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ドリフィング・エデン・フロンティア  作者: 井平カイ
【白き闇/黒き光】
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円卓の騎士達

 その部屋は、鋭いナイフのような緊張感に包まれていた。何もない部屋、入り口と外の景色を見ることが出来る小窓が二カ所。その中心には少し濃いめの茶色をした、木製の円卓があり、十三個の大き目の椅子。椅子と円卓は同種の材質のようだ。どこか趣のある。

 そしてその円卓には、十二の人影があった。


「――いやいや、こうして久々に集まると、中々壮観ですなぁ」


 まず口を開いたのは、少し小柄の老人。短めの白髪と長い髭が特徴のその老人こそ、円卓の騎士第十二席――つまりは、ランキング12位の人物、カシャ。軽い口調と柔和な表情は、一見するとそれほどの実力者には見えない。だが、その目の奥にあるのは、確かな野望。そして観察眼。伊達にその円卓に座ってるわけではない。


「……ああ、まったくだ。見たくもねえ面が並んでやがる」


 眉間に皺を寄せながら不機嫌そうに呟く男性。身長はそこまで高くはないが、屈強な体をしている。燃えるような赤い短髪はオールバックでまとめられ、睨み付けるように円卓を見渡す。彼は第十一席、ランキング11位であるシュグルツ。まるで狂犬のような雰囲気を持つ。


「あらあらシュグルツさん、そんなに睨んではいけませんよ。こうして皆でお茶会を開けるのは久々なんですから……」


 シュグルツを優しく諭そうとするその女性、金色の長い髪を靡かせ、慈愛に満ちたような表情を浮かべる。しかしその言葉にシュグルツは更にイライラを募らせた。


「うるせえ!! 俺に指図すんじゃねえよ!!」


 そしてその女性は、眉間をピクリと動かす。


「……その言葉遣い、何とかなりませんか? 聞いててぶち殺したくなります。黙りやがって下さい」


 表情は優しいままであるが、その言葉には殺気が込められている。それを見たシュグルツは僅かに気圧される感覚を覚えた。彼女は第十席――ランキング10位の人物、アナスタシア。そう、彼女のランキングはシュグルツよりも高い。


「ハハハハ!! お前ら最高!! クソウケるんだけど!!」


 その二人のやり取りを見て腹を抱え笑う少女がいた。モスグリーンの短髪は刺々しく伸びている。その中で最年少であり、まだ幼い容貌をしている。その少女はミレイ。ナイツオブラウンド第九席に座る少女。


「ちょっとミレイ。もう少しお淑やかにしなさい。あなたは女の子なのよ?」


 その彼女の横に座る女性が慌ててミレイを止めに入る。ミレイと同じくモスグリーンの頭ではあるが、髪は長くカールを巻いている。その容姿はとても美しく、見る者全てを虜にするかのようだった。声もまた透き通り、耳に沁み込むかのように聞こえる。


「いやだってアイツらクソウケるんだもん!!」


「だとしても笑い過ぎよ。ちょっと静かになさい」


「いやでも兄さ―――」


「誰が兄さんだクルァ!!!」


「ヒィッ!!」


 突然声を荒げる女性――いや、“男性”。その声に先ほどまでの優しさはない。ドスの効いたその怒声で、ミレイは瞬時に表情を恐怖の色に染めていた。


「ご、ゴメン“姉さん”!! 気を付けるから許してくれよ!!」


「……まったく、この子は何度言えば分かるのかしら……」


 いつしかその人物の声は元に戻っていた。彼女はミライ。ミレイの兄である。――そう、その風貌からは到底想像も付かないが、彼――いや、彼女は男性である。しかし彼女は男性として扱われることが我慢できない。これだけ美しい容姿をしているのに、なぜ自分は男なのか――そんな想いが、彼女の中にあった。それについて誰も口を出さない。何しろ彼女は第八席――つまりはランキング8位の人物、怒らせればただでは済まないことが分かっていた。


「……ああうるさい……全員うるさいんだよ……クソ、消えちまえよ……」


 円卓の中に、椅子に片膝を抱え座る少年がいた。右手の親指の爪をカリカリと噛みながら、長く垂れた青色の前髪の隙間から、顔色悪そうに周囲に視線を窺う。そしてボソボソと小さく毒を吐いていた。彼はシエン。とてもひ弱そうに見えるが、円卓の騎士の第七席である。


「ガハハハハ!! おいシエン!! 相変わらず何と言ってるのか分からんぞ!! 肉を喰え肉を!! 肉を喰えば元気になるぞ!! ガハハハハ……!!」


「……ウザい……」


「お!? ウザいとな!! そうかそうか!! ガハハハハ……!!」


 豪快に笑うその男は、巨漢に黒髪に黒髭、色黒とどこかバジリウスに似ている。だが彼と大きく違うのは、この大声と無駄に笑うところだろう。彼はガオウ。第六席である。


「まったくあなた方は……もう少し静かに出来ないのですか……」


 呆れる様に頭を抱える女性が一人、カーリーである。そう、バジリウスの側近である彼女は、ナイツオブラウンドの第五席――ランキング5位の人物であった。


「暗き浮世に流れつつ、愚衆の騒ぎに、我関せず……」


 ふと、カーリーの隣でボソボソと呟く男性がいた。


「……それ、どういう意味?」


「察するがいい……それが貴公の役目だ……」


「そ、そう……」


 カーリーは苦笑いを浮かべ、視線を外した。彼は第四席のサギル。面長で黒い髪はワカメのように無造作に伸びている。額には謎の紋章のようなものが赤く描かれている。そして一人静かに自分の席の前にトランプを並べ、占いをするかのように一枚一枚捲っては伏せ、捲っては伏せを繰り返している。何と言おうか、彼の周りだけ異様な雰囲気に包まれていた。


「………」


 ただ一人、寡黙のまま目を瞑る男性がいた。眠っているようだ。銀色の短髪は彼の呼吸に合わせてサラサラと揺れる。その姿は、誰かに似ていた。――言うなれば、正反対の色合いを持つシグマ。そう、彼はシグマに似ていた。彼は第三席、つまりはこの世界ナンバー3の実力を持つ人物、カイトである。


 そして、その円卓の中に一つの空席があった。その席を腕を組み睨み付けるは第二席――バジリウス。視線をそのままに、彼は少し離れた位置に座るウルに声を掛けた。


「……ウル、“アーサー”はどうした?」


 ウルはただニッコリと笑う。彼がなぜ円卓に座るか――答えなど一つしかない。彼は円卓の騎士第十三席、つまりは、ランキング13位である。


「……さあね、彼は気まぐれだからね。どこにいるのやら……」


「チッ……まあよい……」


 そしてバジリウスはゆっくりと立ち上がった。


「静まれ者共……そろそろ本題に入らせてもらう」


 バジリウスの声に、好き勝手に話していた面々は話を止め、バジリウスに視線を向けた。


「これより、貴様らを集めた理由を話す。――貴様らに、力をくれてやる」


「……力?」


「そうだ、力だ。圧倒的な力だ。それがあれば、貴様らは更に強くなる。他の追随を許さぬ程の、強大な力を手に入れることが出来る」


「なんだよそれ……ふざけてんのか?」


 シュグルツは怪訝な目をバジリウスに向けていた。何しろバジリウスの話は、突拍子もなく話の筋すら分からないことだ。怪しむなという方が無理な話であった。


「バジリウス……詳しい説明をしてくださいませんか? 話が見えないんですが……」


 丁寧な口調でアナスタシアは話す。それに賛同するかのように、全員がそのままバジリウスに注目していた。


「……詳しくは後ほど話す。まず、貴様らに話すべきことがある。――近々、貴様らの座を狙う輩が現れる」


「……誰?」


「ソイツの名は“シグマ”。凄まじい勢いでランキングを勝ち上がってる者だ。――そうだな、この際ハッキリ言っておこう。その者の力、貴様らと互角以上と見ている」


「ほほう……そいつは凄い奴だのぉ……」


「はあ? そんなのあり得ねえだろ……」


「ガハハハハ!! バジリウス!! それは少々言い過ぎだろ!! ガハハハ……!!」


 誰一人として真剣に受け止めることはなかった。だがここで、場の空気を一転させる言葉が出る。


「――事実だよ」


 突然、ウルは少し大き目に声を出した。その声に、今度はウルに視線を注ぐ。


「彼の力はこの目で見た。……彼はね、一人でランクSSのモンスターを狩ったんだよ?」


「なッ――!? SS!?」


「それがどれほどの偉業か……君達だって分かるだろ?」


「………」


 室内は俄かにざわつき始めた。それもそうである。彼らはナイツオブラウンドになってから、ずっとその段位を維持してきた。一度でも敗北すれば、たちまち100位単位で降格する。にも関わらず、そんな人物が自分たちを狙っている。――それは、自らのアイデンティティーを円卓の騎士というものに置いていた面々にとっては、実に危機的なことであった。ランクSSのモンスターをたった一人で討伐出来る程の強者が、自分達の位置を狙っている。いつしか、誰もが沈黙し始めた―――


「――そこで、だ。貴様らも自分の場所を守りたいだろう。そのための力をくれてやろうということだ」


「……それがあれば、勝てるのか?」


「ああ。間違いない。それがあれば、シグマとかいう小僧に後れを取ることはないだろう」


「………」


 誰もが言葉を飲み込む。バジリウスの真意は分からない。だが、脅威に対する力は欲しい。その二つの想いは、皆の心を揺れる天秤のようにざわつかせていた。


「―――解せないな」


 続く沈黙の中、その男は静かに言葉を放つ。それは今まで言葉を発することがなかった人物。その人物こそ、カイトである。


「仮にもし、それほどの力を譲渡出来るとしよう。それでお前に何のメリットがある? それにお前は何かを忘れてないか? 俺は――俺達は、お前の座すらも狙ってるんだぞ? そんな俺達に力を渡すなど……どういうつもりだ?」


「………」


 カイトはそれまで閉じていた瞳を開いていた。そして瞼の隙間から、凄まじいほどの殺気を放っていた。その目を見た者は気圧され生唾を飲む。バジリウスは、静かにその目を見ていた。


「……カイト、貴様の言うことは分かる。確かに、貴様らに無条件でやるつもりもない。我が出す条件を飲めば、その力をくれてやる」


「やっぱりな……そんなことだと思ったよ……」


 そしてカイトは一人席を立ち、部屋の出口へと向かい始める。


「……どこへ行く気だ?」


「帰るんだよ。貴様などから力なんて受け取りたくもない。ましてや条件つきだと? 何様だてめえ……」


 そう言いながら、カイトはドアに手を掛けた。


「――シグマの件はどうするつもりだ? 奴が来るのは時間の問題だぞ?」


「……そんなこと、決まってるだろ……」


 カイトは、ゆっくりと振り返り、凄まじいほどの鋭い視線をバジリウスに浴びせた。


「――誰が来ようが、叩き潰すだけだ……」


 そしてカイトは部屋を出て行った。部屋の中は重苦しい空気が包んでいた。


「……他に出る者はいるか。好きにすればいい」


「………」


 誰も席を離れることはない。もちろん、バジリウスの思惑にまんまと嵌ることについてはどこか引っかかるものはあった。だが、自分の立場を確実にするためには、何であれ力は欲しい。その思いが、彼らの体を固くし、まるで釘打ちしたかのように席から離れなくさせていた。


「――受け入れる、ということのようだな……では、本題に入ろう……」


 そして、その部屋ではバジリウスの話が始まる。そこでの会話は、誰にも知られることはない。


「………」


 その中で、ウルは一度だけカイトが出て行った出入口、空席の方に目をやり、頬を釣り上げる。


(ツァイ……キミがどうしようとも、世界は進むよ。だから僕が……)


 そしてウルもまた、バジリウスの話を聞く。そこでのことは、彼ら以外知るはずもなかった。



【白き闇/黒き光】 完

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