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第七話

 「やっぱり、王子が亡くなってるからねえ。酒場もやってなかったのよ」


 いつも通り朝のお祈りをサボったノアが朝食の席でぼやく。あの後酒場に行ったのかよ、という僕のツッコミは受け流されノアは不機嫌そうに小さなパンを千切っていた。今日も相変わらず簡素な朝食である。


 「なにが悲しくてこんなもん食べなきゃいけないんだよ」

 「あんたが死んだからでしょ」

 「勝手に死んだことにされて勝手に葬式されても困る」


 1人増えた食堂の席で、僕らは端に座って愚痴話をする。幸か不幸か、王子が生きているという事には、まだ誰も気づいていないらしい。今朝も修道士さんと何人かすれ違ったが、誰一人として怪しい目では見なかった。新入りの孤児にでも思われたのだろう。ただ、僕とノアっていう修道院でも仲間外れにされがちな立場のコンビにくっ付いていたから声をかけなかっただけで。


 「あーじゃあカナンくん。あたしが美味しいお菓子の店を教えましょう」

 「よしきた、俺もたまに行く高級なレストランがあってな」


 お前ら少しは勉学に励めよ、というツッコミをスープで流し込み僕は時計を見た。

 王子がまだ14歳(推定)とはいえ、目の前に美男美女が揃っているのは嫌な気はしない。しかしちょっと静かにしないと会話から察されるんじゃないかな。


 「ねえ先生も行きましょうよ、いつも勉強ばかりしてれば頭がおかしくなるわ」

 「ノアは勉強しなさ過ぎてついに頭がおかしくなったの? 僕が居なくなったら誰があの子たちに勉強を教えるんだよ」

 「……それもそうね。先生には代わりがいないものね」


 存外すぐに僕を諦めたノアは、お盆を返却すると「お菓子屋、きっと開いてるわ。行きましょ」とカナンを引っ張って食堂を出ていってしまった。遊び相手が出来てノアも嬉しいのかもしれない、と思い込んで僕も自分の仕事場に向かう。そして、ようやく今日が始まる。


 僕がいつも仕事をしている小さな広間、と言うより部屋に入り、寒さから逃げるように机を寄せ合って座る5人ほどの小さな生徒たちに挨拶をして、僕は聖書を開いた。ここに来ているのは大体聖堂に捨てられていた孤児達で、体も気持ちも安定していない子が多い。よって毎日皆勤賞を遂げている生徒は僕の知る限り、居ない。出席人数は良くて5人、悪いと2人くらいになる。この子たちを立派な修道士もしくは修道女に育てるのが僕の仕事なのだが、王宮で生意気な王子を相手に何年か頑張った僕はいわゆる家庭教師のスペシャリストなので……やっぱりこれ、虚しいな。

 しかしこの仕事、大変と言われれば大変である。僕は聖書を読み込むのは昔から好きだったし、昨日のノアほどではないが神話や伝承も知っている。問題は僕がまるで精神がちょっとあれな人のための先生みたいな役回りになっていることだ。気持ちが安定していない生徒に、要約すると「神を信じていればいいよ」となるような、非常に内容のないことを吹き込んでいるうちに僕はなぜか子供をしつけるのが上手いと勘違いされ、問題児予備軍の孤児は必ず僕のクラスに回されている。もうお人よしなんてやめてやる。

 と言うわけで、僕のクラスは難ありの子だらけだ。面倒事は、すべて僕に押し付けられる。


 「……ノアほどじゃないから良いけどさ」


 こちらに目もむけないで自分の爪だけに視線を注いでいる女子生徒、リリーを見ながら僕はそう呟いた。

 特筆することも無く、いつも通り昼が来る。10歳にも満たない、この歳の生徒なら、普通は昼食の時くらいは楽しくおしゃべりをするものだが、残念ながら僕のクラスは配られた昼食に少しずつ、黙々と手を付ける生徒しかいなかった。少しはノアを見習ってほしい。あ、そしたらみんな脱走するな。前言撤回。


 「せんせい。どうして、神は私をお見捨てになったのですか」


 眼鏡をかけた女子生徒アンナが天を仰ぐ。仕方ないさ、仕方ない。ヴェランリードの神様は、王様と貴族しか救わないから。なんて言葉が普通に出てしまいそうになり、自分に失笑した。あいつが余計なこと言うからだ。でも確かに、ここの神様は僕を救わない。君も救わない。結局、なにが正しくて、何が間違ってるのかわからないから、僕は「アンナはいつか、絶対に救われますよ」と笑顔を作る。ああ神様、無責任な私をお許しください。


 「それは違うよ、アンナちゃん」


 急に聞こえたその声にはっとして振り返る。実をいうと声の主は知っている。なんだ、もう遊ぶのは終わりか珍しい。僕は声の主を探そうと部屋を見回した。やけに高くて甘い、眠そうなけだるい声。それでいて自信たっぷりに聞こえる、心当たりはひとつ。


 「カミサマっていうのはね、お金持ちしかお救いになりませんから」


 言いやがった。純粋な子供の心まで傷つけて、どうしようというのか。せっかく僕が有望な修道女にしてあげようってのに、許さないぞノア。予想通りアンナは衝撃を受けたような顔をして、「そんな……」と小さく言葉を吐いた。ちょっとしたことでこの子たちの心は壊れるのに、ノア、


 「だから、君は這い上がらなきゃいけない。カミサマに助けてもらうんじゃなくて、自分の力で、ね。そうすれば、いつかカミサマだって味方してくれるわ。何も起こさないで、自分は不幸だって嘆くよりも、まず頑張ってみなきゃなにもはじまらないもの」


 窓ぶちに颯爽と立っている、黒に身を包んだ修道女。靡くひざ上のスカート、すべてを見透かしたような青の瞳。風に遊ばせているプラチナブロンド。ノアは華麗にジャンプして着地した後、ブーツの踵が床に当たる、小気味いい軽快な音を立ててやってきた。外靴で歩くな、汚れる、なんて言葉も出てこない。


 「先生、祈りの心は大切ですけれども、それだけでは生きていけません。この子たちを他力本願な妄信者に育てるつもりですか」


 アンナの頭にぽん、と手を置いて、微笑むノア。既にアンナは聖女を見るような瞳でノアを見上げている。 

 ノアの言うことは、間違ってはいないのだ。でも僕の言う事も間違っていない。だいたい何勝手に教室に乗り込んであーだこーだ喋ってんだ、不審者。そう言ってやろうと思ったのだが、部屋にいきなり乗り込んできた美少女に生徒たちは釘付けである。アンナをはじめとする多数の生徒がノアを取り囲んでいた。ノアは笑顔で、「さあみんな、救ってもらいましょう」と語りかけている。くだらない。

 神様に頼ればなんとかなるほど、この世は楽じゃないのだ。

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