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コレクター  作者: めむ
1/8

プロローグ 夢の世界

「マリー」


…なんだ、またこの夢か。

私の頭を撫でる祖父と、満面な笑みを浮かべる私。

暗い部屋の中で2人きり。

このような夢は最近見出した物でもなく、私が祖父と離れた12年前程から何度も、何度も見続けてきた夢だ。

何度もこの夢を見ているから次の展開も分かってしまうし新鮮味もない。

それに私は結構眠りが深い方なのか分からないけど、夢を全部見るまでは一切ここから抜け出す事が出来ない。

まぁこの中ではまるで私は存在が無くなった。いや、私自身がこの空間に溶け出しているような気分になるから座りっぱなしで夢を見て腰が痛くなるだとかそういう事は無い。


夢を話半分で見るとかあまり訳の分からない状態にはなっているが、全部見なくては終わる事もない。

私はまたその夢を見届ける事にする。


「うわー、私あんな顔出来るの?」


本当、太陽みたいに明るい笑顔だ。

ただ祖父に頭を撫でられているだけだというのにこんな顔が出来たなんて、実はおじいちゃんっ子だったのかもしれないな。


「…やっぱり顔を見せちゃくれないか」


この夢では何故か祖父の顔は、まるで塗り潰されたかのように黒く見える。

私が赤ちゃんとして誕生して4年間一緒に生活した筈の祖父の顔は、私は一切として覚えてはいない。

あっ、そう言うのならば両親の顔も分からないか。

まぁ、これは仕方のない事と言えば仕方ない事なんだけどね。


「もう少しだよ」


祖父が私の頭を撫でながらそう口にする。

何度も見てきたから分かるのだが、この先30秒程の時間は私が黙って頭を撫でられ続ける光景が続く。

その間暇だし、顔も知らない両親の事を思い出そうとでも頑張るか。

…夢の中で考え事って言うのもおかしい話だけど。



商家であったグライエット家の6代目、ダニエル・グライエットとただの町娘であった母のメリア・グライエットの間に産まれた1人娘。

それが私。マリー・グライエットだ。


母だったメリア・グライエットは生まれつき身体が弱かったみたいで、私を出産する時に死んだらしい。

そんな危ない状態なのに母が私を産もうとしたのは、心から私の事を愛したかったからかも知れない。

…だけど父のダニエルは違った。

父が愛していたのは母のメリア。私ではない。


後で聞いた話だが、町娘として平凡に日々を暮らしていた母に一目惚れした父は何度も母に迫り、その度に玉砕。

しかし、父は諦めずに何度も色々な手段を使って母にプロポーズし続け、もう何十回目かも分からないプロポーズの末に母を射止めたらしい。

それが勇気ある行動かただの迷惑行為なのかはあまり断言できるという事ではないが、父の子供の頃の行動を逸話として私は捉えている。

それ程までに母を生涯の伴侶だと思っていた父には、母の死は重すぎたのかも知れない。

母が死んでからの父は仕事に没頭するようになり、産まれたてであった私を祖父のアルバート・グライエットに押し付けた。


その事もあり、私が2歳の頃まで本気で祖父の事を父だと思い込んでいたし、

それに、私がダニエルの事を本当の父だと知るのも遅すぎる事であり、父はこの世から去っていた。

父の死因は過労。

父は単純に働き過ぎて死んだ。

元を辿れば両親を殺したのは私のようなもの。

母を殺して産まれた私が父に愛される事などある訳がない。


死んだ母の傍らで泣き叫ぶ私は父にとってどう見えただろう。

考えるだけでも私には耐えられない。

本当に、両親には申し訳なく思っている。


「あっ、変わった」


祖父と私がいた光景はガラリと変わり、今度は私と1人の老人の2人が見えた。

この夢は3段階変わるのだが、2段階目がこの光景。

客観的に見ている私の視界が少し揺れるが、理由は馬車の上だからだ。

先程の暗い部屋とは違い、ここは目が冴えてしまう程眩い光で満たされている。

実際は起きる事は出来ないが。


「アルバートに頼まれました通り、貴女を私の一族の養子に加えましょう。」


黒い立派な顎髭を生やした老人が揺れる馬車の中、夢の中の私にそう話した。

2段階目はこの老人の言葉を聞くとすぐに終わる。

祖父の顔は全く見えないのにこの老人の顔はしっかりと確認出来るから不思議だ。

この老人なんかよりよっぽど見たいって言うのに。


「本当にこれ私だったかな?」


3段階目の光景は屋敷の中で暴虐の限りを尽くす私とその私を見て自身の顔を手で覆っている歳を食った女と男。

絶望した顔を浮かべる男女は、私の"元"親だ。

養子として引き取られたは良いものの、祖父と離れた現実を受け止められなかった私は暴れに暴れた。

この夢で登場する夫婦が私を養子として養っていた期間は2ヶ月もないだろう。

養子に取られて問題を起こし、また他の養子に出される。

これが私が"今"生活している場所に落ち着くまでに何回あったか。

両手の指では恐らく数えられないレベルである。

それにしても、本当にこれ私?

確かに子供の時から思わず抱き締めたくなるくらい可愛いけど、やる事が酷過ぎる。

子供だった私に勉強を教えようとやってきた若い女の家庭教師の先生の服は私の手に握られているハサミに切り刻まれたせいでだいぶセクシーな服に変わってしまっている。


男が若い女の家庭教師の身体に釘付けになっていた所を男の妻だろう人物が後ろから思いっきり蹴りを入れた。

悶絶する男とほぼ泣きかけの家庭教師、それと淡々とハサミで家庭教師の服を切り刻む子供の私。

その光景を見て女は立ち眩みしたようにふらふらと身体をよろめかせる。


「もう限界よ!!」


女は屋敷中に響くのではないかと思う様な大きな声で言い放った。


「はい、ちゃんちゃん。」


いつも夢はここで終わる。

屋敷だった光景は一瞬で誰もいない真っ暗な世界になった。


「…マリー。マリー!」


真っ暗な空間の中に溶け出した私の意識が声を捉えた。

この声は恐らく彼女だろう。

私もこれ以上ここにいるのは退屈だし、辛い現実に戻るとするかな。

そうして、私は夢の世界から脱出を果たした。





「…あぁ…マリー」


マリー・グライエットが夢から脱出した後、暗闇の世界の中で男の声が発せられたが、誰にも聞き取られる事は無かった。





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