上がったり下がったり
物語の主人公に憧れたことはないだろうか?
その主人公は運命に導かれ、あるいは翻弄されながら大冒険に繰り出すのだ。
主人公は他の人間にはない特殊な力を持つことが多かった。
そういった主人公に憧れを抱き、幼少の時期に主人公の真似をした経験はないだろうか?
スティンはその例に漏れず、幼少期憧れたことがあった。いや、スティンだからこそ自分の境遇を打ち砕く強い力に憧れを強く抱いたものだ。
「これは、君はまさか・・・」
そして今、只者ではないこの老人の反応に、スティンの胸は大きく高鳴った。
「ない! 魔力が全くないぞい」
「・・・・・・はい?」
その胸の高鳴りは一瞬で絶望へと変わるわけだが
「ちょ、ちょっと待ってください導師様。彼には魔力がないんですか?」
「うむ。少ないとかではない。全くの零じゃ。これっぽっちもないぞい。珍しいの~」
さらに追い打ちをかけられる。スティンはどこまでもやさぐれていった。もう、ここで寝っ転がってふて寝するのがたまらなく魅力的に思えてくる。
「ちょっとスティンここで寝ないで! ねえ、これ使ってみてよ」
ミレイが取り出したのは先ほども見せたあの火を出す魔道具だった。
スティンは受け取りスイッチをひねって火を出そうとするが、出ない。使い方は間違っていないと思うが、火は全く出てこなかった。
「やっぱり出ないのね・・・」
「だから言ったじゃろう零だと」
「・・・どうゆうこと?」
「その魔道具は。ほとんどの魔道具が同じなんだけど、魔力が必要なのよ。ほんの少しの魔力でもあれば火はつくんだけど・・・」
この世界の人間はほとんどが魔力を保持しているらしい。全くの零という人間はかなり少数とのことだ。
つまり、スティンは魔道具も使えないということになる。スティンのショックはかなり大きかった。
そもそも、ミレイが自分には魔法の才能があるようなことを旅の間ずっと言っていたので、スティンもその気になってつい浮かれてしまっていた。
その結果がこれである。とんだぬか喜びだ。スティンは恨めし気にミレイを睨んだ。
ミレイは目を泳がせた後、思い出したように老人に問うた。
「で、でも導師様。彼は魔法を使えたんです。それも今まで見たことのないような魔法でした」
「ほぅ」
老人の目がピクリと動いた。
「スティン君。ちょっとそれを儂に見せてくれんかの?」
「はい」
スティンは呼吸を整え、彼独自の魔法を使用する。視野が拡大し、体が軽くなり、力がみなぎってくる。
が、今回はいつもと同じでは済まなかった。いつも以上に力が湧いてくるのだ。集中力も今までで一番増している気がした。こんなことは初めてで、スティンも戸惑った。
(どうなってるんだ!!)
「ほ!こりゃあ、本当にびっくりじゃわ!」
老人はスティンをまじまじと観察した。
しばらくスティンは動かずに老人に観察され続けた。
「・・・スティン君。君がその魔法を使えるようになった経緯・・・いや、よければ君の生い立ちを教えてくれんかの。これはとても重要なことなんじゃ」
スティンは少し迷ったが、ラムザのことを抜かして、老人に話して聞かせた。
そもそも魔法を使っていた自覚がないこと。幼いころからほぼ一人で山奥で生活していたこと。ミレイに出会った経緯などを老人に話した。
「なるほどの」
老人は何度もうなずきながら、スティンの話を聞いていた。何度か口をはさみながら、自分の考えを確認するようにしばらく黙考した。
「導師様。何かわかりますか?」
「おそらく・・・その魔法を使えるのは世界でもスティン君。君一人じゃろう」