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ドリフィング・エデン・フロンティア  作者: 井平カイ
【最強最弱のプレイヤー】
7/60

ランキングシステム

 シグマはその街を歩きながら考えていた。先ほどの相手は300万位圏内のプレイヤー。それを倒したというのに、何か変化があるわけではなかった。人混みの中で立ち止まり、彼は確かめる。


「……ランキング表示」



 ランキング … 圏外



(圏外のままか……)


 シグマが亜梨紗から聞いていたのは、プレイヤーに勝てばランキングが変動する、ということだった。だが、彼の順位は変わっていない。この世界のことを深く知らない彼は首を傾げる。しかし彼がいくら考えようとも、それはあくまでも推測でしかない。確かめるためには、誰かに聞くしかないのだった。


(……メンドクサイ)


 他人に興味がないシグマにとって、それは面倒事でしかなかった。会ったことも話したこともない全くの他人に聞く苦痛は、本人じゃないと分からないところもある。過去の出来事が起因して、社会上必要なコミュニケーションが取れないシグマを見ると、彼の症状はコミュ障とも言えるかもしれない。それでも人に聞かねば分からないこともあることは、彼も重々分かっていた。

 かと言って、すんなりと人と会話出来るほど器用でもなかった。人に聞かないと前に進まない。進まないけど躊躇してしまう。躊躇するからこそ人に聞けない。そんな3拍子のジレンマに苛まれたシグマは、頭に手をやり俯きながら、大きく溜め息を吐いていた。



「――あ、あの!!」


 頭を悩ませる彼は、ふと後ろから声をかけられた。その表情のまま後ろを振り返ると、そこにはさっきシグマが倒した男からカツアゲをされていた少女がいた。

 体格は小柄で、茶色のコート、赤いズボンに黒い靴、大きなダボダボのツバ付きの帽子を被っていた。後ろ髪が帽子からはみ出し、細い黒い髪がサラサラと風で揺れていた。目は大きく眉は細い。小さな鼻と小さな顔。小さな口を震えさせながらシグマを見つめる彼女の姿は、一見すると、怯えているようにも見える。それは当然シグマも感じており、怯える理由が分からない彼は困惑していた。

 そんな彼を知ってか知らずか、少女は更に言葉を続けた。


「……あの! 私! クロエって言います! 先ほどは助けてもらい、ありがとうございました!」


 そう叫ぶように感謝の言葉を告げ、少女――クロエは深々と頭を下げた。その声に道行く人達はシグマの方を見る。その視線を受けたシグマはたじろいでしまった。彼にとって注目されるというのは、拷問のように感じることだった。それから早く解放されたかったシグマは、いつまでも頭を下げ続けるクロエに言葉をかける。


「いいから頭上げろって! 見られてるだろ!?」


「……は、はい!」


 ようやくクロエは頭を上げる。勢いよく上げすぎたクロエの帽子はずれ、慌てて直すクロエ。


(なんだかなぁ……)


 ただ道を歩いていた彼としては、あまりに突然のことに呆然とするしかなかった。


「あのアイテムはとても大切なものだったので……本当に助かりました」


 クロエは頬を緩ませて話す。シグマとしては、こうしてお礼を言われることにどこか違和感を感じていた。それは彼自身がこれまで他人からお礼を言われた経験が乏しかったからだった。それは“照れ”と呼ばれる感情だった。そんな慣れない感情を誤魔化すように、シグマは冷たく言い放つ。


「……別に、お礼を言われる筋合いはねえよ。助けるつもりなんてなかったし。ていうか、アンタもプレイヤー何だろ? “力で勝ち取れ、己で掴み取れ”がキャッチフレーズなんじゃねえのか? 自分で取り返せば良かっただろ」


 その言葉に苦笑いを浮かべるクロエは、痛いところを突かれたと困っていた。


「私には無理ですよ。私、本当に弱いんです。あんな強そうな人になんて敵うわけないですよ……」


「だったら、その背中に背負ってる弓矢は飾りか?」


 シグマが示す先には、シルバー色に輝く弓矢があった。それに一度目をやったクロエは、相変わらず眉をハの字にしながら笑みを浮かべ、それ以上の言葉に詰まる。彼女がこの世界にダイブしたのは友達の勧めがあったからだ。そして、この世界の自由さを好きになり続けていた。決してバトルが楽しいからという理由ではなかった。そして事件に巻き込まれたのだが……言うまでもなく、そのことを彼女は覚えていない。


「……話は終わりだ。じゃあな」


 適当に話を終わらせ、シグマは再び歩き始めるために踵を返す。そんなシグマの姿を見たクロエは、慌てて引き留める。


「――あ! ま、待ってください!」


 シグマは足を止め、ジロリと睨むように顔だけを振り向かせた。


「………何だよ」


「あの……お願いが、あるんですけど……」


 とても言い辛そうするクロエ。その向かいには冷めた目をするシグマ。


「……あのな、俺は忙しいんだよ。他を当たれ他を」


「そんな! あなたじゃないとダメなんです!」


「何でだよ」


「……実は、私はあるアイテムを探してるんです。合成アイテムなんですけど……ようやく、あと1つさえ取れば作れるようになりました。……ですが、それがある場所には、この辺りでは強いモンスターがいるんです。だから、私一人では無理で……」


「いや、だからさ、俺じゃなくてもレベルが高い奴なんているだろ? そいつに頼めよ」


「いないんですよ。ここの町には、レベルもランキングも下の人しかいません。高ランクの人は、みんなセントラルにいますから……そんなの、常識じゃないですか」


「……セントラル?」


「……もしかして、知らないんですか?」


 クロエはおそるおそる聞いた。シグマの機嫌を損ねないように顔を窺う。それでもシグマにはバカにされた感覚があった。文句の1つでも言いたくなったシグマであったが、知らないのは事実であったため、グッと喉の奥に押し止めた。


(考えてみれば、知らないことって多いよな……)


 これからこの世界を巡るうえで、何も知らないことはそれだけでかなりのマイナスであることをシグマは分かっていた。


(………しょうがねえな)


 だから、彼は1つ諦めた。人と絡むことを。


「……いいぞ。そのアイテム、一緒に取りに行ってやる」


「ほ、本当ですか!?」


 クロエは一気に表情を明るくした。もうダメだと思っていた。断られると思っていた。それが了承を得られたのだ。嬉しくないわけがない。


「ただし、条件がある」


「条件? な、何でしょうか……」


「この世界のことを、俺に教えてくれ。システム、スキルの使い方、地理……何でもだ」


「え? え? で、でも、それって全部知ってて当然じゃ……」


「悪いな。知らないんだよ、俺。チュートリアルなかったし」


「ちゅ、ちゅーと……? 何ですかそれ?」


 このゲームを始めた時に必ずあるチュートリアル。クロエはまるで初めて聞く言葉のような表情で聞き直した。


「………」


(……本当に、忘れてるんだな)


 シグマは改めてウィルスの影響を実感した。そしてそれは、心の奥底で半分信じていなかったシグマに、“現実”というものを突き付ける言葉だった。


「ん? どうしたんですか?」


 クロエには彼の神妙な顔の理由なんて分かるわけがなかった。不思議そうな顔を浮かべる彼女。それを見たシグマは、何も知らない被害者に僅かながらに同情を感じる。しかし今の段階でそれを説明したところで理解されないことも分かっていた。だからこそ、何も言うことはない。


「……いや、別に。それよりも、自己紹介がまだだったな。俺の名前はシグマ。よろしくな、クロエ」


「は、はい! よろしくお願いします!」




 ◆  ◆  ◆




 シグマたちは近くのベンチに座った。今回の場合、依頼したのはクロエであったため、まずはシグマの要件から済ませることになった。


「……で? そのセントラルってのはどこにあるんだ?」


「は、はい。……セントラルは、世界の中心部にあります。そこには世界最大の“コロシアム”があります」


「コロシアム?」


「ランキング戦をする闘技場のことですよ」


「ランキングって、そのコロシアムでランキング戦をしないと上がらないのか?」


「はい。ただ、そこ以外でもモンスターに負ければランキングは下がるんですよ」


(なるほどな。それでか……)


 シグマはようやく自分のランキングが上がらなかった理由が分かった。つまりは、あれはただのケンカとみなされ、正式な試合じゃなかったと。


「それで、セントラルでは最高位のランキング戦が行われるんですよ」


「……つまり、そこにランキング1位がいるのか?」


「はい。1位の人だけじゃなくて、上位ランカーがたくさんいますよ。

 ……ちなみに、ランキング13位以内の人達のことを、この世界の名前“ナイツオブエデン”を(もじ)って、“ナイツオブラウンド”と呼んでます」


「ナイツオブラウンド……“円卓の騎士”か……」


「はい。この世界では、その一員になることが最高の名誉なんですよ。もちろん、普通の人は到底不可能ですけどね。こういう言い方をしてはナイツオブラウンドの方々に失礼なんですが、その強さは化物みたいなんです」


(そりゃそうだろうな。何てったって、数百万の頂点だからな)


「でも、それだけの人達から見る世界って、どういう景色なんでしょうね。自分よりも強い人たちがいない。絶対の景色。……私なんかじゃ、想像も出来ないです」


「さあな。……話は変わるが、そのナイツオブラウンドとかいう奴らと戦うには、セントラルに行くしかないわけだな」


「あ、はい。でも、シグマさんはまだまだ当分無理ですよ? ランキング圏外ですし」


「は? 圏外だとダメなのか?」


「そうですよ。ランキング戦は、階級があるんです。

 まず1位から50位までがゴールド。

 51位から100位までがシルバー。

 101位から200位までがブロンズ。

 201位から1000位までがサウザンド。

 1001位から100万位がミリオン。

 それから、200万位までがダブルミリオン、300万位までがトリプルミリオンっていう具合になってます」


「……じゃあ、俺は?」


「シグマさんはまだ圏外ですから、トリプルミリオンより下の人を表すレギオンですね」


「………」


「で、階級を上げるには、それぞれの階級の最下位にいる人との一騎討ちに勝たないとだめなんですよ。その人達は“ゲートキーパー”と呼ばれてます」


「……ということは、俺が1位になるには、最低でも8回戦わないといけないのか……」


「いいえ違いますよ。ゲートキーパーと戦うには、それぞれの階級でRP(ランキングポイント)を一定値集めないといけないんです。ランクが上の人に勝つほどそのポイントは高くなりますけどね」


(先は長いってことか……)


 ここに来て、シグマは美沙が言っていた“到底不可能”という言葉を理解した。もし彼がチートではなかったのなら、途方もない時間が掛かるだろう。


「次がスキルのことなんですが……これは、実際にしながら教えた方が分かりやすいと思います」


「……それもそうだな。じゃ、ボチボチ目的地を目指すか」


「はい! よろしくお願いします!!」


 元気よく立ち上がるクロエ。その反動でやはり帽子がずれ、彼女の顔を隠す。慌てて帽子を被り直し、照れ笑いを浮かべていた。


(……なんだかなぁ)


 そして2人は街を出る。街の外を歩くシグマの目に、ふとオリジンの大樹が映った。それを見ていると、何か初心を思い出す気分に陥る。


(階級にゲートキーパーに円卓の騎士……

 ――誰だっていい。全員倒すだけだ。俺は、勝ち続けないといけないんだ)


 シグマの脳裏に亜梨紗の笑顔が映り込む。下げる両手を力強く握り締め、先導するクロエに付いて行った。




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