動き出す運命
緑葉の木々が生い茂る森に小さな広場があった。
そこに二人の男女が向き合っている。
スティンとミレイである。
二人は旅人が愛用する厚手の布地の服をまとっている。歩く際は外套も羽織っているが今は脱いでいる。
訓練用の剣を持ち、しばらく構えていたが。
「はあ!」
スティンが攻める。大振りは控え、小さく小刻みに動くながら攻め続ける。
対して、ミレイも最小限の動きでスティンの攻撃を躱し、いなしながら防御に徹する。
スティンの振り下ろしを綺麗に躱し、ミレイが上段に構える。スティンはとっさにバックステップし、剣を上段に構えるが。
「ぐは!」
スティンの腰にミレイのしなやかな足のミドルキックが炸裂した。
スティンの動きが止まったところにさらに後ろ回し蹴り。今度は状態を沈めなんとかやり過ごす。スティンはそのまま剣を振る。当てるのが目的ではなく、なんとか距離を取らせるのが目的である。ミレイは状態を後ろに逸らし回避。スティンも大きく下がり距離を取った。
『おおー』
見物のベベルとリリー兄弟から小さな歓声が上がる。
二人の訓練は終始こんな感じであった。スティンは攻めてはいるが、決め手がないので攻めきれない。経験不足の差が大きいため、ミレイのフェイントに何度も引っかかってしまうのだ。
さらに。
「ほらほら!動きが悪くなってるよ」
とたんにスティンの動くが悪くなる。元々我流であるために隙も大きいのだが、持ち前の反射神経で補っていた動くがぎこちなくなる。
「くっ」
攻守が交代してミレイが攻める、スティンは防戦一方である。そして――
「あいて!」
コーンといい音がしてミレイの訓練用の剣がスティンの頭に良い感じに入った。
「はい。私の勝ち」
「くっそー。あいたたた」
「加減したんだけど。大丈夫?」
「こぶができてる・・・」
「それくらい我慢しなさい。あなたはこれから魔物だけじゃなくて様々な敵と戦わなくてはならないかもしれないのよ?」
「・・・ううう。なんで俺が」
話は二週間前。ミレイが明かした真実を聴いた後のことだ。
ラムダ=オースティン。
その名を聞いてスティンの心の中に闇が降りてきた。
またか。またその名前が出てくるのか。
自分の生まれたときにはすでに祖父はいなかった。一度も会ったことなどないのに自分を縛りつける忌まわしき名。ここでもまた自分を苦しめるのか。
「大げさではなく。あなたのお爺さんが世界の命運を握っているといってもいいわ。スティン。何か、彼の行方を知る手掛かりはない?」
そんなものあるはずがない。スティンはずっと山奥でひっそりと暮らしていたのだ。手紙なども配達されたことなどない。ベベル以外に会いに来る人間もいなかった。
「そ・・・」
そんなものはないと言おうとしてスティンは止まった。
もし、ここでそういえば、長期拘留され尋問されるのではないか?
なにか、ないだろうか。なんでもいい。手掛かりになるようなものは?
「そ、そういえば。あー、親父が」
「お父さん?」
「そう。親父は何年も前にラムダを探して旅に出た。魔王に下ったのには理由があるのかもとか、そんなことを言って」
「お父さんはどこに?」
「・・・行方不明。でも、親父の足跡を辿ればあるいは手掛かりがつかめるかも」
「希望薄ね」
「悪い。それくらいしか思いつかない」
「そう。いいわ。スティン。私と一緒に来て」
「は? どこに?」
「この国の王都ライムハットに」
「・・・なんで?」
「国王様に会いによ」
「「「国王様」」」
室内にいる人間の声が重なった瞬間だった。
「私は元々あなたを探していたのよ。国王様はこの事態を大変重く見ているわ。どんな些細な手掛かりでもいいから情報を入れる様にと」
「いや、だからって俺が? 礼儀なんて何も知らない不作法者だぞ?」
「国王様は寛大なお方よ。それに今は非常時だもの」
「胃が痛くなってきたぞ。断れないのか?」
「何を言っている!」
スティンの失礼発言に激高したのはオーガストだ。
「貴様。わかっているのか? 国王陛下の直々の召喚命令なのだぞ? 何をおいても向うのがこの国の国民の義務というものだ」
「そうゆうことよ。それに召喚は正式に命令されているわ。断ったら」
「こ、断ったら?」
「国家反逆罪」
(ですよねー)
百万ゴールドの笑顔で微笑むミレイ。この状況でなければ女性の耐性がないスティンはくらっときてしまったかもしれないが、この時はとてもそんな余裕はなかった。