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想いのまにまに!  作者: 柴乃
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春疾風

巡る季節はどこにも平等にやって来る。

寒さが和らぎ、次々に蕾が綻び、その間を穏やかな風が通り抜ける。1年前に住み始めた涼代眞尋すずしろまひろにとって、二度目の春が訪れようとしていた。

ここ、立月町は都会から離れ、自然が入り混じるこの町は喧騒から離れた、若者から言わせると“何もない”ようなそんな町だ。

しかし、そんな何も起こらないところを涼代は気に入っていた。

“平和”“平静”“平穏”。涼代が理想として掲げる三つの信条を叶えるのにまたとない場所だ。


涼代の真上に“少女が落ちてきた”のはそんな“平和”だったはずの、四月のある日のことであった。


ー…何が起きた?

涼代は痛みと共に混乱の只中にあった。

すぐ目の前のアスファルトを見ながら整理する為に記憶を弄る。

涼代はいつも通り高校からの帰路についていた。

神社前を通り過ぎ、住宅街を暫く歩く、というのがここ1年涼代が使っている通学路だ。

住宅街はともかく神社周辺はちょっとした小山といってもよい程、うっそりと木々が茂り、暗い印象を受ける。

それに加え、あまり需要がないのか街灯がほとんどなく、夜は危ないことこの上ない。

それに起因しているのかどうなのか、学校から帰ってくる夕暮れ時に涼代が人とすれ違うことはほとんど無かった。

いつもは人気のないこの場所が、しかし今日はいつもとは違っていた。

やけに騒がしかったのだ。

しかも何か、言い争うような声である。

道に誰の姿も見られないことから声はどうも神社へと続く石段からしている、と涼代は考えた。

何かあったのかと、通り過ぎざまに涼代はちらりと視線を向けて。

次の瞬間、確認する間も無く、ものの見事に涼代はうつ伏せに地面に叩きつけられていたのだ。

…つまり、何が起きたのか分からない。

「いっ…」

腰が痛むが取り敢えずそれを無視して、涼代は未だ腰を圧迫している落ちてきた何かを見ようと無理やり首を捻り後ろを見上げた。

「…っつ〜」

腹の上にいまだ尻餅をついていたのは、紛れもなく人間であった。

紺チェックのスカートに紺のブレザー、赤いリボンは涼代と同じ、立月高校の女子の制服である。

少女は長い黒髪を揺らしながら痛みに顔をしかめ、刀を手にしていない方の手で腰をさすった。

ーなんで刀持った女が落ちてくるんだよ…飛行石持った某少女なわけでもあるまいに…

と、心の中でぼやいてそこで涼代はようやく気がついた。

ーそもそも刀を持っているのはおかしすぎやしないか?

あまりに単純なことではあったが、気がついた瞬間ぎょっとして、激しく身を引こうとすると上に乗っかっていた少女が弾かれたように立ち上がった。

地面に寝そべっている涼代と目が合い、驚きからだんだん顔が赤くなる。

そして、ビシッと刀を指差すように突き付け、少女は口を開いた。

「こっ…この、ばか!あんぽんたん!

なんでこんなとこに人がいるのよ!」

「す、すみませんです〜…」

飛花ひかじゃなくてこいつにいったの!」

唐突な罵声に誰か第三者の声が申し訳なさそうに応えた。

涼代の視界には目の前の少女以外、付近に人など見当たらない。

「何言って」

「ってこんなことしてる場合じゃない…」

涼代の言葉などまるで耳に入った様子もなく少女はぶつぶつ言いながら焦ったように涼代に背を向けた。

もしかしたら、ちょっと電波な奴なんだろうか、と涼代はそう結論付けた。

世の中には中二病とかコスプレイヤーとかそう呼ばれる人種もいる。

取り敢えず、ぶつかられたことに対して謝られるどころか罵声を浴びせられたことには納得行かないが涼代の野生の勘がこう伝えているのを無視するわけにはいかなかった。

ー厄介ごとになる前に此処から離れたほうがいい。

「飛花、あいつは?」

「えと…頑張ってみるです…」

腹話術かなにかなのか刀を握りながらいまだ一人二役で喋る少女を尻目に涼代はそろそろと立ち上がった。

腰が痛むが動けない程じゃない。

落とした鞄を拾い上げ、歩き出そうとしたその時、緊迫した声が上がった。

「気配が!戻ってきます!しかもすごいスピード!」

「ここに…!?ちっ!」

少女が舌打ちして、涼代を見た。

「そこの!早くここから立ち去って!

あいつ、何するか分からな」

「そりゃどーも。」

唐突に、緊迫した空気を斬りとったかのように声が聞こえた。

低い、しかしハッキリした声だ。

今度は見渡さなくてもわかる。

声は少女の前からしている。

「…っ!」

少女は少し飛びのいて刀を構えた。

涼代の中で確信に近い思いが芽生えた。

そこには確かに“何か”がいた。

少女が刀を握る力を強めた。

「よく戻ってきたわね…」

「気が変わってな。追っ手は始末しといたほうが姿くらますのに後々楽だろ?

つーか、追いかけてきたのがお前みたいな小娘でよかったぜ」

靄、とでも言えばいいのだろうか。

少女の前に薄っすらと人のような形を形成して空気が揺らぐ。

とんでもなく非日常なことが起きている。

肌で感じる異様な空気に涼代は固唾を飲んで見守った。

その目の前ので少女は悔しげに顔を顰めながらブレザーのポケットから1枚の紙を取り出した。

「大人しく捕まれっ…!」

「ちっ、札かよ。準備のいい…」

少女が片手に札と呼ばれたを持ち、もう片手で刀を振り上げた。

「うっ…!」

しかし刀が振り下ろされることはなく空中で止まった。

まるで何かと拮抗しているかのように震える。

そしてその均衡はすぐに崩れた。

空気が揺れ、まるで何かに突き飛ばされたかのように少女が刀ごと飛ばされた。

「きゃっ!」

ズサッ…!

涼代の目の前で少女は何かによって勢いよく地面に叩きつけられた。

ひらり、と風により札が舞う。

少女はそれに気づいているのかいないのか、素早く立ち上がり、刀で何かに立ち向かっている。

ーこのまま、逃げていいのか。

涼代の頭にそんなことが浮かんだ。

足元に落ちている紙は少女にとってとても大事なもののようで。

その何かへの対抗手段として使う気だったようだ。

ー…だったら、やるしかない。

強く吹いた風にギリギリで地面にへばりついていた薄い札が高く舞う。

それを掴み、涼代は強く握った。


少女は何かによって押されているようだった。

少女の表情に焦りが過る。

涼代は横に回り込むと手にしているものを靄に向かって投げた。

「こっちだ!」

思い切り投げた石は靄に絡むことさえなく通り抜けた。

しかし、涼代が望んだ効果はあったようで靄が心なしか涼代の方を向いた。

「馬鹿っ!石でなんとかなる相手じゃ…!さっさと逃げろって言ったじゃない!」

少し息を切らしながら、切羽詰まったような口調で少女が言う。

「小娘の言うとおりだ。石ごときでこの俺が倒せるとでも思ったか、小僧。

ただ居合わせだけのようだから放っておいてやったが…」

少し嘲笑を含んだ低い声が聞こえる。

「お前から殺してやろうか」

涼代の背中をぞくっ、と寒気が駆け抜けた。これが殺気なんて言われるものかもしれないと思いつつ、涼代は足を踏ん張った。

「…倒せるかなんて知ったことじゃない」

涼代はもう一度腕を振り上げた。

「俺はやれることをやるだけだ!」

「馬鹿が!」

「あっ、札…!」

少女が驚きの声をあげた。

一回目の石は自らに気をひく為のものではなく、言わばこの為の布石だった。

ー投げようとしているのが“ただの石”だと思わせるための。

涼代が思い切り投げた石を札で包んだものは、勢いよく靄に向かって飛んでいった。

バチッ!!

そして靄に触れた瞬間、火花のような青い光を散らし、ぐしゃぐしゃに石に纏っていた札がピンと張った。

「くそっ!巫山戯るなぁっ!」

低い声が吼える。

呆気にとられていた少女は、次の瞬間顔を引き締めると叫んだ。

「我、野狐 千里 を此処に封じる!」

そして迷いなく札を刀で突き刺した。

「ぐあああああっ!」

靄がに吸い込まれていく。

そして残さず吸い込んだかと思うと札は丸まりコロン…と地面に転がった。

一瞬にして、少女の荒い息使いが目立つほどに通りが嘘のように静まり返った。

まるでいつもの日常と同じ通学路である。

一連の流れを呆然と眺めていた涼代は、少女が丸まった札を手に取るのを見て我に返った。

ーまじでヤバイのに巻き込まれたかも知れない…。

今更ながらにそれを実感し、涼代は自らの座右の銘としている言葉を呟いた。

「…三十六計、厄介ごとからは逃げるに如かず…!」

そこからの涼代の行動は素早かった。

鞄を引っ掴むと猛烈な勢いで走り出したのだ。

「あっ…ちょっと!」

少女の制止などまるで聞こえた様子もなく走り去っていき、後にはポカンとした少女が1人、取り残された。

「…なんなの、あいつ…」

丸まったばかりの札を握り締めながら、少女は刀片手に呟いたのであった。

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