マリー 4
私は待った。
それはもう五分くらいは待ったと思う。
だがしかし、アララギ先生は未だに煙草を吸い続けている。
言い表すとするなら…そう、まるで銅像みたいだ。
(まさか寝てる?)
もはや見飽きたが、怖くなったのでもう一度アララギ先生の方をじっくりと観察する。
分かっていた事ではあるが、やはりアララギ先生は動く気配を見せない。
しかし、その目はしっかりと開いているのが確認できた。
(やっぱり、私から声かけないと駄目なのかなぁ)
マリーは正座の状態のまま腕を組む。
倉庫裏に連れてこられる前、マリーはアララギの「時間はあるか?」という問いかけに対し「ある」と言った。
その返答は間違いではない。
特に図書館に行って勉強をしたりスポーツに精を出したりする訳でもないマリーにとって、学校終わりというのは暇で暇で仕方のない。
しかし、だからと言って暇な時間を割いてまで無駄な時間を過ごすというのはまた違う違うのだ。
出来るならすぐにでも話を終わらせてベッドで寝転がりたい。これがマリーの考えである。
そうであれば何故声をかけないの?という疑問が生まれるかも知れないが、その理由は簡単だ。
一言で表すなら、マリー・グライエットは人と接するのか下手なのだ。
(少しでも取っ掛かりがあれば声をかけれるんだけど…)
マリーは再度頭を悩ませる。
話しかけようにも、どのような言い方が良いのだろうか。
いずれにせよ、このままでは時間がいくらあっても足りない。
そんな時、ようやく事態は動き出した。
(…あれ?)
どこからともなく聞こえてくる謎の音。
さっきは聞こえなかったものだ。
(まさか)
何かを察したマリーは再度アララギの方を見る。
そしてその光景に唖然とした。
(うわっ。汚っ!?)
アララギの口から涎が溢れ、床に垂れている。
先程の謎の音はそういう事だったのか。
何より、ラッキーだ。
「アララギ先生!?大丈夫ですか!?」
「…!すまん!」
心配という大義名分を得たマリーはここぞとばかりにアララギに声をかける。
そして声をかけられたアララギは意外にもあっさりと意識を取り戻し、慌てて口元を隠したのだった。
「本当にすまん。見苦しいとこを見せた」
「いやいや、気にしないでください」
内心では穏やかではないが、それを全て言える程マリーは子供ではない。
とりあえずは話がようやく進む事に安堵し、マリーは怒りを鎮める。
「…俺は何分くらい呆けていた?」
煙草を手元に移すと、アララギが何故かそのような事を詳しく聞いてきた。
実際は六分くらいなのだろうが…。
「二分くらいです。そんなに待っていませんよ?」
「あぁ、そうか。…良かった」
気を病んでもらってもなんだし時間は短く言っておいた。
少し考えれば二分しか経っていない事なんてバレてしまうかと思ったが、アララギは本当に意識が飛んでいたようで二分で納得し、安堵の表情を浮かべる。
…分からなかったんじゃ十分以上だとか嘘をついた方が面白かったかもしれない。
まぁ、どうでもいいか。
「アララギ先生。それでなんですけど…」
「ああ。すまん。本当はこっちから聞かないと駄目だったな」
「いえ…。別にその事は大丈夫なんですが…アルバートさんっていうのも私の祖父ってだけだし、今じゃ顔すらも思い出せなくて…」
「なにもそんなに詳しい話を聞こうとは思っていない。もっと簡単で分かりやすい事が聞きたかったんだ」
「あれ?そうなんですか?それじゃ、私でも答えられるかもしれないです」
その言葉を聞き、私は少しだけ安心した。
今でも夢を見るくらいだし、私は祖父の事が好きだったのだろう。しかし、その割には何にも覚えちゃいない。
実を言えば、アララギについてきたのも祖父の事が少しでも何か分かるかと考えたからだし。
「それで、何が聞きたいんですか?」
私でも答えられるであろう範囲内での問い。
そう考えた私の心は軽かった。
だがらこそ、この後の言葉が深く突き刺さったのかもしれない。
「君の祖父だったアルバートさんが、遺産を残したと聞いた。それはどんな物なんだ?」
「えっとですね、……遺産?」
私の頭が突如として思考を停止させる。
それが私の出来るせめてもの防御反応だった。
しかし、そんな事を知らないアララギは更に話を続ける。
「ああ。恐らくはアルバートさんが屋敷に保管していた道具のどれかだとは思うんだが、大体の物はアルバートさんの死と共に世界中に散らばってしまって行方不明だ。…だが、一個か二個は自分の信頼出来る人間に渡したのだろう。それが君だというのを聞いてきたんだが」
思考の止まった脳に次々と言われる謎の単語。
容量を超えた私の頭は既に限界に達し、先程のアララギのように数分間。
石のように固まり、動く事ができなかった。