マリー 2
女子2人だけの閉ざされた雰囲気に、彼は易々と侵入してくる。
銀髪の髪は照明によって美しい光を放ち、幻想的とすら思わせる。
副会長クリフ・ルート・ザリバンその人が私達の座っているテーブルの前で動きを止めると、口を開いて白い歯をこちらに見せる。
「ルルーシュの御友人の方。初めまして。僕はクリフと申します」
「私からすれば初めてじゃないわ。私はマリー・グライエット。ルルとは同じクラスなの」
「あれ?ルルーシュと同い年の方でしたか。てっきり2年生か3年生の方だと」
クリフ先輩と私は社交辞令に近い笑いを浮かべ合う。
金と銀、男女それぞれの美形が談笑するその光景は、まるで学校内とは思えないような気品を感じさせていた事だろう。
事実、クリフ先輩は学生と呼ぶには大人過ぎるという様子だった。
知力というよりは知性に近い。
まるで30代の大人の人と会話をしているようだった。
「…もしかして、私はお邪魔かしら?」
私はルルを横目で見る。
顔はずっと俯き、スカートの裾をテーブルの下でぎゅっと握っている。
見られたくないものを人に見られた様に、恥ずかしそうに縮こまって動かない。
「いえ、お気になさらず。ルルーシュの姿が見えたので一言伝えに来ただけですから」
「そう。では、私は食器でも片付けてくるわ」
ルルが真っ赤になった顔を瞬時に上げるが、既に私はルルの分の食器まで手に持って席を離れようと動いていた。
私が席を立った時に置いていかれたような寂しさと、私に対する怒りが混じったなんとも表現しづらい顔を浮かべるルルが見えたのだが、クリフ先輩と小さな会釈をした後にすぐカウンターの方へと足を進める。
許してルル。彼氏彼女のイチャついている様子をまじまじと見てられる程私は大人じゃないから!
多少の罪悪感を感じるが、これはしょうがない。
それに、結局はルルも2人だけの方が話しやすそうだしね。
私が耐えれないとかじゃなく、善意だ。
優しさ100%だ。
…食器を返しに行く間、誰に咎められている訳でも無いのに、自分に対して言い訳を繰り返していた。
「ルルーシュ、昨日はありがとう」
「い、いえ!クリフ様こそ私なんかの為に…」
「ほら。昨日言っただろ?クリフ"様"はいらないよ。クリフで良いんだ。…呼び名は大事なものだからね。」
「えっと…じゃあ、クリフ…さん」
ルルがそう言うと、クリフは彼女の首に手を回してくる。
遠かったクリフ様がこんなにも近くに…。
ルルは耳まで赤くなり、感動で涙すら流しそうになった。
「明日帰省しようと考えてるけど、ルルーシュも来ない?」
何故私も行くのかとルルは聞き返したかったのだが、声を出せなかった。
首筋から伝わってくる体温、それと…滅茶苦茶に甘い口臭。
まるで本能に直撃しているような…。
そんな臭いだった。
体温がどんどん高くなるのが分かった。
「両親にルルーシュの事を紹介しようと思うんだ。…駄目かな?」
もはや、頭は正常な判断を下す事が出来ない状況になっていた。
まるで蜜に誘われる虫のように。
私はその言葉を引き出される事となった。
「…届け、申請しておきます。」
届けとは外出届けの事だ。
聖ミカエル高等学校を外出する際に必ず申請しなければいけない届けの事。
つまり、私はOKを出した。
私からその言葉を引き出す事に成功したクリフ様は、口角を上げ、美しいとしか表現出来ない笑顔を私に見せる。
「ありがとう。それじゃ、また明日」
「あっ…」
私から身体を離したクリフ様がこちらに振り向く。
なんでもないです。と言葉を口にすると、クリフ様は私から離れて行った。
全身から力が抜ける。
…昨日付き合いだしたばかりなのに。
既に、私の身体はクリフ様無しではいられない身体になってしまったのだろうか。
そんな事を考えながら、私は天井を見て惚けていた。
…クラスに帰って来たが、何かモヤモヤする。
頃合いを見てルルのところに戻ったけど、心は上の空って感じで全く会話が噛み合わないし、何があったの?と聞いても顔を真っ赤にしてルルは黙り込むだけだし。
それに、隣の席に座っているルルは一向に机から頭を上げようとしない。
半年間一緒に居ても見る事が無かった光景に、嫉妬に似た感情すら浮かんでくる。
こんなの見せられたら恋の期待度が上がるじゃないか!しかも、なんか取り残された感があって寂しいし!
そろそろ授業が始まるというのに全く集中が出来ない。
…まぁ、殆ど真面目に受けてはいないけれど。
「おーい、みんな席に着けー。大事な説明があるぞー」
担任の男がクラスに入ってくると、全員の注目を集める。
いつもとは違う状況に、私は顔を上げた。
「入ってきてくれ」
「はい」
担任の声と共に1人の見知らぬ男がクラスの中に入ってきた。
黒髪のボサボサ頭に、研究員が来てそうな白い服。
顔は…恐らく30代だろうか?
まぁ年齢的にも担任の男よりは全然マシに見えるけど…。
私の好みのタイプでは無さそうだ。
何というか。頼りがいが無さそうだし。
「今日から歴史を担当するアララギ・ミッドフィートという者だ。宜しく」
漢らしい声でアララギは話した。
風貌には似合わない深みのある声に驚き、私はアララギの方に目をやる。
すると、アララギもこちらを見返してきた。
目が合った瞬間、私はすぐに目を離したからその先の事は分からなかったが、アララギは目を逸らした私を見て、笑みを浮かべていた。