覇道 2
彼、クラウン・ダブルフェイスは歩む。
ガルリア領の目玉とも言えるカジノ街を離れ、暗い路地裏の奥へと。
たった数百mの距離を離れるだけで、この国の闇の部分である場所に辿り着く。
通りを歩いている人間の服装に、あまり変わりはない。
だが、カジノ街で豪遊する富豪達と見比べると、圧倒的な違いが見える。
平然と人間に首輪を付けて歩かせている男。
歯は溶け、若くして老いた貴婦人。
ここはガルリアの収入源の一つ。
通称"暗闇"と呼ばれる場所だ。
奴隷販売所や違法な風俗店、果ては麻薬の取引まで。
1度国に持ち込めば大混乱に陥りかねない薬も、ガルリアでは全て合法。
違法行為も、全て暗闇が隠してくれる。
人によっては楽園とも言うべき場所だ。
何故、俺がこのような場所に足を運んだのか。
勿論、奴隷や薬が欲しい訳じゃない。
俺が求めているのは、"暗闇"で取り扱っている情報についてだ。
俺の脳裏に鮮烈に焼き付いた、あのナイフ。
ここであれば、詳細は分からないながらも、多少の情報を引き出す事が出来るだろう。
俺自身、何故こんなにもナイフ1本に執着しているのかは分からない。
しかし、あのナイフに俺の人生の答えを垣間見た。
幾度も考え、決して答えが出る事は無かった物が初めて分かるかもしれない。
本能に似た何かが、俺の身体を動かしている。
「情報屋…」
歩く事にしつこく娼婦から勧誘されるのが鬱陶しかったが、ようやく見つけられた。
情報を売る為、店の名前は情報屋。
シンプルで分かりやすくていいじゃないか。
直球なネーミングに惹かれ、俺は情報屋の扉を叩いた。
建てつけの悪い扉は少し押すだけで簡単に動き、俺を店の中に招き入れる。
内装はただのテーブルが置いてあるだけの応接間と言った感じだ。
日中だと言うのに、わざわざカーテンを閉めて光を遮断している。
雰囲気だけはある店だ。
「客だ。いるのか」
「はい。いますよ」
部屋中に聞こえるように俺が声をかけると、奥から黒のネグリジェを着た女性が姿を現した。
歳は恐らく30代か。服装を見るに、先程まで眠っていたようだが…
「立ち話もなんだ。好きなとこに座って」
女は眠そうな顔でソファに指差した。
期待外れ感は強かったが、この女も情報屋を名乗っている以上は、あのナイフの事を知っている可能性がある。
無理矢理気合を引き締め、俺はソファに腰を下ろした。
「ふぅ…。それで?何が知りたいんだい」
女は俺と向かいのソファに腰を下ろすと、すぐに話を始める。
自分でも分かっていない物を簡単に説明するのは難しい。
俺は、女に向かって長々とナイフの事を喋る事にした。
「…へぇ。貴方も災難だったでしょう」
「俺は慰めに来て貰いにあんたに話した訳じゃない。ナイフの事を知っているのか。知っていないのか。どちらだ」
「ええ。知っているわ。だけど、貴方。本当に何も知らないのね」
突然、女は嘲笑に近い笑い声を上げる。
無性に腹が立った俺は、自分の手をぎゅっと握り締めた。
「あら。気に障ったかしら。それじゃ、お詫びとして少し教えてあげるわ」
女は一言そう話すと、大きく息を吸った。
女のその行動に、俺は今か今かと意識を集中させられる。
そして、自然と俺の怒りもなりを潜めていく。
そうか。この女も伊達に情報屋をやっていないという事か。
技術とも言える間の取り方に、俺は少し感心させられた。
そして、そんな事を考えている間に、ようやく女はその先の言葉を口にした。
「貴方はその銀のナイフだけが特別な物だと勘違いしてるみたいだけど、実際は違うわ。他にも、特別な道具は存在してる」
「!?、どういう事だ!?」
「ここから先は商売よ。お財布と相談する事ね」
そう言われ、話を切られる。
少し舐めていたが、この女。結構手強そうだな。
情報屋の女に対し、俺の警戒度が少しだけ上がるのを感じる。
「それじゃ、簡単な説明で金貨1枚からよ」
情報屋の女は、そう言って俺に笑いかけた。