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コレクター  作者: めむ
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覇道 1

フィットア領から北に遠く離れた場所。

ガルリアに彼はいた。

雪の降る中で1人場違いにスーツを着込んで彼は大通りの中を悠然と歩む。


娯楽都市として僅か30年前に建設されたガルリアはまるで周辺の英気を吸い込んでいくかのように力を蓄え、今では北の国々の中でも特出した力を持つ国家にまで成長した。

何処を歩いても溢れんばかりの人だかり。

それに、観光客もただの観光客ではない。

周辺国家の王族、豪族。財を持て余した富豪達。

少し目をやるだけで教科書に載っていてもおかしくない奴らがチラホラ見える。

ただのスーツに持ち物はほぼ無し。

余りにも場違いに見える彼が何故この娯楽都市ガルリアに居るのか。

それは数週間前に遡る。


彼の名前はクラウン・ダブルフェイス。

ガルリアから少し離れた国、アビナンテで国を守る為に力を振るっていた男だ。

中小国家であったアビナンテにおいて富豪と呼ばれる人物はほんの一握りであったが、クラウンはその一握りの裕福な家庭で生まれ育った。

幸運はそれだけではない。

クラウンには様々な才があった。

勉学、スポーツ、果ては芸術までも高水準のレベルでクラウンは修めている。

それに加え金髪と青い目に端正な顔立ちと、広告塔として扱うには十分過ぎるものであった。

勿論そんな人材を国が見放す訳も無く、クラウンの下にはその才能にあやかろうと何人もの王族が自身の娘を差し出し、結婚の取り決めを図ろうとした。

しかし、クラウンが最終的に下した判断は国に奉公する事であった。


クラウンは15歳の頃に家を出て国の警備隊に志願兵として入隊を果たす。

北に位置する国々の気候は一定して年中冷え込んでおり、寒さによって作物は上手いようにに育たない。

それなのにアビナンテが国としての形を保つ事が出来た理由はアビナンテの領土内にある鉱山の為だ。

クラウンが15歳の頃にはアビナンテの鉱山資源はまだまだ豊かな物であり、それを狙って周辺諸国が戦争を起こしてくる事も少なくはなかった。

多い時で月に1回は遠征に向かい、死線を潜る。

裕福な家庭に生まれ育った者としてはありえない行動だ。

なのに、クラウンは防衛隊として最前列で戦争に参加していた。

何故?と聞かれると答えにくい。

1つ言えるとするならば、クラウンが戦争に参加する理由に国を守る為などという綺麗な動機ではなかった事は確かだ。


物心ついた時から何か感じる違和感。

クラウンは幼少期からそれについて悩まされていた。

その違和感の正体を探るのに努力を惜しまなかった彼は、積極的に見合いにも参加したし、自分の身体作りも毎日として欠かさなかった。

しかしクラウンの感じる違和感の正体が分かる事は無かった。

15歳。とうとう彼は耐え切れずに自身の気持ちを国に対する奉公心だと決め付け、今出来る1番の行動を早速始める。

ぶくぶくと肥えていく両親の下からクラウンは半ば断絶される形で離れ、国の警備隊に入隊した。


産まれて初めて手に触れる銃。

死線を何度か越えてきたであろう先人から自身に伝えられる戦争の体験談。

今までの生活とは全くと言っていい程違う世界。

初めて戦争に駆り出された時なんて足が竦んでとてもじゃないが動かなかった。


だが、初めての戦争の際にクラウンはようやく自身が抱いていた違和感の正体に気付いた。

戦争中には勿論死者が出る。

防衛隊として練習中に汗を流した仲間がすぐ横で頭を撃ち抜かれ、最後の言葉すら発する事も無く地面に倒れていく。

しかし、クラウンは倒れない。

敵の放った銃弾は面白いように彼を通り抜けていく。

最前列で1度も退く事なくクラウンは戦い続けた。

そして命を落としてもおかしくない戦いを何度もこなしていく内にクラウンは気付く。

自身の幸運さを。


生まれ育ちも、自身の身体も全て幸運と言えるだろう。

運の上限があるとすれば、俺は戦争で命を落としている筈だ。

なのに何故俺はこうやって生き延びているのか。


それは、俺には何か使命があるからではないのか?

だとすれば、俺は何をしたら良い。


そのような事を俺は考え出した。

それから俺はがむしゃらに戦争に参加しまくった。

最前列で自分の命を投げ捨てるように動き、敵を討ち払う。

いつしか俺はアビナンテの警備隊長まで自分の名を上げていた。

国から勲章も貰ったし、国の全員が俺の名前を知る程の知名度も手に入れた。

だが、違和感は無くならない。

もはや自分の生涯では見つかる事さえ無いと思い始めた矢先の事だった。


「城が燃えてる」


やる事もなくだらだらとしていた俺達の下に買い出しに行かせた仲間が血相を変えて飛び込んできた。

まさか。戦争があれば大きな動きが起こるしすぐに分かる。

門番も無能な訳じゃないしこちらに情報を寄越してくる筈だ。

考えられるとすればクーデターか?

財源も乏しいこの国を奪って何になる。


思考を巡らせながら、俺は同僚を全員武装させて外に飛び出した。

暗い外を照らすように城が火に包まれているのが見える。

長年国を守ってきた為に情が湧いたのか分からないが、俺は全員を引き連れて城まで急いだ。

深夜だったお陰で通りは誰1人出歩いてはおらず、俺達は容易に城まで辿り着くことが出来た。


近くで見ると分かる。

火事では絶対にここまでは燃え上がりはしない。

明らかに人為的に火が点けられ、燃えている。

その証拠に、城からは誰1人逃げた様子が見えない。


俺達は燃え上がる城を見上げ、言葉を無くしていた。

この火では誰も助かりはしないだろう。

警備隊としては完全な体たらく。

それに、この国は一体どうなるのか。

全員がそのような事を頭に思い浮かべていた事だろう。

ただ燃える城を見るしか無かった俺達の前に、彼等は現れた。

黒いローブを頭から被り、男女かすら判別出来ない2人組が燃え上がる城の入り口から談笑しながら俺達の前に姿を見せる。

明らかに火に当たっている筈のローブは一切燃え移る事なくひらひらと動いている。


城を完全に抜け出した2人は先程の光景に唖然とする俺達に気付いた。

ローブで顔が隠れて見えないが、俺達はまるで睨み合うかのようにお互い黙ってその場を動かない。

先に沈黙を破ったのは2人組の方だった。


「ほら。邪魔になってるじゃん」


「ソダネ」


ローブを着た1人が慌てた様子でもう1人に声をかけた。

恐らく声色からして話しかけた方が女性と見ていいだろうが、もう1人の方は子供のような中性的な声をしており男女どちらかの完全な判別は分かりづらい。


「動くな!!」


女性だと思われる人物はローブの中から何かを取り出そうと動きを見せる。

銃を警戒した俺はその場にいる全員に聞こえるように声を上げた。

俺の言葉に続くように仲間は各々の武器を即座に構える。

2人が城を落としたとは到底考えられないが怪しい事に変わりはない。

絶対に何かの情報は握っている筈だ。

俺は照準をローブに手を入れた女性に合わせる。


警告を無視し、黒のローブを着た女性は懐から自身の望む物を取り出す。

最前列だったからこそ、俺は取り出された物がなんなのかをはっきりとこの目で見る事が出来た。


「…ナイフ?」


頭に思い浮かべる前、俺は反射的にそれの名前を口にした。

食事の際によく見るなんの変わり映えのない銀製のナイフだ。

しかし、目を離す事が出来なかった。

俺の全意識が吸い寄せられるかのようにローブの女が持つナイフに向けられる。


そのすぐ後。

自分の手が意思関係なく1人でに動き出し、その銃身をこちらに向ける。

自分の顔に目掛けて銃口が向いているのが分かった時には、既に引き金は引かれていた。


一斉に響く銃声。

俺は後ろにいた仲間に押される形で地面に横たわる。


「あちゃー。どうしよ」


「キィニシナイ」


黒のローブを着た2人組は俺達が倒れた事になんの疑問を浮かべる事なく、血溜まりになった道を進んでいく。


地面に伏している俺の髪が血で染められ、金髪の髪の毛が赤くなる。

全身を仲間の血で濡らしながら、俺は息を殺して2人が完全に過ぎ去るのを待った。

段々と黒いローブを着た2人組の声が遠く離れていく。

数十秒後、辺りには城の燃える音しか聞こえなくなった。


「ハァ…ハッ…」


静寂を確認した俺は堪らず死体の山から抜け出た。

周りに目をやるが、彼以外の生存者は見受けられない。

何故クラウン1人だけが生き残れたのか。

それは、幸運にもナイフに意識を奪われた際に銃の引き金から指を離していたからだ。

1人でに手が動いたのはほんの数秒のようで俺自身に構えた銃口は顔から少し逸れていた。

そのお陰でクラウンは生き残る事が出来た。


這い出たクラウンは自身の胸を掴んで大きく息を吐く。

全身から震えが止まらない。

だが、恐怖や焦りによって引き起こされた震えではない。

この震えは歓喜に近い感情から引き起こされたものである。


クラウンは血だらけの手をお構い無しとばかりに目に当てがう。

見えてくるのはそこに積まれている仲間との思い出でも醜く肥え太った両親の事でもない。

ローブの女が取り出したナイフだった。


クラウンはナイフの事を思い出す中、無意識に直感した。

自分が産まれてきた理由に深く関係のある物体だと。


そこからのクラウンの行動は早かった。

仲間の死体には一切目をやる事なく、すぐに家に戻る。

そして風呂で血を洗い流し、身支度を整えると夜の内に彼は国を飛び出した。

1番の不安材料だったのが国の門番だったが、仲間の死体と同様に自分自身の手に持っていた槍を喉に突き刺し、絶命していた。

彼等も先程の2人組を止めようとしてこうなったのが容易に想像できる。


そのまま、俺は王の消えたアビナンテを早々に後にした。

目的地は娯楽都市ガルリア。

カジノ、娼婦、奴隷取引に薬。

なんでもあるガルリアには、それに吸い寄せられた王族と富豪達から到底人に話せないような機密情報も引き出している。

国を揺るがしかねない情報も多く抱え込むガルリアを、他の国々は安易に攻撃が出来ない。

その為にガルリアは莫大な観光代を何年にも渡って徴収し続けれている。

そんなガルリアなら、或いは。

そう思い付いてクラウンはガルリアに向けて出発した。


そして、彼はガルリアに辿り着いた。

華やかなパレードが夕方にも関わらず盛大に開催されている。

観光に来た大勢の人も街全体の空気に染められて大きく騒いでいた。


クラウンはその輪に入る事無く、陽の当たらない路地裏に消えていった。

光輝くカジノの光から隠れるように存在する情報屋を探して。

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