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ドリフィング・エデン・フロンティア  作者: 井平カイ
【最強最弱のプレイヤー】
9/60

デスペナルティ

 道を歩き目的地を目指す2人の間には、再び重い空気が流れていた。クロエは、シグマの普通じゃない動揺の仕方を目の当たりにし、目を伏せ、黙って隣を歩いていた。シグマはというと、今の自分の置かれた状況を冷静に把握していた。そしてそれについて考察する。


(ステータスが変動するということは、戦闘の度に確認しないといけないな……。まあ、攻撃と防御は装備のおかげで高いから、そこらへんの雑魚相手なら確認するまでおないけど……。ランキングの上位、SSSモンスター、ジョーカーとやり合う時は、ちゃんと確認しないとな)


 その他にも彼が考えることがあった。ステータスがカンスト以上だからゴリ押しで大丈夫と思っていたが、それが違うとなるとちゃんとした戦い方を考えないといけない。その最初の一歩として、シグマはまずは自分について一度整理することにした。


(俺の強みは、“使用可能武器の多さ”、“SSS武具”、“ジョブのレベルの高さ”……

 逆に弱みは、“HPの圧倒的低さ”、“毎回変わるステータス”、“経験の少なさ”……)


 ここで彼はふと思い出す。自分のジョブ、“ゴッドハンド”について。クロエも聞いたことがなかった。亜梨紗からも聞いたことがない。全ての種類の武器が使用可能であり、それぞれの武器のスキルも充実している。もし彼が普通のプレイヤーで、チートでないとすると、このジョブだけで他の人よりもかなり有利になるだろう。ステータスの高さもさることながら、このジョブであったことが、シグマにとって何よりもありがたかった。不安定なステータスに永遠のレベル1。それが戦いにどう影響するか……それは、未来だけしか知り得なかった。


(……そう言えば)


 自分を分析している過程で、何気なく気になったことがあった。

 一度隣を歩くクロエに視線を送る。帽子が顔を隠し、クロエの表情が見えない。


「………」


 シグマには聞きたいことがあった。だが、やはり未だ他人に自ら話しかけることを躊躇する。それでも聞かないことには分からないため、彼は大きく息を吸い込み声を出した。


「……なあクロエ」


「は、はい!?」


 クロエは驚いたように声を上げ、顔を勢いよくシグマに向ける。その反動で、やはり帽子はずれていた。


「ランキング戦って、レベル1でも出来るのか?」


「あ、はい。大丈夫ですよ。レベルというのはHPを上げるためのものですし。あとは、経験の豊富さを確認する資料みたいなものです。モンスター討伐、ランキング戦、色んな戦いをたくさん経験すれば、自然とレベルは高くなりますからね。だから極端な話をすれば、レベルが低くてもゴールドプレイヤーになれたりもします。

 ……もちろん、そんなのは到底不可能ですけどね」


「……やっぱり、レベル1のままゴールドプレイヤーになるのは難しいのか?」


「難しいどころの話じゃないですよ。さっきも言った通り、“不可能”です。ランキング戦が進めば、当然ですけど、かなりの手練れがたくさん現れます。互いにHPを削り合い、ギリギリの戦いの中、辛うじて勝利を掴み取ることが出来るんです。時には“肉を切らせて骨を断つ”という戦い方も必要です。

 ……それがレベル1だと、最初から話になりません。だって、たった一度でも攻撃を受けたら終わりなんですから。最初の方は勝てるかもしれませんが、相手が圧倒的な強さを持つ人――例えば、ナイツオブラウンドだとするなら、やはり“不可能”ですよ」


「そう、か……」


 シグマは自分がしようとしていることが如何に無謀なことかを、改めて実感した。それでも、彼は歩みを止めるわけにはいかなかった。この世界で現実世界のことを覚えているのは自分しかいない。つまり、この世界を解放出来るのは――亜梨紗を救えるのは、自分しかいない。そう自負していた。

 握る拳に力が入る。踏み出す足は歩幅が大きくなる。

 世界の感触を確かめるように、シグマは歩いていた。




 ◆  ◆  ◆ 




「……ここが、目的の場所です」


 そして案内されたのは森の中にある小さなほこらだった。木々が生い茂る森の中にぽっかりと空いた広場。その中央に、石の祠があった。


「あの中にあるのか?」


「はい。……ですがあそこに近付くと、ランクCのモンスターが出るんです。植物の形をしたモンスターで、“レッドローズ”って名前のモンスターです。つるを使って来るんですよ」


 クロエはそのモンスターについて熟知していた。その特徴、攻撃方法を長々と説明する。それを聞いたシグマは疑問を感じた。


「……何でそんなに詳しいんだ?」


「そ、それは……」


 クロエは言い辛そうにしていた。目を泳がせ、シグマと視線を合わせようとしない。

 しばらくあたふたとした後に、観念したように俯いてその理由を話す。


「……実は、前にそのモンスターと戦ったんです」


「は? 一人でか?」


「はい。どうしてもそのアイテムが欲しくて……」


「……で、負けたと」


「……恥ずかしい話ですけど。おかげで“デスペナルティ”を受けてしまって……」


「デスペナルティ?」


 シグマにとって、聞きなれない言葉が飛び出した。直訳で死の制裁。


(死ぬと何かペナルティがあるのか? でも、そんなはずは……)

 

 このゲームでは、負けた場合最後にいた町に移るだけのはずだった。少なくともシグマは亜梨紗にそう聞いていた。しかしクロエの説明は違う。何かしらの罰があるのだという。


「なあ、そのデスペナルティって何だ?」


「それも知らないんですか?」


「いいから。教えてくれ」


「はあ……。別に大したことじゃないですよ? モンスターに負けたり、ランキング戦で負けたりすると、それまで稼いだPPの1%が減るんですよ。

 まあ、シグマさんの場合レベル1ですから、大したことないと思いますけど」


「………」


 それは、亜梨紗がシグマに言ってなかったことだった。マイナスのことを言えばKOEをしてくれなくなる。そう考えた亜梨紗は、彼には説明しなかった。

 考えてみれば当然だ。何のペナルティもないと、“負けてもいい”という考えが過ってしまう。それは戦闘の緊張感をなくし、面白みがないグダグダしたゲームに成り下げる原因ともなる。

 ……しかしシグマにとって、それは“大したこと”であった。言うまでもなく、彼のキャラは改造が施されている。その不備で、レベルは1のまま。シグマはとにかく確認する。


「――これまでの総PP表示」



 これまでの総PP …… 0PP



 やはりそれも、不備の影響が出ていた。さっき数体化けネズミを討伐したが、PPに変動はない。では、もしこれで経験値減少が起これば?


(……これは、マズイかもな)


 普通に考えれば、“変わらない”。しかしシグマのキャラデータは“異常”である。永遠のレベル1、変動するステータス……他のプレイヤーとは明らかに違う異質な存在。

 そんなキャラに、デスペナルティがかけられればどんなバグが起こるか分からない。もちろん何も起こらず、PPは0のままかもしれない。むしろその可能性の方が高いだろう。……だが、何かが起こる可能性がある以上、リスクは避けるべきだとシグマは考えていた。それが致命的なバグで、キャラデータに損傷を受ければ……。それだけに留まらず、“時雨真輝”自身に何か影響が及ぶ可能性も捨てきれない。


 何が起こるか分からない。何が起こってもおかしくない。そんなシグマにとっての“デスペナルティ”は、本当の意味での“デスペナルティ”のように感じられた。


(負ければランキングが下がるだけじゃない。未知のバグすら起こりうるってわけか……

 ……ますます死ねないな……)


 シグマは改めて実感した。自分が如何に勝ち続ける必要があるかを。他のプレイヤーとは比べものにならないほどの重圧。しかしそれは、彼が覚悟していたことだった。

 ……それでも彼の足は、クロエに気付かれることなく、僅かに震えていた。

 そんな心の奥にある負の感情を振り払うように、シグマはクロエに話す。


「……そのデスペナルティってのは、ランキング戦とモンスター討伐に負けた時だけなのか?」


「はい。それ以外の戦闘……例えば町での戦闘では起こらないんですよ。考えてみれば不思議ですよね」


「………」


 不思議なことではない。もしどこでもデスペナルティが起こるのなら、PK(プレイヤーキル)がそこら中で起きかねない。それを防止するために、ペナルティの場を限定的に設定してあるのだろう。

 それは“ゲーム”としての常識。“現実”として考えるクロエには、理解しようがなかった。


「……話が逸れたな。さっさと回収しよう」


 時間を費やしたと思いシグマは祠に向かう。それを見たクロエは慌てて後に続く。


「あ! ちょっと待ってくださいよ!」


 そして二人が祠に近付いた時、突然大地が音を立てて割れ始めた。

 シグマとクロエはその場で立ち止まり、体勢をやや屈めその方向を注視する。


「――来たか」


「は、はい……!」


 二人が見つめる先から現れたのは、巨大なバラだった。血のように赤い鮮やかな花びらに濃い緑色の茎と蔓。そして蔓には、多数の鋭利な棘が生えていた。


「これが……レッドローズ」


 シグマは目の前の巨大なバラを睨み付ける。彼はステータスを確認しなかった。ランクCのモンスター。その程度の敵で苦戦なんてしていられない。彼には、倒すべき強大な相手が多すぎる。


「き、来ます!」


 クロエの言葉と共に、レッドローズはその蔓を勢いよくシグマ達に伸ばす。その速度は速く、ジョブレベルが低いクロエには避けれそうもなかった。


「チッ――!!」


 シグマは一瞬クロエに視線を送る。自分は避けれても、クロエには出来そうもないことを瞬時に理解した。


「ウェポンセレクト!! “シールド”!!」


 その叫びと共に身の丈ほどある巨大な灰色の盾が召喚される。それを前方に向け構えたシグマは更に叫ぶ。


「スキル発動――“ラージシェル”!!」


 その瞬間シグマを中心にドーム型の光の壁が展開する。壁は迫り来る蔓を止める。壁に触れた蔓はその勢いを止められ、大きく弾き返された。


「クロエ! 矢を放て!」


「ああ……あああ……」


 クロエは恐怖で固まっていた。以前勇気をもって戦いを挑んだ時、彼女は無惨に切り刻まれ、成す術なく敗れていた。その時に刻まれた恐怖は簡単に拭い去ることなど出来るはずもない。

 そんなクロエの心境を理解したシグマは、固まる少女にあえて激を飛ばす。


「グダグダ考えるな! 目の玉開いてよく相手を見ろ!! 相手は何だ!? ただのデカイ花だろうが!!」


「…………」


「お前が固まったら誰がアイテムを取るんだよ!! お前の弓矢は飾りか!? お前には、手に入れたいモノがあるんだろ!?

 ――力で勝ち取れ! 己で掴み取れ! ――クロエ!!」


「―――ッ!!」


 シグマの呼び掛けに、クロエは背中の弓を取り出す。震える手で弦を引き、閉じそうになる瞳で巨大な花を必死に見る。


「――ス、スキル発動! “ハードアロー”!!」


 指を離すと光を帯びた矢は花に向かって空中を駆ける。そして矢が花びらの中心に突き刺さると、レッドローズは大きく後ろに仰け反った。

 その瞬間にシグマは地を蹴りレッドローズの頭上に舞う。


(体が重い――!!)


 おそらくSPDが低くなっているのだろう。これまでで一番動きが鈍い。それでもシグマは静かに言葉を紡ぐ。


「ウェポンセレクト、“アロー”――」


 そしてシグマも弓を引く。バラの中心に狙いを定めた。


「スキル発動、“スレイブミーティア”……!!」


 放たれた矢は、クロエのそれとは比べ物にならないほどの光を帯び花に向け走る。眩いほどの輝きを纏い、それに不釣り合いな轟音を響かせる。その情景はまさに隕石の様だった。

 シグマの矢が直撃したレッドローズは、着弾点から光を放つ。矢は花を下に押し潰すように下に突き抜ける。やがてバラは全身を光の粒子に変え、分解するように消えた。


 シグマは、レッドローズが消えた大地に着地する。そして空を見上げ自分に言い聞かせていた。


(……負けれない。だから、勝ち続けるしかない。誰が相手でも……)


 見上げた空には流れる雲があった。デスペナルティを身をもって知った時、もしかしたら情報の塊であるあの雲のエフェクトは見ることが出来なくなるかもしれない。そう思うと、自然と体に力が入る。


 ……それでも彼は力強く足を踏み出し、はち切れんばかりの笑顔で駆け寄るクロエの方向に歩み寄って行った。






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