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ドリフィング・エデン・フロンティア  作者: 井平カイ
【最強最弱のプレイヤー】
6/60

チートの本領

 誰でも経験することがあると思う。凄まじく現実味がある夢を見ることを。その夢では、全てがまるで現実世界のように感じることだろう。

 今シグマが見る景色も、まさにそれだ。彼の見る景色には、到底ゲームとは思えない、圧倒的なリアリティーがあった。


「……すげえな」


 思わず呟くシグマだったが、それもそうであろう。彼が着いた町は、本当の“町”だった。低めの建物が立ち並ぶ街並み。人々の活気ある声。出店から漂う匂い。太陽の日射しの熱。そして、自分の足で踏み締める大地の感触。全てが、さながら本当の“命ある町”のようだった。彼の視界に映る人々の誰がNPCかも分からない。例えば知らず知らずにいきなりそこへ連れて行かれたなら、おそらく普通に地球のどこかと勘違いすることだろう。


「とりあえず、まずは装備だな」


 シグマの今の格好は、ただの布の服だけだった。それでもあまり気にしないのは、やはり彼のHPのせいだろう。どんな高い防御力を誇る防具を装備したところで、シグマのHPの低さを考えれば意味を成さない。何しろ“3”しかないのだから、下手しなくても一発攻撃を受ければたちまち終了。彼が考えるべきは、攻撃しかないのだ。

 町の片隅の裏路地に移動した彼は、装備を確認することにした。


「アイテム表示。カテゴリー、“ウェポン”、“アーマー”」


 そして彼の前には光の文字と人型の簡易的な図が表示される。



 《ウェポン》

 ソード  … イクスエル(SSS)

 グレイブ … カタストロフィー(SSS)

 ブレード … アマノムラクモ(SSS)

 スピア  … ブリューナク(SSS)

 アックス … シュトラーフェ(SSS)

 アロー  … シュトルムボーゲン(SSS)

 メイス  … イクリプス(SSS)

 ナックル … ジハード(SSS)

 シールド … イージス(SSS) 


 《アーマー》

 ヘッド  … NOTHING

 ボディ  … ダーク・スランブレイ(SSS)

 アーム  … NOTHING

 フット  … ウルスファクト(SSS)

 ブーツ  … ガイアフォアード(SSS)

 

 ソードは片手剣。使い易い初心者向けの武器。

 グレイブは両手剣。大きく攻撃速度が他の剣より劣るが、広範囲な攻撃が可能。

 ブレードは刀。ソードとグレイブの中間の武器。使い勝手がよく、攻撃力も高い。

 スピアは槍。突破力は他の武器を圧倒する。

 アックスは戦斧。攻撃力が最も高いが、巨大で重く、使い辛い。

 アローは弓矢。遠距離からの物理攻撃が可能。

 メイスは杖。魔法を使用できる。

 ナックルは拳。一撃一撃は攻撃力が低めだが、一番の素早さを誇る。

 シールドは大盾。攻撃を捨て、防御に特化した武器。

 ()内はレア度。

 NOTHINGは所持なし。

 


(武器も大丈夫か。……スゲエな。全部レア度がSSSだ。防具が所々ないのは不備の影響だろうな。ま、あったところで対して変わらないけど)


 シグマは装備を変える。せっかく美沙が用意してくれた装備だったこともあり、布の服と取り換えた。

 服装は何だか黒い神父服のようだった。全体的に黒いその服は、襟が高く口元まで隠れる。腕部分は左手だけが肘ほどの長さまであり、右肩はノースリーブになっている。ズボンはミリタリーのような外見で、ブーツは履き心地がよかった。

 布の服よりは見た目が煌びやかになったシグマは、手ぶらではカッコ悪く思い、武器を一つ携えることにした。

 KOEではジョブによって装備出来る武器が違う。例えば剣士なら片手剣、武闘士ならナックル、重剣士ならグレイブ、アックスといった具合だ。しかしシグマのジョブは“ゴッドハンド”。全く未知のジョブであり、何が装備出来るか分からない。まずはそれを確認する。 


「装備可能ウェポン表示」



 ソード 

 グレイブ

 ブレード

 スピア 

 アックス

 アロー 

 メイス 

 ナックル

 シールド



「――え!? 全部!?」


 表示された装備可能ウェポンは、全種類だった。それについて再び驚くシグマ。本来ジョブでは、多くても三種類くらいまでしか装備可能ウェポンはない。しかしこのゴッドハンドというジョブは、全ての武器を装備出来るようだった。そこでようやくシグマは確信できた。美沙が設定してくれたジョブがかなりの上級ジョブであることを。使える武器が多いということは、それだけ攻撃の幅も増え有利ということである。その状況と敵に合わせた戦略を瞬時に変えることも可能だ。


(攻撃面だけなら言うことないな。……ホント無茶苦茶だな。さすがはチートってところか)


 シグマはしみじみと如何に自分が卑怯な存在かを理解した。彼の中で、これならレベルが1のままというのも納得できてしまっていた。これだけ装備が整ったキャラなら、中盤くらいまでは何も考えずに切り込むだけで勝負が決まるだろう。

 しかしそれでも懸案事項は存在した。それがステータスの値である。彼のステータスは全て××××で表示されている。どれほどの値かが全く分からなかった。

 

「……とりあえず、ソードでも持っとくか。――ウェポンセレクト、“ソード”」


 シグマがそう唱えた瞬間、彼の左腰部分に光の筋が走り、一本の青い剣が出現した。その剣もまた、リアルな重さを感じさせる。


「これで様になったな。……一度街を見て回るかな」


 そしてシグマは歩き始めた。




 ◆  ◆  ◆




 街の中をグルグルと見て回るシグマ。彼はぼーっと周囲を見渡していたが、実際のところは亜梨紗の姿を探していた。美沙からは見つけるのは極めて困難であることは聞いたが、それでも探さずにはいられなかった。……当然、そうそう見つかるものではなく、結局は街を一周しただけで終わった。


「街は見て回ったし……さてと、どうするかな……」


 シグマは壁にもたれかかり、これからの行動を考えてみる。当たり前だが、彼がKOEの世界に入ったのは今日が初めてである。知識やある程度のことは散々亜梨紗から聞いていたことで理解出来ていたが、ゲームの進め方までは聞いていなかった。いきなりの手詰まりとなったシグマは、顔を(しか)めながら髪を荒くかいていた。


 その時、シグマの耳に騒ぐ声が聞こえてきた。その方向に目をやると、そこには人だかりが出来ていた。


(何だ?)


 特に当てもないシグマは、その方向に足を運ぶ。深い理由なんてない。ただの興味本位だった。人だかりの中をかき分け最前列に出る。


「だ、だから! 私が取ったアイテムだから……」


「ああ!? 何だって!?」


 人の集団の中心では、強面の男と背の低い少女がいた。金髪の髪の強面の男はポケットに手を入れ少女を睨み付ける。それを見た少女は目を泳がせながら怯えていた。


「これはな、俺が拾ったんだよ。だから俺のだろ!!」


「ち、違います! 私が持ってたのを、あなたがぶつかって落として……」


「だからよ、言ってるだろ!? 俺は、拾ったんだよ!!」


(なるほど……ね……)


 会話から考えると、男が少女にわざとぶつかってアイテムを落とさせ、それを拾って持っていこうとしているようだ。それを理解したシグマは、わざとのように大き目の声を出す。


「なんだよ。要するにただの盗人じゃねえか。この世界にも、こんなバカがいるんだな」


 当然シグマの声は周囲に響き、人だかりは一斉にシグマの方に視線を送る。無論、男も例外ではなかった。


「……何だよお前、何か文句あんのか?」


「いや別に。……ただ、見てて思うんだよな。バカっぽいって」


「テメエ……ウェポンセレクト! “ナックル”!!」


 男の声に呼応し、男の両手に鉄製の灰色のナックルが装備される。それを見た人々は、とばっちりを受けないようシグマの周囲から一斉に離れた。


「……やれやれ」


 シグマもまた腰の剣を抜く。そう呟くシグマだったが、これは彼の望む展開となっていた。ステータスが分からない彼にとって、それを確認するには戦闘をするのが一番手っ取り早い。だからこそ、喧嘩を売り、この展開を期待していた。装備は敗北したところで消えない。最後にいた町の中心に戻るだけだと亜梨紗に聞いていたシグマにとっては、別に勝とうが負けようがどっちでもよかった。


「敵プレイヤーのレベル表示! ……は? ランキング圏外? しかも、レベル1?」


 男は目の前に表示されたシグマのレベルを見て固まった。それを聞いた周囲の人もざわざわと声を漏らす。


「ハハハ!! レベル1なんて初めて見たぜ!! 雑魚中の雑魚じゃねえか!!」


 男は高笑いをした。構えた拳を下げ腰に当てる。そして見下したような視線をシグマに送っていた。それを受けたシグマは、意外にも冷静だった。他人から見たら自分のレベルなんてのは笑いの種にしかならないことを理解していたからだ。


「そりゃどうも」


「お前さぁ、バカか? レベル1の分際で俺にケンカ売ったのか? ――俺はな、トリプルミリオンプレイヤーなんだぜ?」


 薄ら笑いを浮かべながら男は自慢げに語る。シグマはそれをやはり冷静に聞いていた。


(トリプルミリオン……300万以内ってことか……)


 ということは、全体を通して中の中の上といったところか。シグマにとっては自分の能力を試す恰好の実験体であった。さらに仕掛けるように、シグマはなおも相手を挑発する。


「何威張ってんだよ。たかだか300万以内ってだけじゃねえか。しかもそれを高々と自慢するお前の神経は理解出来ないな。

 ――お前が300万以内なら、今日中にでも100万以内には入れそうだな」


 それを聞いた男は頬をひくつかせる。そして両手を握り締め、鋭い視線をシグマに浴びせた。


「――抜かせ!!」


 男はシグマに向け駆け出した。右拳を腰に構え、シグマの顔面に向け突く。


「………」


 しかしシグマは剣を構えることはせず、右手に持ったまま力なく下に降ろしている。そして速度が乗った男の右手首を、自身の左手であっさりと掴む。


「なっ―――!?」


 男は驚愕していた。これまで相手をノシてきた自分の拳が、レベル1の“雑魚”にあっさりと掴まれる。男にとって、それはあり得ないことだった。


(なるほど、な……)


 そんな男を気にもせず、シグマは相手を軽く上へ放り投げた。男は宙を舞い、地面とぶつかる。その瞬間男の上部に緑色の横に伸びたゲージが現れ、10分の1程ゲージが縮まった。

 

「クソッ!!」


 男は慌てて立ち上がろうと地面に手をつき、片膝を付く。それを見たシグマは、相手に向け大地を跳んだ。するとシグマの体はたちまち相手の眼前まで移動し、そのまま右に持っていた剣を横一閃に振り抜く。


「ぐああああ!!」


 男は胴体を剣で切られる。そして彼のゲージが再び現れ、緑色だったゲージは黄色、赤に変色しながら急激に減少し、遂には完全になくなった。その瞬間男の体は光に包まれ、どこかへと運ばれていった。



 ウオオオオオオ!!

 


 その光景を目の当たりにした人々はシグマに賞賛の声を与える。レベル1の男がトリプルミリオンのプレイヤーをあっさりと倒した。その興奮を口々に語る人々。そんな渦の中、シグマは一人静かに剣を鞘に戻し、自分の掌を見つめていた。


(……どうやら、ステータスも見事にチートになってるようだな)


 彼はさきほどの戦闘の最中、自分の能力にある程度の予測を立てた。“××××”というのは、おそらくはカンストより上を意味するのだろう。だからこそ表示が数値化出来ずに記号が書かれていた。……シグマは、そう理解した。

 ということは、彼の能力はKOE内最強で間違いないだろう。カンストよりも上の値、それは通常のプレイヤーの未踏の領域。美沙の補助は、大半が成功していた。


(……でも、やっぱりネックはHPか。いくら強くても3発受けたら終わりだしな)


 そう、結局はその事実は変わらなかった。まるで強さに帳尻を合わせる様に、HPはKOE内最低値となっていた。


(まあ、これだけの能力ならやり方次第だな。頑張ってみるか……)


 そう思いつつ、シグマはその場を歩き去った。当てがあるわけではない。ただ、彼はその人々の姿を見るのが耐えられなかった。あの状況で何もせず少女が男から怒鳴られるのを黙って見ていた人々を思い出すと、胸糞が悪くなっていた。そんな彼の思いは露知らず、人々の興奮の声は、彼がいなくなった後にも響き続けていた。



「………」


 そんな中、歩き去るシグマの背中を見つめる少女の姿があった。彼女は男が消えた後に地面に落ちていた自分のアイテムをしっかりと両手で胸の前で持ち、シグマの背中を一心に見続けていた。


「………うん!」


 そして彼女は何かを決意するかのような声を一度出し、既に姿が見えなくなったシグマの歩いた後を追い駆け出した。その少女の頬は、桃色に染まっていた。 



 

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