スティン。魔法を学ぶ
こうしてスティンは望まぬ冒険に旅立つことになった。
まずは王都。
その際同行を申し出たのが、ベベル、リリー。そして騎士団長オーガストだった。
オーガストが同行すると言い出した時は皆が一様に驚いた。彼曰く。
「勘違いするな。お前を認めたわけではない。世界の危機となれば、この剣を役立てようと考えたまで」
などと何やらテンプレートなライバル発言をしたのだが、その跡が締まらなかった。この街を警護する騎士団長が長期、街を開けていいわけがない。
ユリウスに諭され、部下の騎士たちに泣きつかれ、オーガストはやむなく同行を断念した。
他にも意外だったのがリリーの同行の申し出だった。スティンはこれまでリリーには好かれていない自覚があった。それが久々に会ったリリーは何やら態度が軟化していることにスティンは首をかしげた。
無論。これは襲われた際に助けてくれたことが理由なのだが、元々女性との接点の少なく、機微に疎いスティンである。そんなリリーの心情などわかる訳もない。ベベルがついてくるから一緒に来たがっているだけだろうと、勝手に判断してしまった。
それに対して困ってしまったのはリリーである。なんといってもこれまではスティンをとことん邪険にしていたのだ。それほど器用ではない彼女は急に態度を変えられるわけもなく、スティンに近づき、話しかけては見るものの、これがうまくいかず、会話が弾まない。
おまけにリリーにとって誤算だったのがミレイの存在だった。
彼女は気さくで話しやすく、三人ともすぐに打ち解けた。その上大変な美少女なのだ。年はスティンやベベルと同じ十六歳。リリーの二つ上だ。肩まで伸びる艶やかな漆黒の髪。鍛えられ引き締まった均等のとれたスレンダーな体。胸の慎ましやかな膨らみを見る限り、順調にいけば勝算がありそうだが、そのほかは完全に負けている。さらにスティンはこの二週間、戦いの訓練と称して彼女とつきっきりなのだった。
リリーとしては何とも面白くない。というか、焦っていた。
「どうすれば。いったいどうすればいいの?」
唸りを上げて悩むリリーに気が付く者はこの場にはいなかった。
「身体強化の魔法が切れたのね」
ミレイはスティンが急に失速した原因を語った。
「スティン。あたなの魔法のかけ方はとても特殊よ。本来なら呪文を詠唱しなければならないのにそれをすっ飛ばしてしまうなんて、高位魔法使いでも難しいことよ。その代りなのかわからないけれど、ものすごい集中力を使うみたい。魔法の効果時間ではとんでもない反射速度と動体視力、それに膂力も上がるようだけれど、継続時間が短いわね。普通の身体強化はもう少し長い時間効果があるんだけど・・・」
ミレイが積極的に攻撃をしなかったのはつまり、スティンの魔法効果が切れるのを待っていたためだ。
彼女はその年で剣技、体術ともに熟練者の域に達しているが、通常とは異なる魔法効果を得たスティンの反射速度を超えて攻め続けるのは不可能ではないが困難。ならば、その効果が切れるまで待てばいい。これまでの実験の結果。スティンの魔法継続時間は約五分足らずということが分かった。
スティンにしてみれば魔法を使っていた自覚がないので「本気で集中したらそれを継続させるのは五分が限界」とのこと。
「本当、不思議よねあなたって。魔法を使っている自覚がなかったり。それなのに無詠唱で使ったり。身体強化に間違いはないんでしょうけど。多分、従来の身体強化とは違う新魔法かもしれないわね」
「そうなの?」
「普通強化の魔法は攻撃強化、防御強化、速度強化と別々の系統で別れているの。でも、少なくともあなたは攻撃強化、速度強化、反射速度強化が同時にかかっている。まずありえないわ。言ってて思ったけど、これは確かにとんでもない集中力を使いそう」
「はーい。ミレイさん」
「何? ベベル。それと「さん」はいらないわ。言ってるでしょ。同い年なんだし」
「いや、ごめん。慣れなくて」
照れ笑いをしつつ顔をかくベベル。
ベベルとしてもオリヴィアの街には同い年の女性はあまりいなかった。それがこんな美少女を前にしては多少緊張してしまうのは無理からぬことであった。となりに座り半眼で見つめる妹を意識しつつ、ベベルは質問した。
「スティンが特殊なのはわかったんだけどさ。俺とかも魔法使えるのかな?」
「うーん。魔力はほとんどの人が潜在的に備えているものとされているから、可能性はあるわ」
「マジ!」
「あたしも使えるかな?」
ミレイの言葉に可能性を見出したのか。ベベルとリリーが色めきだした。
「ただ、相性があるの。火の系統に属するなら火の魔法。水なら水という具合にね。自分の持つ属性に反した系統の魔法を習得するなら、すごい努力が必要だし。極めるのは難しい。個人のキャパシティは決まっていて、修行でもそう多くは伸びないから、慎重に才能を見極めないと」
そういって、ミレイは集中しぶつぶつ呪文を唱える。そして、掌に炎の玉が浮かび上がった。
「あたしみたいにこれだけしか使えない。一発芸人みたいになっちゃうわ」
ミレイは恥ずかしそうに苦笑して掌の炎を散らした。
「あれ?て、ことはミレイは火の系統が元々の属性じゃないの?」
「あたしは土らしかったんだけど、子供の時はそれがすごく地味に感じて。魔法と言ったら火ってイメージあったのよ! だから、その、無理に習得したら、本来覚えられるスペック容量がなくなって・・・」
しゃべりながらどんどん声が沈んで顔も沈んで、ついには座り込み指で地面をぐるぐるかき回すミレイに三人は同情しつつ、間違いは侵さないようにしようと決めた。




