時。行方知れずで死亡したと思われていた彼の祖父が生きていたというのだ。それも発見されたのが魔王の根城である北の大陸にほど近い街で。さらに驚いたのが彼が魔物を引き連れて、街を襲ったというのだ。
祖父は魔王の元に下り配下となっていたのだ。元々は学者肌寄りの魔法使いであった祖父は不老の研究をしていたという。それが行き詰まり、家族を捨てて放浪の旅に出たまま行方が分からなくなったということだけは、父から聞かされていたが、不老を追い求めた結果、魔王の手先になっていたとは夢にも思わなかった。
それからスティンの家族は処罰はされなかったものの村八分にされた。母は心労で早くに亡くなり、父は祖父の手掛かりを探す旅に出て、そのまま行方知れずとなった。以来、スティンは街を離れ山奥で一人の生活を送っていたのだ。
「お待ちください」
大広間の扉が開かれ、三人が入ってきた。ミレイ、リリー、そしてベベルである。
「ミレイ殿?どうなされた?」
ベベルが無事であることにスティンは安堵した。そしてすぐに疑問が生まれる。領主の直接の詰問の最中に突然現れたこのミレイは何者か?領主と知り合いのようだが、よい服も着ているし、貴族の娘だろうか?
ミレイはスティンを見つめてからユリウスに話し始めた。
「彼はこちらにいるベベルと山にいたそうです。ここオリヴィエに不穏な気配を感じたため、友人であるベベルを助力しようと駆けつけたということです」
「領主様。薬師ベルクの娘リリーです。スティンは魔物を倒して私を助けてくれたの。魔物の一味なんかじゃないわ!」
突然の乱入者に広間の騎士達がざわついた。
「魔物を倒した?あいつがか?」
「わからぬ。仲間割れではないのか?」
「静まるがいい。スティン真かな?」
ユリウスの問いにスティンは簡潔に「はい」と答えた。
「ふむ。では・・・」
「お待ちください。領主様」
ユリウスがスティンの処遇をどうすべきか悩んだ時、大広間に大きな声が響いた。
「騎士団長。どうしたのだ?」
「畏れながら申し上げます。この者たちの証言は果たして本当に信用できるのでしょうか?」
「なんだと!?」
騎士団長と呼ばれた男の発言にベベルが噛みついた。スティンはこの男を観察した。尊大な態度とその表情からは余裕が見られ、自分を蔑んでいることが分かった。騎士の鎧の胸元には勲章が掲げられている。彼は自分が魔物の首領であると疑ってすらいないようであった。
「どうやらこの者はこの裏切り者と親しいようです。嘘の証言をしているやもしれません。よしんば、本当のことを言っていたとして、この裏切り者がそれを利用したとも考えられます」
「利用とは何か?」
「魔物にはあらかじめ街を襲うように計画を進めており、アリバイ作りのために山にいたのかもしれません。魔物を倒したのも、すべては我々を信用させ取り入ろうという罠」
「待ちなさい!」
ここでミリアが待ったをかける。
「あなたの言う通りだったとしてうまくいったとは言えないんじゃない?彼はこうして捕えられているわ?」
騎士団長は鼻で笑う。
「おやおや、英雄の妹君ともあろう方が。今この男が捕えられているのはこちらがこの浅慮な裏切り者よりも上手だった為、ただこの男の計画が失敗しただけのことです」
騎士団長の話を聞いて、騎士達にはそれと同調するような声が聞こえだした。
マズイ。
ベベル達の登場であるいはすんなり拘束を解いてくれるかもと、淡い期待をしていたのだが、このままでは自分に対する不信感からこの場で打ち首もありうるのではないか?スティンは冷や汗をかいた。
それにここまで言われてはスティンも黙っているわけにはいかなくなった。
「ふーん。あんた騎士団長なのか。浅慮はどっちかな?」
「・・・なんだと?」
自分の遥か下。それこそ人の外の存在と思っていた者からの、まさかの侮蔑の言葉に騎士団長の目の色が変わった。
「俺と勝負しないか?きしだんちょー様」