いつか道が交わることを信じて
とある街と街の間にある街道。空は晴れ、雲が足早に流れる。そんな道を歩く一団がいた。その一団の一人は道の途中で立ち止まり、道端に咲く野花を眺めていた。
「おーいクロエー! そろそろ行くぞー!」
クロエは声の方を振り向く。その先には、大きく手を振るジールと眠そうな顔をするフルールがいた。
「――はい! すぐ行きます!」
小走りでジール達のところに駆けて行くクロエ。ジール達の元に辿り着き、軽く頭を下げた。
「ごめんなさい。綺麗な花が咲いていたのでつい……」
「いやいいさ。ちょうど休憩出来たし」
ジールは笑顔で答える。
「………眠い」
フルールは昼寝をしていたようだ。眠そうに眼を擦っていた。
「それじゃあ、行きましょう」
クロエの掛け声と共に、三人は再び道を歩き始めた。
彼ら旅団“黎明の光”は、シグマと別れて以降、彼を探す旅をしていた。彼の噂を聞けばそこへ行き、彼の姿を見たという人がいればその場所を目指した。その旅は決して楽なものではない。途中ウィルスにより生まれたモンスターとの戦闘もあったが、何とかここまで生き延びていた。彼らが生き延びた理由こそ、シグマとの旅のおかげだった。
シグマとの旅は危険の連続であった。戦ったこともないランクSモンスターとの戦闘の日々。何度もダメだと思った瞬間があった。しかし、全てはシグマのおかげで助かり続けていた。それに伴い、彼らのレベルも数段上がる。ランクSモンスターが持つ経験値は、通常のモンスターとは桁違いに多い。いつしか彼らは、この世界有数の強豪旅団へと変貌していた。
もちろん、彼らにその自覚はない。何しろジール、クロエがシグマと出会った時は低レベルであり、フルールはそもそもレベル等について無関心であるからである。彼ら自身がランキング戦に参加することもない。彼らは、シグマと同行していただけである。
彼らはシグマ不在の中でも、立派にモンスターと戦い、時には“トイフェル”の名を冠するモンスターをも狩っていた。
「それにしても、シグマはホントどこに行ったんだろうな。毎回毎回入れ違いになっちまってる」
ジールは頭の後ろで腕を組みながら呟く。彼らは、幾度となくシグマのいた街に向かったが、結局一度たりとも彼の姿を見ることは出来ていなかった。
「シグマさん、サウザンドプレイヤーになったそうですね」
「……シグマ、さすが」
「ああ。アイツは、確実にランキング上位に昇りつつある。このまま行けば、俺達の想像を遥かに超える速さでゴールドプレイヤーになるだろうな」
三人は、どこか誇らしげだった。彼らの元を離れたとはいえ、シグマは彼らの旅団の団長。日々シグマの噂が大きくなることを嬉しく思っていた。
……だからこそ、彼らは一つのことを決めていた。
「……そうですね。その時は、全員でシグマさんにお祝いの言葉を言いましょう。――絶対に」
「――ああ!」
「………うん」
クロエの言葉に、ジールとフルールは力強く答える。彼らは後悔していた。シグマと別れた時、シグマの意図することなど分かっていたはずだった。だが、それでもシグマの有無を言わせないかのような威圧感と決意に気圧され、口を開くことも、足を踏み出すことも出来なかった。一人暗闇に染まる街道へ去っていくシグマに、手を差し出すことが出来なかった。それが、何よりも悔しく、情けなく感じていた。一人孤独に落ちるシグマを放置してしまった。それが、三人が共有する後悔だった。
(シグマさん……もう、あなたを一人にはしません。あなたの隣には、私が――私達がいます。もう後悔しないように、もう見送ることがないように、いつも傍にいます。
シグマさん……あなたは、今どこにいますか?)
青空を見上げながら、クロエは改めて決意を新たにする。シグマが去った後、真っ先にシグマを追おうと切り出したのは他でもない、クロエだった。彼女は一人でもシグマを追うつもりだった。だが、ジール、フルールもまた自分と同じ想いを抱いていると信じていたクロエは、ジール達に言った。
『ここで動かないと、私は一生後悔します。私は、シグマさんの傍にいたいんです。あの人を見ていたいんです。それはジールさん、フルちゃんも同じじゃないんですか?
――だから、行きましょう! シグマさんのところへ!』
普段のクロエからは考えられないほど、その時の彼女は勇ましく、頼もしかった。ジールはそこで目を覚ました。そして、彼女が如何にシグマを想っているかも。そんな彼女を見て、ジールはふと懐かしいことを思い出した。それは、捨て去った過去のこと。だからこそジールは、自らの顔を自らの拳で殴り付け、不甲斐ない自分に喝を入れた。
それを見たフルールもまた目を覚ます。孤独になった自分に手を差し伸べたシグマに、今度は自分が手を差し出す番だと決心した。
そうして、クロエの純粋な想いは、二人の心に強く響いていた。
三人は足取り強く道を歩く。そのどこかで、いつか彼の道と交わることを信じて。
◆ ◆ ◆
そこは暗いどこかの地下室だった。そこにいるのは、果たして人か獣か。……いや、それらですらないのかもしれない。
「……こいつはいい……こいつはいいぞ……!!」
その人物は自らの手を握り締め、そう呟く。部屋の中には不気味な笑い声が響く。彼の目の前に広がるのは、彼の力を試す“実験台”となったオーブ・エスタードの兵達。光にもなれず、ただただHP0のまま動かない。
……そう、HPは“0”である。にも関わらず、彼らは光にならない。それが意味することなど、たった一つだけであった。
「殺れる!! これなら奴を殺れるぞ……!! この力なら……!!
――ハハハ……ハハハハ/ヽ/ヽ/ヽ/ヽ/ヽ/ヽ/ヽ……!!!」
地下室には、彼――ニコルの不気味な笑い声が響く。その姿は、人でも獣でもモンスターでもない。言うなれば、化身。憎悪という名の化物をそのまま具現したかのような、酷く淀んだ、酷く歪んだモノ。
彼の笑顔には、心が感じられない。その心には、もはやアリサなどいなかった。皮肉な話だが、アリサを奪われるという感情からシグマを恨み、今度はその憎悪でアリサではなく、シグマに心を支配されていた。
彼の歪んだ笑みの表情は何を意味するのか。何を想うのか。
……それはすでに、ニコルにも分からなくなっていた。
それでも、ニコルは笑う。叫ぶ。罵る。そこにいるのは、もうニコルではないのかもしれない。
「――待ってろ……必ず、俺の手で……!!!」
そのニコルの傍には、彼を見つめるローブの女性がいた。
「………」
何も言うことはなく、ただひたすらにニコルの姿を見つめる。しかしその表情には、ニコルと同様の、歪んだ笑みが浮かんでいた。




