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ドリフィング・エデン・フロンティア  作者: 井平カイ
【白き闇/黒き光】
45/60

敗北の慟哭

「………遅い」


 シグマはアリサの言葉のとおり、街道の真ん中で彼女が戻って来るのを待っていた。普段のシグマであれば、絶対に待つことはない。それでも待とうとするのは、やはりアリサの言葉は彼にとって特別であるようだ。

 だが、いくら待てどもアリサは戻ることはなかった。もしかしたら提案した段階で捕えられたのかもしれない。そんなことを想像する。だが、彼女は曲がりなりにもオーブ・エスタードの兵士長。以前ミーレスは、アリサは前旅団の団長とも仲がいいとも言っていた。それをすぐに捕えるようなことはしないだろう。

 それならば、この時間のかかり具合はなんだろうか。シグマの中には、嫌な予感しかしなかった。


 その時、彼の後方に光のゲートが出現する。眩い光にすぐに気付いたシグマは、その方向に体を向ける。


(……ようやく来たか)


 少しだけ、胸を撫で下ろす。自分の中の心配は、少し考え過ぎだった。そう安堵していた。


 だが、その光から出てきたのは、アリサではなかった。



「………久しぶりだな」


「……お前は……」


 シグマはその姿を見た瞬間、表情を固める。緑色の短髪にアリサと同じ白鎧を身に着ける青年。


「まさか、お前が来るとはな……で? 何か用か? ――ニコル?」


 その青年――ニコルは、爽やかな笑顔を見せた。


「……ずいぶんな物言いだな。俺はお前を招待しに来ただけだ」


「招待? お前が? ハン! 笑わせんな……」


(………何だ?)


 シグマはニコルの様子に違和感を感じていた。以前見た彼と、どこか違う。見た目は変わらない。どう表現すべきだろうか……敢えて言えば、魂の色が違うと言えるかもしれない。

 前に見た時は、彼は炎だった。心境がそのまま表情に出て、何を考えているのか、彼の喜怒哀楽はすぐに分かった。だが、今はどうだ。彼の心が読めない。顔はにこやかではあったが、どんよりと重苦しい雰囲気を纏っているかのようだ。


「……そう警戒するな。アリサが言っていたよ。お前を、オーブ・エスタードに入団させるんだってな」


「………」


「まったく……アリサにも困ったものだ。なぜお前のことになると、アイツはあんなにも無茶を言いだすのやら。なぜお前のことになると、アイツはあんなにも嬉しそうな顔をするのやら。

 ……なぜお前のことばかりを話す。なぜお前のことばかりを見る! なぜお前のことしか見ない!! なぜ俺を見ない!! なぜ!! なぜ!! なぜええええ……!!!」


「………」


 ニコルは取り乱し始めた。シグマには、目の前にいる人物が誰なのか分からなくなっていた。見た目はニコル。だが、その中身はまるで別人ではないか。以前の彼なら、ここまでアリサへの歪んだ想いを曝け出すことは決してしなかった。

 しばらく喚いていたニコルは、息を切らし呼吸を整える。そして顔を上げ、先程の涼しい顔に戻した。


「……少し、取り乱してしまったな。すまない」


「お前……誰だ?」


 気が付けばシグマは、そう問いかけていた。その問いに、ニコルは爽やかに答える。


「誰? 決まってるだろ。俺はニコルだ。それでいいんだよな?」


「………」


「俺はニコルだろ? それ以外に何がある? ……いや、どうだろうな。今は何だろうな。なあ……教えてくれよ。俺は、誰なんだ?」


「……俺が知るかよ」


「誤魔化すなよ。俺が誰なのか……お前は知ってるんじゃないのか? ――アリサは答えてくれなかったからなぁ……」


「―――」


 ニコルは困ったような表情で、アリサの名を口にした。それを聞いたシグマは顔を険しくさせ、射殺すような鋭い視線をニコルに向けた。


「……テメエ……アリサに何かしたのか?」


「……何もしてないさ。……“まだ”、な」


「ざけんな!! アリサはどうしたんだよ!!」


「落ち着けよ。さっき言っただろ? 俺は、お前を招待しに来ただけだ」


 そしてニコルはアイテムを召喚する。綺麗な青い石だった。それをシグマの足元に放り投げた。


「これは……」


 そのアイテムをシグマは知っていた。それはアリサが、オーブ・エスタードの拠点施設に戻る時にいつも使用しているアイテムだった。


「……お前をオーブ・エスタードに招待しよう。無論、断ることは許さない。――もっとも、お前は断らんだろうがな」


「……どういう意味だ?」


「決まってるだろ。……大切な“姫様”が待ってるんだ。来ないわけがない」


「―――ッ!? アリサ!?」


「ハハハ……! ようやく焦る表情を見せてくれたな! たまらねえ……たまらねえよ!!」


「―――ニコルゥゥゥ!!」


 シグマは咄嗟に剣を抜き、ニコルに駆け出した。ニコルの挑発に触発されたシグマは、完全に冷静さを欠いていた。

 シグマの剣がニコルに向け走る。閃光のように鋭い剣筋。


「―――ふっ」


 だがニコルは、取り出した剣で簡単にシグマの剣を受けた。


「―――ッ!?」


「……なんだ……この程度だったのか?」


 そう呟いたニコルは、剣を乱暴に振り切り、力任せにシグマを押し切った。


「なっ―――!?」


 シグマの体は軽く宙を舞い、地面に倒れた。すぐに立ち上がろうとした彼だったが、ニコルがいつの間にか目の前に立っていた。そしてニコルの剣先は、シグマの顔に向けられていた。


「………!!」


(何だこの力と速さは!?)


 シグマは身動きが取れなくなっていた。少しでも動けば斬られる。それを、本能が感じ取っていた。

 ニコルの強さは未知の領域だった。モンスター相手でも、ここまであっさりとシグマが劣勢に立たされたことはない。それをしたのはナイツオブラウンドではなく、ニコルだった。シグマの体に嫌な汗が流れる。鼓動が速くなる。今剣を突き入れられれば、簡単に彼の敗北が決定する。

 だがニコルは、剣を鞘に戻しシグマを自由にする。


「……今お前を斬るのは容易いことだ。だが、それじゃ俺の気が済まねえ……。お前は、より惨めで、より絶望的な敗北を味わう義務がある」


「――――」


 そしてニコルは踵を返す。そのままアイテムをもう一つ召喚し、光のゲートを作り出した。


「……拠点施設で待つ。出来るだけ急いで来い。……俺も、そろそろ我慢の限界なんだ」


 ニコルは光の中に消えて行った。

 残されたシグマは、強く拳を握り締める。ニコルとは僅かな攻防しかしなかった。たった一太刀しか剣を交えなかった。……だがその結果は、間違いなくシグマの敗北だった。ニコルの“気まぐれ”でシグマが斬られることはなかっただけの話。それを自覚するシグマは、ただ怒りや敗北感で体を震えさせる。


(……動けなかった……アイツの剣に、何も出来なかった……!!)


「――ちっくしょおおおおおおおお!!!!」


 シグマの叫びは、誰もいない街道に響き渡る。彼は、この世界に来て初めての悔しさを経験した。その慟哭は、いつまでも響き続けた。




 ◆  ◆  ◆




「………ん?」


 街道を歩く“黎明の光”の面々。その中にいるクロエは、足を止め周囲を見渡した。


「? どうしたんだクロエ?」


 突然の行動に、ジールは声を掛けた。


「……いや、今、シグマさんの声が聞こえた気がしたので……」


「シグマの声?」


 ジールとフルールも周囲を見渡してみる。当然だが、何も聞こえないし誰もいない。シグマどころか、他のプレイヤーの姿さえも見えない。


「………何も、聞こえない」


「おかしいな……すみません、勘違いみたいです」


「いや、勘違いなら誰にでもあることだ。気にすんな」


「そう……ですね。ありがとうございます」


 そう言いつつも、クロエはどこか納得いかない気分だった。


(……でも、確かにシグマさんの声が聞こえたはずなんだけど……)



「――お前達が“黎明の光”か?」


 突然、クロエ達に声がかけられた。


「―――ッ!?」


 三人は慌ててその方向に目をやる。そこは彼らの前方。先ほどまで、間違いなくそこには誰もいなかった。しかし、そこには人がいた。白い仮面を被り素顔が分からない。銀色の髪が風に靡いている。

 その人物こそ、シグマの前に姿を度々現す者――アインだった。もちろんクロエ達は初対面である。


「………誰ですか?」


 クロエは、おそるおそるアインに話かける。ジール、フルールはやや身構え、いざという時に備えていた。その光景を見たアインは、籠った声で少しだけ笑った。


「いや、驚かしてしまったな。……俺は、シグマの知り合いだ」


「―――ッ!? シグマさんの!?」


 クロエ達の表情は一変する。三人の中で、クロエはとりわけ速くアインに詰め寄った。


「あ、あなたはシグマさんを知ってるんですか!? 彼は、今どこにいるんですか!?」


 シグマと別れてから、初めてシグマの居場所を知っていそうな人物だった。クロエが慌てないはずがなかった。そんなクロエを見たアインは、静かに話す。


「……なるほどな。シグマは、ずいぶんと慕われているようだな。まったく、奴の鈍感さも困ったものだ……」


「………!!」


 その言葉に、クロエは顔を赤くしてアインから距離を置いた。ジールは冷静にアインを見る。どうやら、アインは敵ではないようだ。そう感じたジールは、改めて聞き直した。


「……で? 俺達に用があるんだろ?」


「そうだったな。……今、シグマに危険が迫っている。万が一でも、奴が消滅する可能性も出てきた」


「―――ッ!? シグマが!?」


「……そこで、お前達に一つ頼みがある。それは、シグマの窮地を救う鍵にもなり得る」


「……私達が?」


「そうだ。お前達がシグマを救うんだ。……その頼みはな―――」


 アインは、クロエ達に話をする。仮面をつけた者と、シグマを探す者達の会合。それは、クロエ達とシグマを再び結びつける鍵。


 そして、世界が再び変わる時が訪れる。それを知るのは、極限られた人物のみだった。



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