不安定な最強
街の外を歩く2人。空は青く澄み渡っていた。風は優しくそよぎ、草が手を振るかのように左右に揺れる。暖かい日射しを受けた小川は、キラキラとした光を放っていた。
そんな清々しい光景とは違い、2人には微妙な空気が流れる。
「………」
「………」
会話が一切ない。シグマは元々ペチャクチャと喋るつもりはなかった。この依頼を片付けるまでの間柄でしかないと線引きをしていた。逆にクロエは必死に会話内容を模索していた。彼女としてはもっとシグマと話したかった。しかしシグマは終始仏頂面をしていて、とても話しかけれる雰囲気ではない。
それでもクロエは勇気を振り絞り声をかけた。
「……そ、そういえば、シグマさんの武器って剣なんですね。見たこともない剣ですけど……」
「あ? ああ、この剣か……」
シグマは腰に携える剣の刀身を抜き、その青い刃を見せた。
「見たことがなくて当たり前だ。これは……確かイクスエルっていったかな? ちょっと珍しい武器なんだ」
クロエはその剣をマジマジと見つめる。聞いたことがない名前の剣だった。それに形状もどこか神々しい。それだけで、かなりのランクのものだと理解出来ていた。
「へえ……レア度は何なんですか?」
「SSS」
シグマは淡々と答える。そんな彼の言葉を聞いたクロエは、自分の耳を疑った。
「SSS!? ほ、本当ですか!?」
目を丸くして剣とシグマの顔を交互に見るクロエ。シグマはそこまで驚くクロエに、逆に驚いていた。
「嘘ついて何になるんだよ。……そんなに珍しいのか?」
「珍しいなんてもんじゃないですよ!! SSSの武具って言ったら、伝説の武具なんですよ!? セントラルでも滅多に見ることが出来ないくらいなんです!!」
「そうなのか……」
(そこまでの武器だったとはな……美沙さん、サンキュ)
「それだけの武器があるなら、これから先武器を買ったり作ったりする必要なんてないですね……。でも、遠距離が出来ないんで注意もいりますね」
「遠距離なら別にあるさ」
「え? え? 何を装備出来るんですか?」
「全部」
「……え?」
クロエは再び目を点にした。彼女はシグマが言ってる意味が分からなかった。何をもって“全部”という言葉が出たのかを、必死に考えていた。
「あの……全部ってのは、どういう意味なんでしょうか……」
「どういう意味って……ちょっと待ってろ」
シグマはそのままの意味で言っただけであり、それ以上の説明は難しかった。百聞は一見に如かず。彼は、自分の装備可能武器を直接見せることにした。
そのままクロエの横に移動する。シグマは気付いていないが、肩と肩が触れ合う距離に近付き、クロエは頬を赤く染めていた。それをシグマに気付かれないように、顔を俯かせる。
「装備可能ウェポン表示」
そして彼の目の前に一覧表が表示される。
「クロエ、こういうことだ」
その言葉を受けたクロエは、慌ててその表を見る。するとクロエは、それまで赤くしていた顔を、今度は青くさせた。目の前には、全ての種類の武器が映っていたからだ。
「ええ!? う、嘘……」
「他の武器も持ってるぞ」
「……あの、レア度は……」
「ああ。全部SSSだ」
「――――」
もはや喋ることすら不可能になったクロエは、余りの驚きに貧血を起こし、その場で倒れてしまった。
「!? お、おい!!」
それから、クロエは暫く意識を失った。……何かに魘されながら。
◆ ◆ ◆
「ムムム………」
「………」
目を覚ましたクロエはすぐに飛び起き、シグマの顔をジッと見つめていた。さすがに面と向かって見つめられると目のやり場に困るシグマは、目を逸らしながら繋ぎの言葉を話す。
「……何だよ」
「何でこんなものを持ってるんですか? シグマさん、レベル1ですよね?」
確かにその通りである。普通ならあり得ない。しかし、それをチートと思わないところが、この世界がウィルスに侵された証拠なのかもしれない。普通なら即通報レベルだろう。
シグマは説明しようがないことを聞かれ、誤魔化すことにした。
「……別に、お前には関係ないだろ。それより、スキルの使い方をいい加減教えてくれよ」
「あ、はい!」
クロエはシグマの思惑通りに話を主線に戻した。
「スキルの使い方と言っても、別に難しくありませんよ。呼称すればいいだけですし」
「呼称?」
「あ、私が手本を見せますね」
そしてクロエは背中の弓矢を構えた。そして空に照準を合わせる。
「――スキル発動、“レインアロー”!」
クロエの言葉と共に、炎のように揺れる光が武器を包み込んだ。そしてクロエが矢を放つと、矢は空中で分裂し、その名の通り雨のように大地に降り注いだ。
「おお……」
思わず声を漏らすシグマ。そして弓を戻したクロエは、恥ずかしそうに小走りをしながらシグマに駆け寄った。
「こんな感じです。実際にやってみては?」
「そうだな……」
そして彼はクロエの前に立つ。
(実際に見てわかる奴がいいだろうな。……メイスあたりでも使ってみるか)
使えるスキルは予め分かっていた。それはこのゲームの仕様であり、覚えたスキルはまるで最初から知っていたかのように脳に記憶される。
「ウェポンセレクト、“メイス”」
剣は光となって消え、それに代わりメイスが姿を現した。それを手に取ったシグマは天にかざす。そして声を上げた。
「……スキル発動、“ライトニングランス”」
するとメイスの先端がバチバチと雷を帯電させた。それを前方に振りかざすと、メイスから雷の光が槍のように放たれ、彼方へと走っていった。
「……これでいいのか?」
体をクロエに向け、確認する。するとクロエは満面の笑みを浮かべた。
「はい! ばっちりです!」
そんな満面の笑みを見たシグマは、ふいに亜梨紗のことを思い出した。亜梨紗もまた、自分が教えたことがうまくいくと、こうして笑顔を見せてきた。
何だか懐かしい気持ちになったシグマは、知らず知らず頬を緩めていた。
「――あ! シグマさん、今笑いました!」
「え? ―――あ!」
クロエに言われて気付いたシグマは、慌てて表情を固める。しかし時すでに遅し。クロエには完全に見られていた。彼女は嬉しそうな顔をしながらシグマの顔を覗き込む。
「初めてシグマさんの笑顔を見ましたけど……シグマさん、可愛い笑顔をしますね」
クスクス笑いながらからかうように顔を綻ばせるクロエ。何だかバツが悪くなったシグマは、顔を赤くして頬を指でかくことしか出来なかった。
――ガサッ
突然近くの茂みから物音が響いた。瞬時にシグマとクロエはその方向に目をやり、少し距離を取りつつ構える。
「……モンスターか」
そうシグマが呟くと同時に、茂みから1つの影が跳び出してきた。それは中型犬ほどある大きなネズミだった。
「ランクEのモンスター、化けネズミです」
「雑魚か……だったら、とっとと片付ける!!」
シグマはメイスを後ろに構え叫ぶ。
「ウェポンセレクト! “スピア”!!」
そして手には長く紅い槍が持たれた。Vの字の刃が先端に取り付けられたそれは、レア度SSSの槍、“ブリューナク”。シグマは両手持ちに変え、モンスターに向け一気に大地を踏み出した。
「――――!?」
そのままモンスターに槍を突き刺し、HPゲージは瞬間的になくなり、モンスターは光になって分解する。
「シグマさん、さすがです!」
モンスターを倒したシグマに駆け寄るクロエ。しかし彼の表情が浮かないものであることに気付いた。
「………」
険しい表情のまま手に持つ槍を見つめるシグマ。
「……シグマさん、どうかしたんですか?」
「……いや、ちょっとな……」
彼はモンスターに攻撃を仕掛けた時に、違和感を感じていた。それは街で男と戦った時とは違う感覚。上手くは説明出来ないが、何かが違う。そう感じていた。
「……確かめるか」
するとシグマは、槍の柄を激しく大地に打ち付け始めた。周囲には金属音が響き渡る。
「ちょ、ちょっとシグマさん! そんなことをしたらモンスターが来ますよ!?」
「それでいいんだ」
「え!?」
クロエの声に呼応するように、茂みから再び化けネズミが飛び出した。その瞬間、シグマは攻撃を加える……ことはせず、代わりに言葉を告げる。
「……ステータス表示」
そして彼の前には光の文字が映し出された。
「――――ッ」
それを見たシグマは、顔を更に険しくさせ、声を失う。顔を歪ませる彼の視線の先には、自身のステータスが表示されていた。
HP … 3
TP … 3245
ATK … 8751
DFS … 6791
MAT … 1031
MDF … 5002
SPD … 2651
SKL … 9712
ANT … 7746
……そこには、“××××”ではなく、はっきりと数値化されたステータスが表示されていた。
シグマはモンスターを瞬殺し、再びモンスターを呼び寄せる。そして現れるや否や、同じ言葉を告げる。
「ステータス表示!!」
HP … 3
TP … 6712
ATK … 7981
DFS … 9036
MAT … 2105
MDF … 6899
SPD … 7775
SKL … 8671
ANT … 1001
ステータスは、その数値を変えていた。
それから数回同様のことを繰り返したが、やはりステータスは変動を続けた。全く統一性がない。攻撃力と防御力は装備のおかげで高いままだったが、その他のステータスは、完全にランダムで決まっているようだった。一度戦闘が始まると数値はその値を保つが、次の戦闘の時には変わっていた。
彼が感じた違和感は、まさにこれの影響だった。男の時とモンスターの時の移動速度が違っていたことが、この事実が判明する発端となった。
「………そう来たか」
シグマはすぐに理解した。これもまた、“不備”の影響であると。
クロエには何が何だか分からない。なぜ何度も同じことを繰り返したのか、疑問ばかりが浮かぶ。
そんなクロエに気を配る余裕など、シグマにはなかった。彼は、道の真ん中で立ち尽くす。ステータスでなら最強という彼の予想は、見事に誤りだった。
戦闘の度にランダムに変動するステータス……
――彼の“最強”は、実に不安定なものだった。