その少女。ミレイ
スティンを追い越して火炎の弾丸がグリズリーに直撃した。針金のような体毛にはそれほど引火はしなかったが、それでもダメージはあったようで、グリズリーは体を崩した。
「今だ」
この絶好の好機にスティンは素早く懐に潜り込み、下から喉仏に向けてナイフを突き立てた。
「取った!」
ダメ押しとばかりに突き立てたナイフをねじる。鮮血がほとばしり絶命したグリズリーは音を立てて崩れ落ちた。
「スティン!」
足腰が回復したのか、リリーは走りだし、スティンに抱き着いた。
「と、っと。もう大丈夫だリリー。ああ、あんまりくっつくなよ。返り血がお前にも付いちゃうぞ?」
「平気。そんなの気にしない」
少し困ったスティンであったが、震える少女の頭をぽんぽんと優しくなでてあげた。
ぱちぱちぱち。
そこに小さな拍手が聞こえた。
「お見事。大したものね。君、騎士?にはみえないわね」
炎の玉が飛んできた方向から女性の声が聞こえた。
見上げるとそこには肩までかかるくらいの美しい黒髪の女性が立っていた。質の良い上質な生地で作られた服を着ており、とてもスレンダーな体形をしていた。平坦な胸、細く引き締まった腰、すらりと伸びた美脚、そして、平坦で残念な胸。
「うん。なんか失礼な視線を感じるわね!」
しまった。観すぎたか。スティンは苦笑いをして眉を吊り上げる女性の顔を見て自分とさして年が変わらないだろうと認識した。
「大丈夫だ。可能性はまだ残されている」
「なんのことかなぁ!!」
フォローのつもりが怒られてしまった。
リリーがおずおずと尋ねる。
「あ、あなたは?」
「あたしはミレイ。はあ。その年でグリズリータイプとやり合えるなんて、大したやつだと思ったのに」
「そういえば、あの火の玉は君が?魔法使いかい?」
「そう。でも、魔法使いってほどではないわ。あれが私の一発芸みたいなものよ。それに君こそ見事な魔法だったね」
ん?今この女性は何と言った?『見事な魔法』
「なんのことだ?俺は魔法なんか使えないぞ」
「は?」
女性は何を言っているのかわからないという顔して、スティンを見つめ返した。スティンとしても何を言われたのか分からない。
「使ってたじゃない。身体強化の魔法。あれ?使ってたよね?」
身体強化。魔法と言えば先ほどの炎などをイメージしていたが、つまり体を強化する魔法を使っていたということなのか。そうすると思い当たるのは。
「あ、あの精神統一法か?」
先ほど魔物と相対した時に使った集中力を高めるスティン独自の精神統一。あれが魔法だったのだろうか。全く認識していなかったが。
「もしかして、知らずに使ってたの?君天然?」
「む。そんな不思議ちゃんみたいに言わないでくれ」
「ああ、そうじゃなくてね。誰にも教わらずに知らないうちに魔法と使えちゃう人を『天然』ていうの。君のことね」
「そうなのか。知らなかった」
「あなた面白いわね。名前は?」
答えようとしたスティンはそこで大勢がこちらに向かってくる足跡を聴いた。まだ魔物がいたか?
警戒するスティンだったが、それは人間の足跡だった。よくみればそれはこの街の領主お抱えの騎士団であった。騎士団員達は厳しい顔つきでスティンの前までやってくると、規律正しくぴたりと止まり、こう述べた。
「スティン=オースティンだな。今回の魔物を街へ手引きした容疑で貴様を拘束する。おとなしく従え。呪われた血族よ」