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ドリフィング・エデン・フロンティア  作者: 井平カイ
【白き闇/黒き光】
54/60

始まりの鍵

「図ニ乗ルナアアアア!!!」


 ニコルは自らを飲み込もうとする“重い何か”を振り切るかのように駆け出す。手に握る白き剣は黒光を纏い歪んでいる。それはニコルの感じた感情を隠すかのように淀む。


「―――ッ」


 シグマは小さく息を吸い込み、止める。腹の中心に力を入れ、猛進するニコルに向け彼も足を踏み出す。超速で互いに相手に向け突き進む両者。黒光は閃となり、向かい合う光線は、暗闇に沈む森の中心で衝突した。


「ウオラアアアアアア!!!」


「シッ―――!!!」


 二つの刃は耳を塞ぎたくなるような甲高い金属音を上げながら衝突する。その衝撃はシグマとニコルの髪を靡かせたが、二人の視線は決して他所を向くことはない。相手の目を射殺すように一心に睨み付け、気迫と気迫はぶつかり合う。


「シグマアアアア!!!」


「ニコル―――!!!」


 刃を離すと同時に、両者は剣を繰り返し振り抜く。狙うは相手の胴体、腕、足……そのいずれも剣が斬り入れられることはない。二つの刃は、斬撃、防御、弾きの三拍子を断続的に繰り返す。森の中を駆け巡る二つの光は、押しつ押されつ、衝突と離脱を繰り返していた。

 二人が纏うは黒光。それがもたらすは圧倒的ステータスと呼称省略。二人は決してスキル名を口にすることはない。いつでも任意に技を繰り出す。それはまさにゲームからかけ離れた光景だった。この世界からはかけ離れた動きをする二人。そんな二人の力は、一見すると拮抗しているように見える。だが、呼称省略がもたらす効果は、二人の間に決定的な差をもたらしていた。


「オルァアアア!!!」


 ニコルの斬撃がシグマに向かう。

 

「―――ッ」


 シグマは両手の刃を消し、すぐにシールドを召喚した。ニコルの剣は分厚い大楯に阻まれる。


「チッ―――!!」


 ニコルの舌打ちの間に、シグマは大楯を消し弓矢を召喚する。そしてすぐに弦を引き、矢を射ぬいた。


「クソッ――!!」


 ニコルはワンステップで矢を躱す。体は右方向に流れ、視線は過ぎ去る矢に奪われていた。


「―――」


 シグマは更にランスを召喚し、槍に光を収束する。その光に気付いたニコルはシグマに視線を向け、顔を青ざめた。


「行くぞニコル―――!!!」


 シグマは圧倒的な殺気をニコルに押し当て、槍と共にニコルに突撃した。黒い光を白き光が包み込み、鋭い一つの槍となったシグマはニコルに突き進んだ。


「―――ッ!!!」


 ニコルは剣を構え、シグマが向けるランスの先端を刃で受けた。


「うおおおおおおおおおおお―――!!!」


 槍を止められたシグマだったが、そのままニコルを押し込んだ。巨大な光の槍は、ニコルを先端に束縛したまま木々を薙ぎ倒しながら突き進む。


「グッ―――!! ウググッ―――!!」


 ニコルは耐える。剣は震え、腕は痺れ、背中には痛みが走る。だがここで力を抜けば、たちまち光槍は自らの体を捉えるだろう。今のシグマは自分と同じ黒光を纏っている。そんな奴のスキルの一撃は、まさに必殺の一撃。万が一押し切られて突き刺されば――――ニコルは、何としても耐える必要があった。


「吹き飛べ―――!!!」


 最後に一度シグマは大きくニコルを押し出した。ニコルの足は地を離れ、剣を前に構えたまま真横に吹き飛ばされる。


「ウガアアッ――!!」


 ニコルは呻きを上げながら薄く眼を開く。その視線の先には地に立つシグマの姿。彼は追撃をしてこなかった。今ニコルは宙を飛ぶ。体の自由が利かないその時こそ、止めを刺すチャンスのはず―――だが、その姿を見たニコルは、諦めたように声を漏らす。


「……クソ…ガ……」


 シグマの手には、一つの武器が持たれていた。それはメイス。メイスには、既に光が集まっていた。


「―――」


 シグマは声を発することなく、メイスから激しい雷を解き放つ。雷の光はニコルを包み、漆黒の闇を切り裂くような光を放ちながら森を突き抜けた。


「ガアアアアアアアアアア――!!!」


 断末魔のようなニコルの叫びは雷の轟音にかき消される。ニコルの体はただ雷に押し流され、全身に電撃が走る。四肢には激痛が走り、自由が利かない。当たりにはただ流されるまま、ニコルは木々の隙間を縫うように吹き飛ばされた。

 やがて雷の光は消え、辺りには静寂が訪れる。いや、所々で走る雷の“名残”は、小さくバチバチと光を放っていた。


 ――二人の差とは、即ち攻撃のバリエーション。シグマはこの世界で唯一、全ての武器が使える。そして今の彼は、それを瞬時に切り替えることが出来る。それは戦況に合わせて、攻撃のスタイルを即時変換することが出来る能力。タイムレスに次々と武器を切り替え、全く違う攻撃をする。それは対峙する者にとっては脅威的である。一つの武器の特性を把握したとしても、次の瞬間には全く違う攻撃が来る。シグマには、それが出来てしまっていた。


「………」


 シグマはメイスを消した。手に武器はない。だが視線は依然として鋭いままである。彼が見つめるのは森の奥、ニコルが吹き飛んだ方向。そしてシグマの視界は、ユラユラと揺れる人の影を捉えた。


「……ロス……コ…ス……」


 影からはボソボソと断片的な言葉が聞こえる。酷く淀んでいる。聞こえ辛いが、耳に響いてくる。


「……コロsコスksラkjdfヵj―――!!!!」


 突然叫びを上げた影は駆け出した。その言葉は、もはや聞き取ることが出来ない。言葉ではない。もはや唸り、咆哮……感情がそのまま口から放たれたような、声ではない声。


「………」


 シグマは、静かに右手に力を込めた。その手には、体中に纏われていた黒い光が収束する。


(言葉すら忘れたのか……)


 彼の胸には、ニコルへの同情が過っていた。黒い光は、おそらくはパンドラの集合体。それに侵されたニコルは、もはやプレイヤーではない。モンスターでもない。世界の主軸からずれた、ただの歪み。そしてシグマもまた駆け出した。右手に集まった光は、一つの閃を描く。


「シグマアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 駆けるシグマの姿を見たニコルは、ただ叫ぶ。手に剣はない。ただ黒き両手をシグマに向け、その手で彼の命ごと奪い取ろうとするかのように、シグマの体を狙う。


「ニコル……!! お前を―――解放してやるよ!!」


 そして二人は間合いに入る。全てがスローモーションのように流れた。両手を伸ばすニコルは、シグマの首を狙っていた。超速でぶつかる二人。だがシグマの目は、確実にニコルの動きを捉える。

 伸ばされた両手の左下を潜るように躱し、そのままニコルの横に並ぶ。そして黒き右手を伸ばし、ニコルの腹部に押し当てた。


「オグッ―――!!??」


 ニコルの体はくの字に曲がる。シグマの右手にはニコルの重みが圧し掛かる。それでもシグマは右手を押し伸ばし、掌から収束した光を一気に解き放った。黒光はニコルの腹部を突き抜ける。ニコルの体はふわりと宙に上がり、黒光が通り抜けた腹部からは、まるで花火のようにキラキラと光の粒子が弾けた。それと同時に、ニコルの体に纏わりついていた黒光は消えていった。

 そしてニコルの体は、ゆっくりと大地に倒れた。大の字になって天を仰ぎ、ニコルの体は動かなくなった。


 シグマは、静かにニコルに歩み寄る。彼には分かっていた。勝負が決したことが。その証拠に、ニコルの体は足から光に変わっていた。それがパンドラに侵された者の宿命。もっとも、ニコルはモンスターに変異することはなかった。それでも結果として光に変わっている。それを見たシグマは眉をひそめた。そして、ニコルの近くに辿り着いた彼は、ニコルの顔を見る。その顔は苦悶の表情を浮かべていた。だが、先程までとは違い、どこか人間味のある表情だった。

 そのままシグマは、ニコルの横に座り込んだ。


「……気分は、どうだ?」


 声を掛けられたニコルは、目を閉じたまま口元を緩めた。


「……決まってるだろ……最悪だ……」


 ニコルの口調は元に戻っていた。そしてその声は、清々しさを感じる程透っていた。それを聞いたシグマは、少しだけ笑みを浮かべた。


「……だが、なぜかすっきりした気分だ。なんだろうな、あんだけ憎かったはずのお前の声が、やけに耳に入って来やがる。――ハン! クソおもしろくもないがな……」


「そうか……」


 しばらく沈黙が流れた。周囲は少しだけ明るい。ニコルの体は静かに光となる。その細やかな光の粒は、まるで蛍のようにユラユラと仄かに周囲を照らしていた。

 ニコルの体の腹部までが光に変わった時、今度はニコルがシグマに声をかけた。


「……なあ、俺、消えるのか?」


 シグマは少しだけ眉をピクリと動かした。そしてそのまま沈黙を続ける。当然だが、目を閉じているニコルにはそれは分からない。それでもシグマがすぐに答えなかったシグマの態度で、何となく、自らの運命のようなものを感じ取っていた。


「そう…か……。俺、消えるのか……」


「……さあな……お前みたいな奴は何度か見たけど……どうなったかは分からねえんだよ」


「………」


 ニコルは少しだけ黙り込む。いや、考え込んでいた。それでも自分に残された時間は極僅かしかない。それが分かっていたニコルは、何かを決意したかのように再び口を開いた。


「……最後に話すのがお前ってのは、かなり不満があるがな……まあいい、適当に聞いてろ」


「………」


「俺はな、この力を貰った時、今度こそアリサの隣に立てるって思ったんだよ。情けない話だが、俺はお前に嫉妬してたんだ。誰よりもアリサと繋がっていたと思っていたのに、お前はあっさりとアリサとの繋がりを俺以上にしやがった。すんげえムカついたよ。その理由を考えた時、俺はイの一番に“力”だって思ったんだよ。だから、お前以上の力さえ持てば、きっとまたアリサと並べる。――そう、思ったんだよ」


「………」


「……でも、俺の中で大きくなったのは、そんなことじゃなかった。ただお前を消し去ることだけが、俺の目的になっていた。……その結果は、お前も知ってるとおりだ」


「そうか……なあ、お前は何を受け取ったんだ?」


「何って……さあな、神格者から渡されたのは、黒い蝶だったんだよ。それが俺の中に入ってきて……何だろうな、内側から力が漲ってきたんだよ」


(……漆黒蝶か……)


「むしろあの蝶が何なのか、俺が聞きたいくらいだ。……なあ、お前は知ってるのか? あれが何なのか」


「……さあ、な……神格者は、何か言ってたか?」


「……まあな。奴は言ってたよ。俺が、始まりの鍵になるってな。何のことかさっぱりだが……」


「始まりの、鍵……」


 そしてニコルはクスリと笑った。


「――それにしても妙な話だ。まさか、あれだけ消したいと思っていたお前と、最後にこんだけ話すんだからな」


「違いない。……最後に何かあるか? 出来る限りのことはする」


「……そうだな……」


 ニコルは少しの間だけ考える。だが、すぐに口を開いた。


「……お前にこんなこと言うのは少しムカつくが、まあ、この際我慢する。――アリサを、守ってくれ」


「……アリサを?」


「ああ。神格者が俺に言ったのはこうだ。

 “あなたが始まりの鍵になる。全ては始まり、世界は動く。黒い蝶は飛び立ち、新たな時代を告げる”ってな。

 何のことかはさっぱり分からないが、嫌な予感がする。だから、アリサを守ってくれ。俺は逆にアリサを傷付けようとした。そんな俺が頼むのは筋違いかもしれないが、それでも頼みたい。ムカつく話だが、お前は強い。お前からは、どこか決意のようなものを感じる。並大抵じゃない決意がな。――だからこそ、お前に頼みたいんだよ」


「ニコル……」


「それと、アリサに謝っててくれ。“悪かった”ってな……」


 ニコルの言葉は、シグマの胸に響いた。仮にもニコルは自分を憎み、歪み、消そうとした人物。そんな彼が、自分にここまで言っている。それは、無下に出来るもののはずがなかった。


「……ああ。任せろ」


「そうか……。――ああクソッ! 何だろうな……。安心したような、歯痒いような……変な気分だ」


 ニコルの体は、既に胸の位置まで光に変わっていた。間もなく、彼の体は消え去る。それを見たシグマは、声に力を込めた。


「……ニコル、少し待ってろ。必ずお前も解放する。こんなふざけた世界なんかじゃなくて、本当の世界に帰してやる。だから、少し待ってろ」


「……ハン! うるせえよ。何言ってるのか分かんねえよ。……分かんねえけど、ま、気長に待っててやるよ……じゃあな」


 そしてニコルは、体の全てを光に変えて消えていった。光は天に昇る。夜の暗闇に伸びる一本の筋を描きながら。


「………」


 シグマは、ただそれを見ていた。思えばニコルが変わったのは、自分のせいなのかもしれない。そう思うと、シグマの心はざわついた。

 

 そして彼は実感する。間違いなく、この世界は再び動こうとしている。それが意味することが何なのか、世界がどう転ぶのか……それは、今のシグマには分からない。分からないが、解き放たれたパンドラは、世界を大きく歪めている。

 だが今は、静かに光を見送ろう―――そう思うシグマは、ただ天を見上げた。夜空に伸びる光の粒子は、揺れる星々の光に隠れるように、静かに消えて行った。


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