ジョブ・エクシード
カイトの斬撃がシグマの胴体を目掛けて走る。シグマは咄嗟に体を捻り、それを躱す。そして旅団の面々は散り散りに跳び、距離を置いた。だがカイトはシグマだけを狙う。他のメンバーには目もくれず、すぐさまシグマとの距離を詰める。
「ウェポンセレクト――“ブレード”!!」
シグマはすぐに剣を構え、カイトの剣を受けた。震える刃はキリキリと音をたて、シグマとカイトの間で交差する。
「一応言っておくが、今俺を倒しても前の街に戻るだけだぞ?」
「分かってる。言ったはずだ。お前の力を、試させてもらうとな!!」
一度剣を弾き、カイトは距離を取る。そのまま体勢を低く構えた。
「ウェポンセレクト――“ランス”!!」
カイトは手に槍を構える。そして踏み出し、渾身の突きをシグマに向けた。
「ウェポンセレクト――“シールド”!!」
シグマは楯を構える。カイトの一撃を楯に受けると、そこからけたたましい金属音が鳴り響く。
槍が楯から離れると、二人は同時に声を上げた。
「「ウェポンセレクト――“ソード”!!」」
二人は霧の街道を駆けながら刃をぶつけ合う。ジール達も援護しようとするが、霧に視界を阻まれ歯ぎしりするしか出来ない。
剣をぶつけながら、シグマはカイトに問う。
「お前!! 何で俺を狙うんだよ!!」
「他の奴がお前を仕留める前に、力を見るだけだ!!」
「何のことだよ!!」
剣を弾き、双方は離れる。刃を構え、お互いが視線をぶつけ合っていた。だがここで、カイトは構えを解く。
「……俺がここに来た意味、まだ分かってないようだな」
「……どういう意味だ?」
シグマもまた構えを解く。
「ナイツオブラウンドは、お前を狙っている。元々権力の塊みたいな奴らばかりだからな。お前に席を奪われるのが怖いんだろ」
「………」
「もっとも、俺としてはどうでもいいことだ。……さて、力を見せてもらうぞ。お前、ジョブは“ゴッドハンド”だったな……楽しみだ……」
カイトは再び構えと取る。だが、シグマは構えなかった。いや、構えることを忘れてしまっていた。この世界に来て、初めてシグマのジョブを知る者が目の前にいたからだ。
「……お前、ゴッドハンドを知ってるのか?」
「当たり前だ。お前のようなレベルでどうやってなれたのかは気になるが、それ以上に楽しみだ。俺も見たことなかったんでな。ゴッドハンドの奴ってのを……」
「そうか……」
カイトは本当に知っているようだった。それは、シグマにとっても願ってもないチャンスだった。何しろ、彼自身自分のジョブについてほとんど分かっていない。使える武具は全種類。分かってるのは、それだけ。ジョブの特性とかも、シグマには一切分からなかった。
「なあ、ゴッドハンドってどんなジョブなんだ?」
「……何?」
「特別な何かがあるのか? 他に誰かゴッドハンドの奴とかいないのか?」
「………」
カイトはシグマの目を見る。シグマは、至って真面目に聞いていた。それを見た彼は、シグマが本当に何も知らないことを悟る。
そして彼は、静かに溜め息を吐く。
「……とんだ見込み違いだったな」
「は?」
カイトは剣を収め、踵を返しその場を離れはじめた。その表情は、まるでシグマに対する興味が一切なくなったかのようなものだった。
「お、おい! ちょっと待てよ!」
シグマの呼び掛けに、カイトは一度足を止める。そのまま、その場で振り返った。
「まさか、お前がここまで自分のジョブのことについて知らなかったなんて思わなかった。もうお前には興味がなくなったよ」
それを聞いたシグマは確信する。自分のジョブには、何かあるということを。
「だったら教えてくれ! 俺のジョブには何かあるのか!?」
シグマの様子を見たカイトは、再び落胆する。もはや彼のことなどどうでもよかったカイトは、小さく呟く。
「……お前、“ジョブ・エクシード”って知ってるか?」
「ジョブ、エクシード?」
「それすらも知らないのか……まあいい。最後に教えてやるよ」
そう話したカイトは、一度剣を抜いた。
「……ジョブの種類は相当なものがある。初期では基本ジョブしかないが、それぞれのステータス、戦闘方法が考慮され、ジョブレベルが最大になった時に、それぞれの特性に応じてジョブは進化していく。その最終地点にあるジョブは、それぞれ固有の特性を有する。
――それが、“ジョブ・エクシード”」
「……どういうものなんだ?」
「それについてはジョブによって違うからな。一概には言えない。
最後のサービスだ。俺のジョブ・エクシードを見せてやる。今からお前の体に剣を振り降ろす。難しいことは言わない。それを躱すか受けてみろ」
カイトは剣を振りかざした。何も隠すことなく、ただ剣を上げる。
(何だ?)
シグマは迎撃の体勢を取る。だが、今の距離を考えれば十分に対応することは可能。この状況で、カイトはどうするつもりなのか―――
「行くぞ―――」
カイトは剣を振り降ろす。その速度は遅い。シグマには、何をしているのか見当もつかなかった。
―――が、次の瞬間、シグマは戦慄した。
「――――ッ!!!!」
気が付けば、カイトは目の前に移動していて、彼の刃はシグマの眼前に迫っていた。しかし刃はシグマを切り裂くことはなかった。間もなく刃が触れる刹那、剣は止まる。
シグマの心臓は激しく脈動する。背中には冷たい汗が流れる。彼は必死に今の状況を把握しようとしていた。先ほどまで遠くにいたカイトは、目の前にいる。それは高速の移動術でもなさそうだ。何しろカイトは、ただ棒のように立ち、無造作に剣を振り上げただけ……移動するにしても、踏み込みが効かないはず。踏み込んだとしても、その動きを捉えられないはずはない。
まるで……というより、カイトは本当に“瞬間移動”のように目の前に現れた。
「……これが、“ジョブ・エクシード”だ」
「………」
「これは呼称など必要としない。基本ステータスとして常に保有するものだ」
「……ナイツオブラウンドは、全員今のが使えるのか?」
「当たり前だ。この広い世界の中の上位十三人だぞ? 当たり前のように、それぞれのジョブは最終ランクになっている。もちろん全て違うジョブだ。当然、ジョブ・エクシードもそれぞれ違う」
「………」
「言っておくが、お前も使えるはずだぞ? 無論、それが何かはお前自身が見極める必要がある。少なくとも、今のお前では話にならない。もし今の俺の一撃が本気だったとしたらどうなる?」
「………」
考えるまでもない。HPが3しかないシグマは、当然敗北していた。それを理解していたシグマの額には、汗が流れる。
「俺は今のお前には興味はない。お前のジョブ・エクシードを見つけ出せ。その時、俺はもう一度お前の前に現れる」
そしてカイトは踵を返した。立ち去る彼に、シグマは何も声を掛けられなかった。むしろ、いつ目の前に移動するかも分からず、ただ剣を握り締めていた。
それはシグマにとって屈辱的で、何よりも恐怖だった。
「ジョブ…エクシード……」
彼の呟きは誰にも聞こえることはない。深い霧は彼の周りに依然として広がり、人知れず、彼の心を鷲掴みするかのようだった。




