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第一話

 目が覚めたら僕はふかふかのベッドに居て、隣でメイドさんが優しく微笑んでいる。「朝ですよ」と告げて、今日は王子のお勉強が11時から、だなんて話し出す。僕はヴェランリード王宮に仕える王子の家庭教師兼教育係で、今日も今日とて生意気な王子にちょっと腹を立てながら仕事をするんだ。

 メイドさんに返事ひとつして、部屋から追い出した後に用意してある制服に着替え、用意してあった少しのパンを齧る。長い廊下を渡って、僕の実家の面積くらい有りそうな王子の部屋に向かう。さて、今日も美味しい夕飯とおやつのために頑張ろう。あれ、どうしてみんな僕を見る目がおかしいんだろう。いつもなら笑って挨拶してくれるのに、おかしいな。僕の事を言っているようにも聞こえるけれど、これはどういうことだろう。

 執事長様が真剣そうな面持ちで僕の前にやってきた。


 「エステル、君の両親の話は聞いている。もう君は王子の家庭教師ではない、荷物をまとめて出ていく準備をするんだな」



 目が覚めたら僕は今にも壊れそうなベッドに居た。嫌な汗でじっとり濡れた感覚と共に、悪夢を思い出す。あれは2年前の話、鮮明に覚えてる。こんなことを夢に見るなんて、今日は運が悪いなあと思って外を見たらもう朝の光が窓を照らしていた。ここは僕が昔勤めていた城のように設備がしっかりしていないから、窓からは冷たい風が入り込んでくる。今からもう一度寝て幸せな夢を見直すには時間が足りなすぎる。鏡に映った顔色が悪い自分に舌打ちして、自分で用意した制服に着替え、朝食の時間まで読書をして暇をつぶすことにした。今日は仕事に集中できそうにない。

 僕が悪夢を見たところで、院の動きになんら変わりはない。無事朝の務めを終える。修道院の真ん中にある大広間で行われる毎朝のお祈りは、修道院に居る全員で行われる。神父様やシスターがありがたいお話をしてくれる貴重な時間だ。信仰深い修道僧さんたちは毎朝救われた気分になり、その気持ちで一日を過ごすのだろう。僕も例外ではなく、ここに来てから2年間欠席したことがない。そして、そのあとに待ち望んだ朝食の時間がやってくる。肉体的にも精神的にも、この時間だけは心安らぐわけである。しかしながら、あんな悪夢を見た直後では話も耳を通り抜けてしまい、結局話の内容はまったく覚えていない。というかよく考えたらこれまでの朝のお話もよく覚えていなかった。一時期でも、なぜ僕は王宮で家庭教師なんかできたんだろうか。

 幼い学僧たちにお勉強を教えることが今の本業の僕は、朝食を食べながら今日はどんな計算をやろうかなんて考えた。ここには10歳にも満たない修道僧から、30歳前後の方まで居る。僕はその10歳にも満たない子を教える役で、偶然にも以前家庭教師をしていた王子と同じ年齢層だから、教えるのにはそれなりに慣れている。17歳にして家庭教師のプロの僕って我ながらすごい……と考え、空しくなった。パンを齧りながら、僕は毎日のようにこんなことを思うのである。


 「なーにしけた面してんのよ、せんせい」


 その時、後ろから声が聞こえた。振り返る前に、思案する。

 僕の事を先生と呼ぶのは僕が担当するクラスの10歳以下の子たちだけだ。15歳くらいになると、どこからか僕の過去の話を聞き出して馬鹿にしてきて、名前すら呼ばれない。しかし10歳以下の純粋な子たち(少なくとも僕はそう思っている)がしけた面なんて言うには違和感がある。つまり、心当たりは一つしかない。


 「うるさいな、ノア。朝の務めにすら来ない人にはわかりませんよ」


 プラチナブロンドの長い髪を拝もうと振り返り、予想通り息をのむ。目の前に、僕の少ない語彙では表しきれない美少女が立っていた。

 綺麗な細い髪を背中まで伸ばし、青の澄んだ瞳がまっすぐ僕を見ている。初対面の時は、「わあ、この子可愛い」などと思ったものだ。しかしその考えは3分で改めることになる。このノアという少女は、朝の務めに来ないで朝食だけちゃっかり頂いていくような奴だった。真面目な人ばかりの修道院で無類の問題児ノアは周りからも見放されているようで、友達は僕が知る限り僕しか居ない。その美貌故に修道女からは嫉妬されている、なんて話も聞いたことがある。

 黒ベースの僧服さえ似合うノアから視線を逸らし、朝食のパンを口に入れた。朝食を抜きにされたと思われる哀れなノアに「神様からの慈悲」なんて言いながら一切れ渡し、隣の椅子に置いていた聖書を自分の膝に乗せた。無言で椅子に座ったノアは、「朝の務め今日は行ったよ? 夢の中で、ちゃーんとお話聞いたし」と言い訳する。こっちは悪夢を見ていたってのに、幸せな奴だ。

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